軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160 帰還

行きは楽しいが、帰りは更に楽しい。

馬車に揺られる事数日、僕は一ヶ月ぶりに帝都ゼブルディアの巨大な門の前にたどり着いた。

行きはやたら色々な事があったし寄り道もしたが、帰りはあっという間だ。

何しろ、行きはたったの――。

そこで我に返り、指を立てて数える。

行きは僕とリィズとシトリーとティノ、クロシロハイイロで七人で、帰りは僕とリィズ、シトリー、ティノ、ルシアにルークにアンセムで七人だ。冷静に数えてみると人数の増減がない。

そして……クロシロはともかく、ハイイロさんはどこにいったのだろうか……すっかり忘れていた。

首輪は外した後なので問題ないし、そもそもあれから顔を見ていないのでいなくなっていたのだろうが、お別れくらいはいいたかった気もする。

本を読んでいたルシアが僕の様子に気づき顔をあげる。

「まさか、何か忘れ物ですか? リーダー」

「……いや。まぁ、いっか」

きっと元気でやってるはずだ。むしろうちのパーティは皆割と癖が強い方なので、同じ馬車に乗るよりも一人で帰った方が余程、精神衛生上いいかも知れない。

馬車の半分はスルスで買ってきたお土産で埋まっていた。クランメンバーやエヴァにバカンスを自慢するために多めに買い込んだ物だ。

温泉ドラゴン饅頭や温泉ドラゴンたまご、温泉ドラゴン入浴剤などがほとんどだが、中には地底人の死骸が入った棺桶などもある。ルーク達が狩ってきた物である。魔物の素材はトレジャーハンターの収入源の一つでもあった。

うちのパーティは馬車は使ってもほとんど乗ったりはしない。大体、自然な流れでリィズやルーク、アンセムは外なのでスペースが空いているのであった。シトリーが御者を担当し、ルシアは僕の護衛をしている。

今回はティノもリィズと走っているようだ。

久しぶりに見る帝都の門は、大きく欠けて工事中のようだった。警備の騎士団がずらりと並び、スルスとはかけ離れた厳重な警戒が敷かれている。

ルシアから何か騒動が起こっていたとは聞いていたが、どうやらまだ落ち着いていないらしい。

まぁ、そういう事もあるよね。大きく背伸びをして欠伸をする。

「久しぶりにホームに帰ったらゆっくり寝よう」

「…………ずっとゆっくりしていたように見えましたが……」

「そうだ、ルシアには宝具のチャージがあるんだ。『 異郷への憧憬(リアライズ・アウター) 』も使っちゃってさ」

「…………私も疲れてるんですが……パンチしますよ?」

日常が戻ってきた。不機嫌そうな目を向けてくるルシアに半端な笑みを向け、僕はほっと一息ついた。

§

門だけではなく、帝都の中も記憶にあるものとは大きく変化していた。たった一月くらいしか空けていないのにこれはどうしたことか。

爆弾でも爆発したのか、家屋が幾つも半壊し、整備されていた道路も幾つも断裂し、騎士団が必死になって交通整理をしている。綺麗に生え揃っていた街路樹も、ちょっとお気に入りだった喫茶店も漏れなく被害にあっていて、戦争でも起こったのかと勘違いしてしまうレベルだ。

幸いなのは、今が騒動の後である事だろう。家屋は崩壊していても死体が転がっていたりはせず、街の人達ももうこの状況に慣れているように思える。

ハンターにあるまじき事だが、僕は死体を見るのが苦手だ。何が起こったのかはわからないし詳しく知りたくもないが、帝都を出ていて本当によかった。

どうせ僕がいても何もできないし――。

馬車の後始末をいつも通りシトリーに任せ、お土産の温泉ドラゴン饅頭の箱を持って、いつもより心なし軽快にクランハウスの階段を登る。

道中に少しだけ食べて見たが、温泉ドラゴン饅頭はかなり美味しいお菓子だ。

本当にドラゴンが入っているわけではないが、甘いのとしょっぱいのが揃っていて、甘い物嫌いでも美味しく食べられるように配慮されている。

ラウンジに入ると、笑顔で大声をあげる。

「ただいまー! …………あ?」

笑顔のまま硬直する。

いつも綺麗で整頓されたラウンジは死屍累々の有様だった。幾つもあるテーブルにはハンター達が死んだ目でぐったりしていて、ぴかぴかに磨かれた床には無数の酒瓶が転がっている。

