軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162 白剣の集い②

『白剣の集い』当日。雷が落ちて帝都滅ばないかなーとずっと祈っていたのだが、窓の外は素晴らしくいい天気だった。

余談だが、僕は雨男である。海水浴とか山登りとか遊びに行くとかなりの高確率で雨に見舞われる。

大体、レジャー関係の時は雨が降るのだがしかし、こういう嫌な行事の時は中止にならないのであった。神様は僕の事が嫌いなのだろうか。

白剣の集いが始まるのは日が落ちてからだった。数時間後に僕は多数の貴族と多数のハンターに囲まれ、哀れ帝都の藻屑と化してしまうのだ。

アークが助けてくれるとは思うが、その時が近づくにつれ、お腹は痛くなるばかりであった。

机の上でへたっている僕に、相変わらずいつもと変わらない様子のエヴァが呆れたように言う。

エヴァは制服姿だった。集まりは夜からなので、夜になったらドレスに着替えるのだろう。

「……どうしたんですか、クライさん」

「もう駄目だ。行きたくない」

「…………パーティメンバーでもないのに随伴させられる私はどうなるんですか?」

情けない僕を見てもエヴァの表情は変わらなかった。ちょこちょこ駄目な所を見せているので慣れているのだ。

そして、その言葉はごもっともである。だが、他に選択肢がなかったのである。

「エヴァも了承してくれたじゃないか」

「……私がクライさんの依頼を断ったこと、ありましたか?」

「…………行きたくない」

「駄目です。そしてそれはお願いじゃありませんッ!」

確かに……ない。今までエヴァに何か頼んで断られた事など、ちょっと目をつぶって思い出そうとしたくらいでは思い出せないくらいに稀有だ。

まぁ厳密に言えば都合がつかないとかで断られた事くらいあるはずだが、少なくともある程度大きな頼みについては、彼女はいつでも即座に受け入れてくれた。

…………次回からもっと頼りにしよう。本当に、持つべき者は敏腕の片腕だ。

机の上でへたり込むのをやめて、椅子の上に足を組んでふんぞり返る。

「まぁ、真面目な話……リィズを連れて行ったらどうなるかわからないだろ?」

「それは……そうですが……クライさんもそういうの気にするんですね」

意外そうな顔をするエヴァ。彼女は一体僕を何だと思っているのだろうか。

自慢じゃないが、僕はずっと人の顔を窺いながら生きてきた男だよ。

「今回は規模がね……ほら、僕さ……礼儀作法とか学んだ事ないから…………もしよければ、教えてくれないかな」

レベル8にもなると色々お呼ばれされる機会も多いが、僕は今までそのほとんどを欠席してきた。

大規模なクランのクランマスターという事で、貴族や商人から呼び出される事もあったが、そちらはエヴァに丸投げである。ハンターを除けば、僕がちょこちょこ顔を合わせている中で一番偉いのは探索者協会帝都支部長のガークさんだ。

僕は、問題を、起こしたくないのだッ! 今回はリィズ達がいないのでまだマシだが、悲しいことに政治においては人畜無害も罪になる事があるのであった。

真剣な僕の表情に、エヴァが困ったように眉をハの字にする。

「……いえ……そんなに肩肘張らなくても、ハンターに礼儀作法はそこまで求められていないかと思いますが……」

そんな事知っているよ。僕はこれでも……まともなつもりなのだ。敬語だって使ってる。へりくだれるだけへりくだっている。

なのに、それなのに誰かしら怒らせてしまう事が多いのである。

きっと彼らはマッチョがお気に入りだから、細身な僕を嫌っているのだ。え? アークは気に入られている? ……うんうん、そうだね。

もしかしたらクソ雑魚な僕がレベル8な事が気に入らないのかもしれない。しかしそれは、急に秘められた能力でも覚醒しないとどうにもならない。

「でも、そうですね……貴族の方々に気に入られたいのなら、何か贈り物をするといいかもしれません」

「……贈り物?」

賄賂か。その手があったか。あまり関わり合いになりたくはないのが本音だが、方法としては……ありかもしれない。怒らせるよりはずっとマシだ。

目を見開く僕に、エヴァが続ける。

「何も、高価な物である必要はないのです。高レベルの宝物殿でしか手に入らないちょっとした物が貴族の間でステータスになっていたりするので……ほら、アークさんがこの間攻略した【 白亜の花園(プリズム・ガーデン) 】の最奥に生えている『空の花』などが有名ですね……」

