軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138 ダメダメバカンス②

シトリーお姉さまについていき、男湯に侵入したティノの目に入ってきたのは理解できない光景だった。

ますたぁが水色のドラゴンと温泉に入っていた。思わず緊張も忘れ、タオルが落ちないように注意しながら目をこするが、幻ではないようだ。

上半身だけお湯の上に出したますたぁの表情には焦りなどはない。ただ達観したような笑みを浮かべている。

水色の見たこともないドラゴンが、シトリーとティノを見て唸り声をあげた。

ますたぁ……助けを呼んだわけじゃ、なかったんですか……何やってるんですか……。

冷静に考えると、強者が弱者に助けを求めるわけがない。

思い返すと、その叫び声には助けてなどという単語は入っていなかった。ドラゴンの出現を告げた時点で助けを求めたものだとばかり思っていたが、《千変万化》は 竜殺し(ドラゴンスレイヤー) の称号だって持っているのだ。

先程まで感じていた気恥ずかしさなど吹き飛んでいた。いつドラゴンが襲いかかってきてもいいように構えながら一步後退る。

ティノはほぼ全裸だ。短いタオルを巻いて局部を隠しているが、いつも持ち歩いているナイフも持っていないし、靴も履いていない。だって、普通温泉にドラゴンが出るなんて思わない。

それでも、無防備な状態でティノの精神は比較的安定していた。隣にシトリーお姉さまがいるおかげだ。

温泉にポーションを持ち込む準備をしていた時には何を考えているのかわからなかったが、さすが歴戦のハンターという事だろう。

塀を爆破したポーションは、ただのポーションにあるまじき凄まじい威力だった。錬金術師は戦闘が不得意なイメージがあるが、最上級レベルになると違うらしい。

しかしそんな歴戦のハンターでもさすがにこの状況は予想外だったのか、シトリーが目を瞬かせ、ティノの疑問を代弁する。

「…………何やってるんですか?」

「…………見てわからない?」

わ、わからないです。ますたぁ。

ドラゴンは大体大きさに比例するように強くなる。水色ドラゴンはドラゴンにしては小柄で、そういう意味ではドラゴンの中では強い方ではないのだろう。もしかしたらこれがお姉さまが巣を探しに行った温泉ドラゴンなのかもしれない。

だが、それでもドラゴンだ。腐っても竜だ。魔物の中の魔物、幻獣の王だ。古今東西、竜殺しの称号は強者の証として知られている。

そんなドラゴンと一緒に平然と温泉に入るなど、世界広しと言えどますたぁくらいだろう。そもそもそんなシチュエーション、普通はこない。

ドラゴンはティノ達を警戒に値する相手だと認めたのか、温泉から上がり翼を広げる。お湯が飛び散り、翼がつやつやと輝いていた。鱗もぴかぴかだ。

身体に巻き付いていた『犬の鎖』が諦めたように絡みつくのをやめる。

シトリーはしばらく考えていたが、ぽんと手を打ってティノに言った。

「わかりました。ではティーちゃん……よろしくね?」

「え!?」

ドラゴンが二足歩行でじりじりと寄ってくる。隣に立っていたシトリーお姉さまが肩を掴み、混乱しているティノの後ろに隠れる。

瞬間、水色のドラゴンが勢いをつけて尻尾を振ってきた。

その体躯に比べて長く靭やかな尾が鞭のように襲いかかってくる。焦るティノの耳元でシトリーお姉さまが囁く。

「このくらいのドラゴンなら、ティーちゃんでも相手できるでしょ?」

「え? え?」

ほぼ反射的に後ろに下がる。数歩後退ったはずだが、ティノを盾にしていたはずのシトリーお姉さまとぶつかることはなかった。恐らくティノの動きを予測していたのだろう、横にずれて回避したのだ。

シトリーお姉さまがティノの視界の端を通り過ぎる。そのまま尾を振り切り僅かな隙ができたドラゴンの隣をすり抜けるように駆け抜けると、勢いよくお湯の減った湯船に飛び込んだ。

「シトリーお姉さま!?」

「頑張って、ティーちゃん! 応援してるから!」

短い悲鳴をあげるが、シトリーお姉さまは既に聞く耳を持っていないようだった。

最初から体勢が変わっていないますたぁの腕に縋り付くように抱きつき、ティノににこにこ笑いかけている。

裏切られた。今更察するがもう遅い。

尻尾によるなぎ払いの速度はかなりのものだ。飛べるのかはわからないが、爪も牙も翼も、ドラゴンの外見的特徴は全て揃えている。

動き自体はそこまで早くないが、タオルが落ちないようにしながら戦うのはかなり難しい。蹴りも使えない。もっとも、ドラゴン相手に蹴りが通じるかどうか怪しいところだ。

万全な状態ならば戦えない事もないかもしれない。だが、今のティノは重いハンデを背負っているようなものだし、そもそもティノがドラゴンと戦うのはこれが初めてだ。

じりじりと間合いを測りながら、ティノは渾身の思いを込めて叫ぶ。

「ますたぁ、バカンスじゃなかったんですか!?」

「何言ってるの、ティーちゃん。ちゃんと温泉、入れたでしょ?」

「まだ入ってませんんんんッ!」

緊張と混乱と少しの羞恥で頭がいっぱいになっているティノにドラゴンが大きく頭を振り上げる。

ブレスの予兆だ。慌てて床を転がり回避行動を取る。

そして――ティノは見た。

ドラゴンが口から吐き出したのはお湯だった。

凄まじい圧力を掛けられ噴出されたお湯が、先程までティノがいた場所を貫き破壊する。

飛沫が飛び散り、床に大きな傷ができる。回避した勢いのまま起き上がり、思わず叫んだ。

「何なんですか!? このふざけたドラゴンは!?」

「きゃーきゃー言ってないでさっさと倒して? ただの温泉ドラゴンでしょ!」

「!?」

辛辣なシトリーお姉さまの言葉にショックを受けつつ、止まっている暇はない。

ブレスでお湯を吐いたふざけたドラゴンは、まるで王者の貫禄でも見せつけるように堂々と胸を張っている。こんなドラゴン倒せたところで、竜殺しなんて恥ずかしくて名乗れないだろう。

