軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

150 バカンスの終わり⑤

やっぱり何度入っても露天風呂は最高だな。引退後は絶対に温泉の近くに住もう。

入浴したことで眠気もすっかり取れ、上機嫌で部屋に戻る。

待たせてしまったかもしれないと心配していたが、ティノはまだ戻ってきていなかった。既に十分という時間は大幅に超過していたが、別に意味があって出した時間じゃないので別に構わない。

僕は大きく欠伸をすると、暇だったので、鞄の中から『 進化する鬼面(オーバー・グリード) 』を取り出した。

くしゃくしゃになっていたそれを両手で伸ばし、机の上に乗せる。ぽっかり空いた目は僕を見ると、へにょりと目尻を下げた。

その反応、凄く失礼だと思う。一体何を考えて昔の人はそのような機能をつけたのだろうか。

「何用だ。何度も言うが、我が力では貴様の能力を上げるのは不可能だ。無理なものは無理なのだ。我が悪いのではない、我は大体の者ならば力を上げられるように出来ている。貴様が悪い」

ひどい言い草である。使えない宝具だ。

「いや、用とかないけど……暇だし、ぼーっとしていると眠くなるからティノが戻ってくるまでお喋りでもしようと思って」

「き、貴様、我を、この『 進化する鬼面(オーバー・グリード) 』を、なんだと思っているのだッ!」

口元が開きわーわー文句を言う。宝具の仮面に叱られた経験がある者など、世界広しと言えども、僕くらいだろう。

だが、宝具に怒られても怖くない。手足もないし、この宝具が僕に何もできない事は実証済みである。

笑顔を崩さない僕に、肉の面は戦慄したように身(頬?)を震わせる。

「だいたい、貴様、本当にマイペースだな。このような敵地の真ん中で平然とお喋りとは」

「?」

「まさか貴様、何も感じていないのか!? 近づいてくる、この大量の気配を……!」

「あー……」

またそれか。僕は深々とため息をついた。

まぁ、言うまでもなく気配など感じていない。感じたことがない。そもそも、気配って何ってレベルである。

いや、そりゃ凄く近くまでくればなんとなくわかるよ? 二メートル以内とかに来てくれれば、わかることもある。

だが、数メートルも離れれば気づかないし、僕はリィズのように盗賊でもない。

『気配を感じる』という事象が存在しているのはこれまで様々なトレジャーハンターを見ていて知っているが、どうやって感じるのかわからない。誰も教えてくれない。教えてと言っても、皆、困ったような表情をするばかりだ。多分、彼らにとってはそれは出来て当然の事なのだろう。

才能がないので仕方ないと自分を納得させていたが、こんな肉の仮面でも感じられるとなると気が落ちる。その能力を僕にください。

中途半端な笑みを浮かべ、僕は虚勢を張った。

「まぁ、今回はバカンスだから――」

「!? ……三百人はいるぞ? 空からも来る」

そんな馬鹿な。三百人って、商隊でもなかなかそんな規模にはならない。

故障かな? そもそも、空から来るっておかしいだろ。君は昔の道具だから知らないかもしれないけど、現代の人間は普通、空を飛んだりしないのだ。

仮面を取り上げ、裏表ひっくり返したりしながらどこか壊れていないか確認していると、勢いよく扉が開いた。

息を切らせ駆け込んできたのは裸のティノだった。厳密に言うと裸ではなく、上下ともに下着はつけていたが、そんな事はどうでもいい。

「!????」

さすがの僕も言葉を失う。後輩がいきなり裸で駆け込んできてにこやかに迎え入れられる程、僕は人ができていない。

白い肌に黒い下着のコントラストが眩しい。だが、その顔は蒼白で、右手が脇腹を押さえている。

そこで僕は、ティノの腹部――手の平が当てられた場所から、血が溢れている事に気づいた。赤黒い液体が白い肌の上を流れ、右脚にかけて赤い線ができている。

「ますたぁッ!!」

僕を見たティノの表情が歪む。立ち上がりかけた時には、ティノはこちらに飛び込んできていた。勢いがよすぎて、支えきれずに押し倒される。

柔らかい感触が上から乗っている。何が起こっているのかわからない僕の胸にぎゅっと顔面を埋め、ティノが身を震わせた。

「よかった……よかったです、ますたぁッ! ご無事、だったのですね――い、いえ、信じては、いたんです。で、ですが、奴ら、頭から紙袋を被せていて――万が一の事があったら……よかった、本当に、よかった、です……」

何を言っているのかさっぱりわからない。ともあれ、僕は剥き出しになり、黒いブラジャーの紐だけが引っかかった華奢な肩を掴み、そっとティノの身体を離した。

さすがの僕もここでうんうん、そうだよとは言わない。

「…………とりあえず、まずは傷を癒そうか。そこに横になって」

「あ……は、はい……」

アンセム程の回復力は望めないが、僕には回復用の宝具――『 慈悲深き献身(ヒーリング・ホープ) 』がある。

部位欠損の治癒までは望めないが、回復に使える宝具は需要がありなかなか売りに出されない貴重品だ。ハンターになった当初に当時の全財産を叩いて購入した貴重品であり、手に入れてから何度か仲間たちを救ってきた頼りになる品だ。