「あー、あの、特に意味のない花、ね……何がいいんだか……」

うちのメンバーも採ってきた事があるので覚えている。マナ・マテリアルで出来た透明な花弁の花だ。

綺麗と言えば綺麗だし神秘的でもあったが、特に何か力を持っているわけでもなければ、安定していないので宝物殿の外では長く実体を保てないという悲しい品だ。

城型の宝物殿などでたまに飾られている絵画などと一緒である。アイテムというよりは宝物殿の一部なので持ち帰っても幻影の死体のようにすぐに消えてしまうのだ。

リィズとシトリーから花束でプレゼントされたそれも、結局どうしていいのかわからず、ラウンジの花瓶にまとめて生けておいたらいつの間にか消えていた。

何がいいのか全く理解できないが……外では長時間形を保てないそれらは保存も効かないので、確かに希少性という意味ではステータスにはなるかもしれない。

「話題にもなりますし、もし何かあれば……」

まったく、お偉いさんの考える事はわからないな。

「うーん、何かあったかな……探してみるか……」

都合のいいことに、うちのパーティはつい先日【 万魔の城(ナイト・パレス) 】という高レベルの宝物殿を攻略したばかりだ。

基本的に持ち帰る戦果は 幻影(ファントム) のドロップや宝具のはずだ。パーティの戦果を勝手にプレゼントするわけにはいかないが、《嘆きの亡霊》のメンバーはフリーダムなので『空の花』のように、何か贈り物にピッタリな品を持ち帰っている可能性がある。

これもクランマスターの責務の一つだ。面倒だけど仕方ないな……。

僕は立ち上がると、何か手頃なご機嫌伺いの品がないかどうか探しに行くことにした。

§

空が紅に染まった頃、クランハウスの眼の前に馬車がやってくる。

僕はエヴァの用意してくれたタキシードを着て、クランマスター室でキリキリ痛む胃を押さえていた。

両手の指にはしっかり宝具の指輪を嵌め、首からは宝具のペンダント、ベルトに下げた宝具の鎖に、これまた宝具のイヤリング。腕には腕輪型の宝具――『踊る光影』、懐には嵌めきれなかった指輪と、ついでに『進化する鬼面』も用意してあるが、それでも微塵も気分は良くならなかった。

白剣の集いに集まってくるのは超高レベルのハンター達である。そんな化物共の前で、ちょっと宝具を持った程度の一般人に何ができるだろうか。ここまで来たら、本当にもうアークが何とかしてくれる事を祈るしかない。

大丈夫、僕には味方がいる。アークもいるし、エヴァだっている。攻守ともに隙などない。

それに……切り札だってある。机の上に置いてある『贈り物』に視線を落とす。大丈夫、大丈夫だ。大人しくしているのだ。きっとうまくいくはずだ。帝国の重鎮が集まるというのだから、ハンターたちも大人しくしているはずだ。

その時、クランマスター室の扉が開いた。

「お待たせしました……なんて顔してるんですか、クライさん」

入ってきたのは、エヴァだった。視界に入ってきた姿に、思わずきりきり痛むお腹を忘れて目を見開く。

エヴァは紺色のロングドレス姿だった。

帝都にいる時は毎日のように顔を合わせている。今のエヴァは髪型も眼鏡も変わっていないのに、いつもの制服を着ていないだけでまるで別人のように見えた。

暗色のドレスは派手さとは無縁だが、大人びたエヴァによく似合っている。いつもきっちり制服で固めているが、今の彼女は肩の部分が大きく開いていて、なんとも言えない色気があった。

