軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

134 にこにこバカンス②

グラディス伯爵領を大きく避けるように進む事一日、僕たちは何事もなく目的の町――スルスにたどり着いた。

シトリーの前情報の通り、山間に作られた小さな町だ。温泉が有名という話は確からしく、町全体から独特の匂いが漂ってくる。

ふらふらになりながら、馬車から下りる。アーノルド達に追いかけ回されながら走っていたので、こうして町に止まるのは数日ぶりだ。

ハンターにとって、魔物の生息域を数日かけて踏破するのは珍しい事ではない。サバイバル技術もそれだけ磨かれているし、うちはシトリーというそつのない子がいるので野外生活はかなり充実しているのだが、それでもハンターを半ば引退している僕にとってここ数日の強行軍はなかなか疲労の溜まるものだった。ずっと馬車で座っていただけなのに情けない話である。

僕は風呂が好きだ。クランハウスにある私室にも風呂をつけるくらい好きだ。リィズやティノは豪快な水浴びをしていたが僕はワニが怖くてできなかったし、野外活動中はずっとお湯につけたタオルで身体を拭く事しかできなかった。

一刻も早くお湯に浸かりたい気分だ。温泉まんじゅうも食べたい。チョコレートでもいい。甘い物食べたい。

観光地として有名であるためか、スルスの町は帝都とは趣が違い、町中でも岩や木などの自然物が豊富に残っていてどこかエキゾチックな雰囲気があった。

時期が外れているのか、旅人の姿は多くない。ここならば恐らく僕の事を知る者もいないだろう。隠れるのにはもってこいの町だ。

騒動大好きなリィズは不満に思うかもしれないが、帝都を出てから色々ありすぎた。一週間か十日くらいのんびりするか。ここならばクロさん達やティノの疲労も癒せるだろう。

門で入町の手続きをしていたシトリーが戻ってくる。

「どうですか? この町は――」

「いいね、気に入った。短期間滞在するにはもってこいだ――人もあまりいないみたいだし、ね」

お祭りのように騒がしいのも好きだが、こうして静かな町も好きだ。つまり、僕は自分に火の粉が降り掛かってこなければなんでもいいのであった。

アーノルドを撒いたガレスト山脈からも程よく離れているし、かち合う可能性はゼロに等しい。

リィズなんて、ティノを引っ張って早速町を見に行ってしまった。お土産を期待することにしよう。

機嫌のいい僕に、シトリーがにこにこと言う。

「ここの温泉は湯治にも最適だとか……怪我をしたハンターが治療に来たりすることもあるそうですよ」

「湯治、か……いいね……」

まぁ僕は大きな怪我なんてしたことはないし、リィズ達の負傷は全部アンセムが完璧に治しているので僕たちにとっては関係ないのだが、その言葉の響きだけでどこか惹かれるものがある。

他の町に気軽に行けるのはハンターの特権だ。ルーク達がいないのが少し寂しいが、楽しませて貰うことにしよう。

「この町には隠れ家はないので、どこか宿を借りる必要がありますが……何泊くらいしますか?」

「うーん……十日から二週間かな。状況によってはもう少し延びるかもしれない」

確実に白剣の集いが終わるまで、僕は帝都に帰るつもりはない。

僕の言葉に、シトリーが一瞬思案げな表情になったが、すぐに笑顔を取り戻した。

忙しいシトリーやリィズを占有してしまうのは申し訳ないが、こちらは命がかかっているのだ。無理なら無理と言うはずだ。

「わかりました。ではそのように……手続きをしてきます」

シトリーが小走りでいなくなる。僕がいない時もいつもやっている事なのだろうが、こうしてみると姉の方との差が目立つ。

時間はあるし、少し気をつけてシトリーを労うのもいいかもしれない。

ようやくバカンスっぽくなってきたな……思いっきり羽根を伸ばして、帝都に戻った後に皆に自慢してやろう。

§

シトリーと一緒に町中をぐるりと散歩する。

よほど湯量が豊富なのか、スルスの町にはそこかしこに温泉が湧き出していて、見学するだけで少し面白い。あちこちで立っている湯気のおかげか街全体が暖かく、歩いているだけで疲れが癒えていく。