ティノの傷は幸い、そこまで深くはないようだった。ナイフか何かで切られたのか、このくらいならば僕の宝具でも癒せるだろう。

『 慈悲深き献身(ヒーリング・ホープ) 』――首から掛けた銀の十字架を外し、横たわったティノの腹部――傷口に当てて起動する。十字架が淡い光を放ち、みるみる内に傷口が塞がっていく。

しかし、一体何があったのだろうか? 僕がティノに頼んだのはお茶を取ってくる事である。どうやったらお腹に傷を受けて帰って来るのかわからない。

横たわり、こちらを見上げるティノの眼差しはまるで捨てられた子犬のように不安げだった。

これは――迂闊な聞き方をしたらまずいな。僕だってティノの性格は知っている。何が起きたのか聞きたいところだが、なんで腹に傷を受けたの? なんて聞こうものならば、号泣待ったなしだ。

十字架の光が消えるのを待ち、傷口が治ったか確認のために血に汚れた腹部に触れる。

手の平で血を拭き取ると、くすぐったかったのか、ティノが艶めかしい声をあげて右膝を立てた。際どい格好に、思わず動いた視線を下半身から背ける。

「んんッ……!」

「あー、ごめんごめん。大丈夫、治ってるよ。調子はどう?」

「ん……ま、ますたぁ、ありがとうございます、大丈夫です。まだ、毒は残っていますが……耐性は、お姉さまに毒を飲まされて、つけているので。それより、ますたぁ……ぁ…………」

そこまでいいかけた所で、声が消える。ティノの顔がみるみるうちに上気した。自分の格好を思い出したらしい。

あたふた起き上がり、両手をうまいこと使って胸元と下半身を隠す。だが、ティノの腕は細いのでほとんど肌を隠せていない。せっかく気にしていない雰囲気を出したのに……。

幸い、僕はそういうのはリィズで慣れているので平気である。気にならないといえば嘘になるが、僕は紳士なのだ。ハードボイルドなのだ。

顔を真っ赤にし、涙目で硬直しているティノに予備の浴衣を渡してあげる。ティノが小さな震える声で礼をいい、それを受け取ったところで、扉が再び開いた。

「クライさん、只今戻りました。こちらは大丈夫でした…………か?」

入ってきたのはシトリーだった。いつもどおりの笑顔で僕を見て、次に浴衣に袖を通しかけていたティノを確認し、その表情が笑顔のまま凍りつく。

その視線は、腹から流れ、大腿部についた血の跡に向かっていた。引きつった笑顔のまま、絞り出すような震える声で言う。

「………………だ、大丈夫じゃ、なかったみたいですね。ティーちゃん、あんなに釘を刺したのに……クライさんに……手を出すなんて…………許さない。信じてたのに……」

「!? ???? 手を――ご、誤解です、シトリーお姉さまッ! 私、何もしてませんッ!」

シトリーには僕がそんな人間に見えるのだろうか? ともあれ、誤解も誤解、大誤解である。ティノが可哀想なのですかさずフォローを入れる。

僕は男だ。性欲だって普通にあるが、傷ついた女の子に手を出す程落ちぶれちゃいない。

何事かわからないが、尋常ではない出来事が起きたらしい。こういう時に必要なのは冷静さだ。まだパーティに入って活動していた時に度々ひどい目にあっていたのでよく知っているのだ。

「落ち着きなよ、シトリー。安心して、本当に何もしてないよ。大体、僕、ティノに興味ないし」

「そうです! ますたぁは私に――!? ………………きょう……み……………」

ティノの言葉が尻すぼみに消える。何故か泣きそうな表情でこちらを見上げてくる。

それとは正反対に、シトリーがほっとしたような笑顔になり、部屋に入ってくる。

「ですよね……信じてました。クライさん、滅多に私にも手を出してくれませんし……」

「……えッ!?」

「たまにシトリーってとんでもない事、言うよね」

まるで僕がシトリーに手を出しているみたいな言い方するのはやめていただきたい。ティノに嫌われたらどうしてくれるんだ。

僕は、浴衣を羽織った状態で固まっているティノの頭を一撫でし、真面目な顔を作っていった。

「そんな事より、話すことがあるだろ?」

「はい。そうですね。…………まぁ、追加のお客さんが来るようですが…………」

「…………助けて、くれ……《千変万化》」

次から次へと……今日は来客が多いな。

まるで、シトリーの言葉を見計らったかのように再び扉が開く。

緊迫した面持ちで入ってきたのは、和解したはずの《霧の雷竜》だった。

青褪め、痙攣するアーノルドと、それに肩を貸している副リーダー。その他のメンバーについても、まるで敵地のど真ん中にいるかのように強張った表情をしている。僕の返事も聞かず、ずかずか入ってくると、部屋の中で座り込む。

一体何が起こったのか、聞きたくなくなってきた。

シトリーやティノはともかく、《霧の雷竜》が僕の下に集まってくるっておかしくない?

だが、こうなってしまえば僕にできるのは話を聞くことだけだ。

大きく深呼吸をして覚悟を決め、ティノに尋ねる。

「ティノ、甘味とお茶は?」

「!? す、すいません。途中で、襲われてしまって――」

「あー……まぁ、いいや。甘い物があったらもうちょっと頭も働くんだけど――お茶もお菓子もないけど、話を聞こうか」

いや、待てよ?

「……アーノルドさん、調子悪そうじゃない? 帰って寝たら?」

僕の気遣いに対して、畳の上に寝かせられたアーノルドは、拳を弱々しく持ち上げ、畳を叩いた。