あまり派手ではないが、いつもはつけていないアクセサリーもつけていて、つま先から思わず頭の先まで、何度も何度も見直してしまう。

シトリーやリィズは幼馴染なので、今でも子供だった頃と同じような目線で見てしまうが、エヴァは違う。

普段あまり意識していないからこそ、思わず見惚れてしまう。彼女は僕よりも一つだけ年上なのだが、その佇まいにはとてもそうは思えない落ち着きと威厳があった。

参ったな……これは、エヴァの隣にいたら目立ってしまうかもしれない。

だが、彼女を取られたらことである。気を引き締めなくては。

「とても、似合ってるよ、エヴァ。これだけでも、誘ってよかったよ」

手放しの称賛の言葉に、しかしエヴァは頬を染めることもなく、ジト目になる。

「…………クライさんはいつも、クランマスターの責務を私に任せてパーティについてきてくれませんからね。ついてきて頂ければ何度でもお見せできるんですが」

「あ…………あはははは…………」

「ほら、蝶ネクタイ、曲がってます……まったく」

エヴァがずいと近づき、ネクタイを整えてくれる。鏡で確認はしたのだが、慣れていないのが丸わかりであった。

軽く香水をつけているのか、とてもいい匂いがする。しっかりとネクタイを締めつけると、エヴァは優雅な動作で後ろを向いた。

記念写真を取りたい気分だ。なんか、凄くお得感がある。

「さぁ、行きましょう。もう馬車はついています。……ついでに、練習でもしますか。しっかりエスコートしてくださいね」

「ああ、もちろんだよ」

現金な話だが、いいものを見せてもらったおかげか少しだけ気分が良くなっていた。贈り物を抱え、エヴァと共に外に出る。

クランハウスの外にはゼブルディアの紋章が刻まれた馬車が待っていた。とてもハンターに用意されるような馬車じゃない。

視線が集まっている。エヴァの手を取り、合っているのか間違えているのかわからないエスコートをする。

二人共中に乗り込むと、ほとんど振動なく馬車が動き出した。緊張するが、仮にもクランマスターなのだから、着飾ったエヴァの前で情けない様子を見せるわけにはいかない。

飛ぶように馬車が駆けていく。

その先にあるのはゼブルディアの中心、帝都ゼブルディアで最も豪華な建物――皇城だ。白剣の集いは皇帝のおわします皇城の中で行われるのである。当然、僕は入ったことがない。

大きく深呼吸をし、緊張を和らげる僕に、至って落ち着いている様子のエヴァが尋ねてくる。

「そう言えば……クライさん、その箱、なんですか?」

「ああ……ほら、エヴァの教えてくれた、賄賂だよ。少しでも心証を良くしておこうと思ってね……ほら、うちのパーティ、色々悪名もあるし……」

ついこの間も、グラディス卿からの指名依頼でごたごたがあったばかりだし……。

本当に持ってくるとは思っていなかったのか、エヴァが意外そうに目を見開く。

「賄賂って……それ、会場で言わないでくださいよ? ……【万魔の城】の産出物ですか……差し支えなければ教えていただきたいんですが、何が入っているんですか?」

もちろん差し支えはない。箱を撫で、笑顔で答える。

「いや……僕がバカンスで買ってきたお土産だけど。【万魔の城】から持ち帰った物には適した物がなくてね……」

まぁ珍しいものではないが、『空の花』とかよりはマシだろう。美味しいし、沢山買ってきたので幾つも予備があったのだ。

贈り物をしないよりはしたほうがいいだろう。

エヴァが呆けたような表情をし、まじまじと僕を見る。そんなに見られると照れるぜ。

「……はい? ……ちょっと待ってください、バカンスのお土産? 本気ですか? バカンスのお土産って、もしや…………お饅頭ですか?」

「……いや……温泉卵だけど。スルスの名産だし、とても美味しいよ」

それに、『温泉ドラゴン饅頭』より『温泉ドラゴン卵』の方が少しだけ高かったのだ。

エヴァが頬を引きつらせ、僕を凝視して言った。

「…………クライさん、貴方、本当に緊張してます?」

………………え?