最近どこかで見た光景であった。一緒についてきたルシアが目を見開き、ルークが顰めっ面で(多分)良からぬ事を考えている。

おまけに、テーブルの一つでぐったりしているのは、見紛う事なく、うちのクランに所属する中でもトップクラスの実力を持つ《黒金十字》だった。そのリーダーであるスヴェンがゾンビのような目で僕を見て、硬直する。

僕はにこにこしながらその卓に近づくと、呆然としているスヴェンの眼の前にお土産の温泉ドラゴン饅頭の箱を置いた。デフォルメされたドラゴンが印刷された箱に、スヴェンが肩をわなわな震わせ、頬を引きつらせる。

僕は肩をぽんぽんと叩き、反転し駆け出した。がたんと背後からスヴェンが立ち上がる音がする。

「あッ! おい、こら待てッ! てめ――」

「ルーク、僕忙しいから後はよろしく」

「よっしゃあ、スヴェンッ! 俺の新技を見せてやるッ、訓練場に行くぞッ!」

帰ってきたばかりなのに元気だね……。

そしてごめん、スヴェン。僕はエヴァにお土産渡さなくちゃならないから、愚痴に付き合っている暇はないんだ。

「クソッ! ……てめえらッ! クライを逃がすなッ!」

目を輝かすルークに、スヴェンが悲壮感すら感じさせる叫び声をあげた。

他のメンバーが死体が甦ったかのように顔をあげ、その目が獲物を見つけたかのように輝く。

すれ違いざまにルシアの肩を叩く。ルシアが甲高い声をあげ、もうもう鳴く。

僕は、にこにこしながら息を切らせて階段を駆け上がった。ラウンジから悲鳴が上がる。

§

「おかえりなさい、クライさん……バカンスは如何でしたか? 噂は……聞いていますが」

「まあいろいろあったけど、楽しかったよ。これ、お土産ね」

顔を見るなり血相を変えたスヴェンと違い、エヴァはいつも通りの態度だった。

にこにこする僕に呆れたような表情で温泉ドラゴン饅頭を受け取る。

これだよ、これでいいんだよ。癒やされる。

何だよ、あのスヴェンのまるで親の仇でも見つけたような表情。僕が何をやったと言うんだよ。

「クライさんもバレル盗賊団の件で大変でしたでしょうが、こちらも……クライさんがいない間、大変だったんですよ……後でクランメンバーをねぎらって頂けると」

もう温泉ドラゴン饅頭をあげてきたよ。

「……そう言えば、少し窶れた?」

寝癖があるわけでもないし、制服の着こなしも完璧だ。眼鏡も磨かれている。だが、全体的に見ると記憶にあるエヴァよりも少しほっそりして見える。

エヴァはハンターではないが、このクランの実質トップだ。クランメンバーがあれほど疲弊していたのだから、エヴァが同じくらい疲労が溜まっていてもおかしくない。

僕はお飾りなのでいてもいなくても一緒なはずだが、いざという時に責任を取ってくれる相手がいないというのは精神的にきつかったのかも知れない。

「少し空けちゃってエヴァにも迷惑かけただろうし、仕事があるならこっちでやるから少し休みなよ」

クラン運営の仕事は膨大だ。僕ではよくわからないものがほとんどだが、ルシアとシトリーに手伝ってもらえばバッチリなのである。

シトリーはなんでもできるし、ルシアは兄の醜態が気になるのか事あるごとに手伝ってくれているのでエヴァの部下達にも顔が利いたりする。

僕の提案にエヴァは少しだけ目元を緩め、ため息をついて小さく首を横に振った。

「いえ、もう既に騒動は収まっているので……報告書は机に置いておきましたが、《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》とアカシャの塔の残党の抗争で帝都中が蜂の巣をつついたような騒ぎだったんですよ。残党といっても、相当な大物がまだ何人も隠れていたみたいで――うちのメンバーにも緊急で協力要請が来て、かなり動員されました」

「そりゃ……大変だったね」

本当にバカンスに行っていてよかった。《 魔杖(ヒドゥン・カース) 》のクランリーダー、《 深淵火滅(しんえんかめつ) 》は恐ろしい魔導師だ。どのくらい恐ろしいって、ルシアが名を聞いただけで嫌そうな表情をするぐらい恐ろしい。