唯一の頼みの綱のますたぁは、顔に仏のような穏やかな表情を張り付けたまま固まっている。

ティノは覚悟を決めた。

これは――試練だ。多分、恐らく、シトリーお姉さまの言う通り、試練なのだろう。ますたぁの心遣いなのだろう。

あんまりです、ますたぁ……。

ティノは涙を堪え、ヤケ気味にふざけたドラゴンに向かって踏み出した。

§ § §

水色のドラゴンが地面を大きく滑り、腹を見せて転がる。

側ではティノが蹲り、身体を手の平で隠しながら、嗚咽を漏らしていた。

「うぅ……えぐッ……ひどいです、ますだぁ……こんな……」

ティノつええ。こんなに強かったっけ?

明らかにラビ研と戦った時よりもパワーアップしていた。小柄なティノの蹴りや突きがずんぐりむっくりしたドラゴンを吹き飛ばす様はまるで冗談のようだった。

近くには爪がひっかかりぼろぼろになったタオルが打ち捨てられている。さすがに途中で押さえきれず、放り捨てたのだ。そこからティノの動きが烈火の如き激しさを見せたのは余談である。

いざという時は口を出そうと思っていたのだが、結局その時が来ることなく戦闘が終わってしまった。

大丈夫だよ……視線向けないように注意してたから。見ないことに関して、僕はプロだから。

脱衣所にタオルを取りに行ってきたシトリーが戻ってくる。今回の戦犯だ。

ティノは僕のせいだと言ったが、僕はシトリーになんとかしてもらうつもりだったのだ。僕のせいではない。

…………まぁ、僕にも責任はなくもないかな。

僕はティノを慰めた。

「いや、なかなか見応えのある戦いだったよ。よくやった、よくやった」

「!? グスッ……ますたぁ、嫌い……」

ティノがぎゅっと自分を抱きしめるが、あまり意味がない。

そんなティノを隠すようにシトリーが大きなバスタオルをかぶせた。そして、少し落ち着いた後輩に辛辣な言葉をかける。

「事前準備の大切さ、わかった?」

「……」

ティノが目に涙を浮かべたまま、必死に頷いている。シトリーがその頭を撫でているが、そんな事で今回の所業が許されるのだろうか。

僕は随分破壊されてしまった大浴場を見回し、転がりびくびくと震える温泉ドラゴンを確認し、ため息をついた。

「……でも普通、温泉に入るのにドラゴンを警戒したりしないよね」

「!?」

ティノがまるで信じられないものでも見るような目で僕を見る。そんな目で見られても……さすがの温泉大好きな僕でも、温泉にドラゴンが来ていると知っていたら入ろうとなんてしなかったよ。

しばらく部屋の露天風呂だな。

§ § §

「…………行くぞ」

「おおおおおおおおおおおおおッ!」

短いアーノルドの言葉に、パーティメンバーが咆哮する。

その表情にあるのは僅かな恐れと、強い戦意だ。

二日の休日を経て、体力は回復していた。近くの村で装備もアイテムもできるだけ整えた。

ならば、後は武を、勇を以て挑むのみだ。

これが最後のハントになるかも知れない。だが、それでも進むことをやめるわけにはいかない。

それがトレジャーハンターという職についた者の性だった。

側には《霧の雷竜》よりも更に青ざめた《 炎の烈風(クリムゾン・フレイム) 》のメンバーと、ルーダ・ルンベッグが並んでいる。

実力から考えると行動を別にする方が賢いはずなのにそれでもついてきているのは、彼らの目的がこの宝物殿にいるからではなく、彼らも低レベルながらトレジャーハンターであるから、だろう。

脳裏には既に《千変万化》への恨みはなかった。そのような雑念を持って挑める程、【万魔の城】は甘い宝物殿ではない。

アーノルドの心中にあるのは意地だった。それは、信条とも、誇りとも、言い換えられる。

眼の前にそびえる城は、数日前とは何ら変わらない威容を誇っていた。

渦巻く雷雲も、満ちた静けさも何も変わらない。

つまり、これこそが――ネブラヌベス周辺では存在しなかったレベル8宝物殿の通常。

ここで骨を埋めるつもりはない。本能でわかる。恐らく、踏破は無理だろう。

だが、一歩立ち入り、《千変万化》が恐らく少人数で突入したであろう宝物殿の難易度を身を以て味わえば、現実を受け入れられる。

これは――けじめなのだ。

ふと、エイが眉を歪め不審そうに言う。周囲を見渡すが、そこに広がるのは遮蔽物のない平原のみで魔物は疎か馬車の一つも見えない。

「……馬車がない。本当にいるんですかね……」

「……いる、はずだ。ここまで、奴らの行動にブラフはなかった。だが、そんな事はもうどうだっていい」

「ああ、もちろんわかってますよ。我らのリーダーの事は、ね」

エイが無理やり唇を持ち上げ、笑う。

まるでアーノルドを待ち受けていたかのように、巨大な門が開く。冷ややかな空気がアーノルド達を包み込む。

そして、《豪雷破閃》の宝物殿への挑戦が始まった。