どうやらその辺を掘り起こせばすぐに温泉が出るらしく、ハンターをやめて帝都に居座る必要がなくなったら、この町に住み着くのも悪くないかも知れない。

ただ、一つだけ気になることもある。町中が――閑散としすぎているのだ。

そもそも町の規模自体そこまで大きくないのだが、それでも少し寂れて見えるくらいに人の数が少ない。時期が外れているだけかもしれないが、町の設備はかなり整っているし、もう少し賑わいがあってもいい気もする。

宿についても、急な長期滞在にもかかわらず、すぐに決まった。温泉と料理が評判な、ハンター向けというよりは富裕層の観光客向けの旅館だ。実用重視なハンター向けの宿と異なり外観にも気を使っていて、カメラを持っていない事が悔やまれた。

「新婚さんですかって、聞かれちゃいました」

「……」

シトリーが頬を染め、目を細めて言う。それはお世辞だと思うよ。新婚さんが部屋、七人分も取るかよ。

そして、僕の方にはなんでこんなやつがみたいな視線を向けられた事は言わない方がいいだろう。ただのハンターとその他です……。

外観だけでなく、旅館内部も期待を裏切らないものだった。

案内された部屋は広く、おまけに畳張りだった。これもまたハンター向けの宿とは違う。

血や脂、埃に塗れるハンター向けの宿は基本的に土足で立ち入り、その部屋で装備のメンテナンスを行うことを想定している。

畳張りの部屋など帝都でも滅多に見られるものではない。まだハンターになる前、畳の部屋は僕の憧れだった。

ハンターになってからは何度か経験したが、何度見てもこれは良いものだ。

何が素晴らしいって、どこにでも横になって転がれるのが素晴らしい。

ちなみに、クランハウスの僕の私室も畳張りにしようと考えたこともあったのだが、エヴァの指摘によりなくなった。まぁ、すぐに汚すからな。

ちなみに、ゼブルディアで畳の部屋は高い。帝都と同じ物価だとしたら、一般の部屋と比べて十倍くらい違うはずだ。こんな所を借りたと知られたらきっとまたエヴァに叱られるだろう。

「気に入っていただけてよかったです。部屋が空いていたのは幸いでした。値段も安かったですし、いつもなら予約が埋まっているらしいです」

さっそく畳の魔力に引き寄せられ、やむなくごろごろ転がる僕に、シトリーがとても嬉しそうに言う。

「へー。それは運が良かったな……シーズンオフなの?」

「はい。グラディス領が近いせいでお客さんが皆逃げてしまったとか……」

そうか。グラディス領が近いせいで――それってシーズンオフじゃなくない?

時期によってグラディス領が近づいたり遠のいたりしているのかよ。笑う。

「なんでもグラディス領で厄介な盗賊団が暴れているらしくて……お客さんが激減したそうです」

「へぇ……それは物騒な話もあるもんだね」

まぁよくある話ではある。ゼブルディアはハンターを大勢有しているが、その分、犯罪者の質もやたら高い。

騎士団が治安維持を担当しているので治安はそこまで悪くはないが、雨後の筍のようにぽこぽこ出てくる犯罪者には後手に回る事もある。

グラディス領にはかなり強い騎士団がいるらしいので、きっと騒動もすぐに収まるだろう。

「そんな心配しなくてもいいのにね。まぁそれで部屋が取れたんだからラッキーか」

「観光地だけあってこの町、防衛能力が薄いですから……不安に感じたのでしょう」

そういえば、分厚く高い外壁で囲まれていたエランやグラと違ってこの町の外壁は木製でかなり簡易的なものだった。

景観を重視するためだろうが、強力な魔物や人間ならばどうにでもできそうなものである。

しかしいくらなんでも心配性過ぎる。

盗賊団が襲撃の対象に選ぶのは護衛を連れていない平和ボケした商人や、旅人くらいだ。どんな小さな町でも町である以上ある程度の防衛能力は有しているし、よしんばそれをクリアしたとしても、ゼブルディア帝国は大国だ。町を襲えば国が黙っていない。強力なハンターが滞在している可能性だってある。あまりにも割が合わない。