なるべく顔を合わせないように気をつけているが、僕は顔を合わせる度に顔が顰めっ面にならないように全力を尽くす必要があるのである。

おまけに恨みも買っている。既に解決した話ではあるが、クラン設立時に彼女が目をつけていたパーティに誤って声をかけてしまったのだ。

おまけに、勝ち取ってしまった。何を隠そう、そのパーティこそがうちのクランでは二番目か三番目かに厄介なパーティ――《 星の聖雷(スターライト) 》であり、僕はそれ以来、帝都を大手を振って歩けなくなってしまったのである。

あの恐ろしい婆さんが関わっているのならば、スヴェン・アンガーが死にそうになっていたのも当然と言える。あの婆さんはアークでさえ小僧扱いするし、おまけに人間を灰にすることを躊躇わないどころか喜々として行っていそうな雰囲気がある。

余程苦労したのか、エヴァの言葉には暗い熱が篭っていた。

「おまけに、相手の魔導師も凄腕で――信じられますか? 相手は――雷精召喚の儀式を行おうとしたらしいです。この人が大勢いる場所で、雷精ですよ!?」

地獄かな?

精霊召喚は奥義である。ルシアは滝を生み出すためにぽんぽんやらされているが、攻撃力の高い属性の精霊はそれだけで戦略兵器扱いされるほどだ。人が大勢いる帝都で使うような魔法ではない事は無能な僕から見ても明らかだ。さすが秘密結社の一員、ということか。

そう言えばアーノルドが雷精を撃退していたが、それは雷精を操る者がいなかったからであり、魔導師の指揮下に入りその力の指向性を定められた精霊はまさしく災害そのものである。

「それを聞いて、《深淵火滅》が何をしたか想像できますか? 契約している火精を召喚したんですッ! 力に、力で対抗しようとしたんですッ! 本当に、信じられません。これだからレベル8は――」

なんかごめんなさい。

「………………よく帝都、残ってるね」

破壊の跡を見た時は帝都で戦争でも起こったのかと驚いたが、《深淵火滅》が精霊を召喚したのだとすれば、逆にこの程度の破壊で済んだ事が奇跡のように思える。

あの婆さんは噂では宝物殿を一つ焼き尽くした事もあるらしい。そして、《深淵火滅》にはそれをやってもおかしくない凄みがある。

僕の言葉に、エヴァが困ったように眉をハの字にする。

「詳しい情報は入っていないんですが、どうも……双方とも、精霊が大きな力を使った後で激しく疲弊していたようで……」

「ふーん。運が良かったのか」

「特に雷精の消耗が激しかったみたいで、決着は割とすぐについたみたいですね。まぁ、幸運かと」

精霊召喚とは既存の精霊を召喚し使役する術だ。その威力は術者の実力以外に精霊のコンディションに大きく左右される。

当然、使役していない時はどこかで自由にしているし、発動してからやってくるまでタイムラグもあるから、非常にムラっけのある術だと言える。

いざという時に召喚しようとしていたら、契約している精霊が消滅していて召喚できなかったなんて話もあるくらいだ。

ちなみに、ルシアはちょこちょこ滝を作るのに使うので、水精を瓶の中に入れて持ち歩いているらしい。手懐け方が半端ではない。昔から動物の躾が得意な子なのである。僕の『犬の鎖』にお手を仕込んだのもルシアだ。

まぁ、既に終わった事だ。僕には関係ない。

僕はデスクの上に置かれた報告書を適当にどけると、自分用の温泉ドラゴン饅頭の箱(二十四個入)を開けた。ありったけ買ってきたので後三十箱くらいある。

イチゴ味の赤ドラゴン饅頭を咥えた所で、エヴァがふと意味不明な事を言った。

「そういえば、クライさん。『白剣の集い』の話なんですが――」

「んふ? んぐッ…………けほ、けほッ……ああ、留守にしていて悪かったよ。遊んでたわけじゃないんだ」

いちごドラゴン饅頭を飲み込み、早速言い訳に入る僕に、エヴァは不思議そうに目を瞬かせて言った。

「え? いえ…………延期したので……開催は三日後です。欠席の連絡をするか迷っていたのですが、帰還が間に合って、本当によかったです」