「今どき町を襲う盗賊団なんていないでしょ」

「そうですね……町を滅ぼすだけならうまくポイズンポーションを使えばいけそうですが」

それ、ただのテロだから……。

恐らくシトリーも本当に盗賊団が来るとは思っていないだろう。

ごろごろと転がり、シトリーが腰を下ろした近くに行く。なんか最近、事あるごとに転がっている気がする。僕の十八番に加えるべきかもしれない。

畳が……畳が僕の全てのエネルギーを吸い取っていく。身体がずっしり重い。もう何もできない。そしてきっと僕は気づかないうちに畳と一体化してしまうのだろう。

視線が合うと、シトリーは照れたように笑い、二度、膝を叩いた。

「どうぞ」

ありがたく膝を借り、頭を持ち上げ乗せる。薄いストッキングで包まれた膝は蹴りで戦うリィズと比べて少し細かったが信じられないくらい柔らかい。

労おうと思っていたのに逆に労われてしまった。

大きく欠伸をする僕の頭に手を乗せ、シトリーが静かな声で言った。

「時間は……あると、思います。ゆっくり身体を休めて機を窺いましょう」

「うんうん、そう……だね……」

強い眠気が押し寄せてきて、意識がすっと遠のく。

最後に視界に残っていたのは、シトリーの穏やかな笑みだった。

§ § §

「ッ……ま、まじかよ……」

エイが呆然として、目を細め、崖の上の城を見ている。アーノルドも全く同じ感想だった。

《 炎の烈風(クリムゾン・フレイム) 》が青ざめた表情で視線をそちらに向けている。

ずっとアーノルドに物怖じしない態度をとってきたギルベルトについても、今だけは愕然としたように目を見開いていた。

数キロの範囲に入った時点で、奇妙な悪寒を感じた。視界に入った時点で、その予感は確信に変わった。

【万魔の城】。ネブラヌベスでは存在していなかった、認定レベル8の宝物殿は、アーノルドの予想を遥かに超えた代物だった。

「馬鹿な……あの男、あの少人数であそこに向かったのかッ!?」

集積したマナ・マテリアルにより天候は崩れ、まるで滝のような雨が地面を叩きつけている。幾つも存在する塔の付近には無数の雷光が絶え間なく光り、分厚い雲の隙間には何かの影が見えた。

周囲に魔物の姿がないが、それも納得だ。このような地獄の周囲に住み着こうとする魔物など存在しないに違いない。

その宝物殿は――明らかに現在の《 霧の雷竜(フォーリン・ミスト) 》の適正範囲外にあった。

《 炎の烈風(クリムゾン・フレイム) 》の一人が空気の異様さに耐えきれず、盛大に地面に吐き散らかす。だが、その光景を見ても特に侮蔑のような感情は浮かばない。

一番認定レベルの高いアーノルドから見ても、格上の宝物殿だ。レベル3程度のハンターからすれば地獄を垣間見たに等しいだろう。

「ど、どうしますか?」

エイが深刻そうな表情で確認してくる。常に飄々とした態度を崩さなかったエイの変化が状況の悪さを示していた。

恐らく、【万魔の城】はアーノルドクラスのハンターが六人いてぎりぎり立ち向かえる難易度の宝物殿だ。今のメンバーで立ち入れば間違いなく死ぬ――いや、何人かはその重圧に潰され魔物と出会う前に使い物にならなくなるだろう。

問題は、それが《千変万化》にとっても同じはずだという事だ。

《千変万化》の一行にも足手まといが含まれていた。遠目に観察したその宝物殿はレベル8のハンターが一人いたところでどうにかなる類のものではない。

もしも仮に、《千変万化》がそんな足手まとい達を試練と称してあの宝物殿に連れ込んでいたとするのならばそれは――まさしく『レベルが違う』と言わざるを得ない。

アーノルドの攻撃を無防備に受けきったあの男の表情を思い出し、アーノルドは絞り出すような声で決定を述べた。

「クソっ……一度、離れて計画を立てる。態勢を整え直す。馬鹿な、そんな馬鹿な話があるかッ!」