軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

131 プライド②

「そんな……ますたぁ! お願いします、それだけはッ! どうか、それだけは――許してくださいッ……」

「……」

僕の名案に対して、ティノが冗談でもなんでもなく、ぽろぽろ涙をこぼして訴えかけてくる。アーノルドが手を止め、引きつった表情で僕とティノを見ていた。

完全に予想外だった。そこまで嫌がられるとは思っていなかった。

いや……え? そんなに嫌なの? いや、別にそんなに嫌なら泣かなくてもそう言ってくれれば、強制したりはしないけど――。

ただ、僕は少し見たいなーと思っただけなのだ。

『 進化する鬼面(オーバー・グリード) 』は僕が全く使えない数少ない宝具である。宝具マニアとしては機会があれば狙っていきたいところなのである。

だが、どうやらティノのトラウマは僕が思っていた以上に深いらしい。この間仮面を被った時に見たティノの変化は、僕から見れば泣くほど嫌になるような物には見えなかったのだが、被った側からすると何か違うのだろうか。

「がんばります。私、がんばりますからぁッ」

「え……あ、うんうん、そうだね…………仕方ない、またの機会にしようか」

まぁ、本人がそういうのであれば――リィズがきっとうまいことサポートしてくれるだろう。

僕は小さくため息をつくと、せっかく取り出したので、仮面を自分で被ってみた。触手が頭の後ろに巻き付き、脳内で声が響く。

『無駄な事をッ……――筋力E-、敏捷E-、体力E-、魔力E-、成長性E-、やる気ゼロ、総合評価、三点。『 進化する鬼面(オーバー・グリード) 』、発動基準に達していません。強制解除します』

固定を諦めるかのように垂れ下がる触手を頭の後ろで結び直す。使えない宝具だ……点数、前より下がってない?

アーノルドが目を限界まで見開いている。ティノもぎょっとしたように僕を凝視している。

「ッ……正気、か!? 貴様――」

「ますたぁ!? へ、平気、なのですか?」

平気すぎて逆に駄目なくらいだ。

だが、仮面の効果ではないが、被ったかいはあった。視線が一瞬こちらに集まった隙をついて、リィズがアーノルドに飛びかかる。アーノルドが向き直るが、もう遅い。

一瞬で懐に入ったリィズの脚がアーノルドの腹部に突き刺さる。最初の飛び蹴りとは異なる重い一撃に、金属同士がぶつかり合う高い音が上がる。

「ぐッ!?」

そのまま、巨体が大きく宙を舞う。吹き飛ぶ方向にあるのは――湖だ。アーノルドは数度水面を跳ねると、巨大な水しぶきを上げ、湖の真ん中辺りに沈んでいった。

いいね。凄くいい。奇襲は卑怯だが、今だけは許す。ティノもダメージを受けなくて済むし、とてもいい。

死んではいないだろう。いや、そもそも意識を失っているかも怪しい。高レベル認定された前衛のハンターがどれほど化け物じみた耐久を持っているのかは僕が一番知っている。

現に、リィズも戦闘態勢を解いていない。拳を鳴らし、舌なめずりしながら湖に近づいていく。

「倒した?」

「ぜんっぜん。でも、安心して? 邪魔したことを後悔させて、二度と歯向かわないようにさせるから」

「強かった?」

「んー、普通? 耐久と筋力に秀でた普通の剣士って感じ。あの剣が少し厄介だけど、問題なし。少し時間はかかるかもしれないけど――私が勝つ」

意気込んでいるところ申し訳ないが、それは僕の本意ではない。

発端からして少し誤解がありそうだが、どうやらアーノルドは一筋縄ではいかないようだ。距離を取れたのだからさっさと逃げるべきだろう。

湖面が揺らぎ、光が散っている。いくらアーノルドが化物でも水中で普段通りに動くことはできないはずだ。

僕は湖を観察しながらリィズの肩を掴んだ。

「シトリー、リィズ。逃げるよ。お楽しみはまた今度だ」

「!? えー!? まだ逃げるの? ……………消化不良……」

「埋め合わせは今度するから……今はルーク達と合流しよう」

戦いは避けられないにしても、こちらのメンバーが足りない状態で相手をする必要はない。

もしかしたら時間を置けばアーノルドの怒りも収まるかもしれない。全ては誤解、誤解なのだ。

だが、湖で頭を冷やしたくらいで怒りが収まったりはしないだろう。リィズも同じくらい怒りっぽいからわかる。今分かり合うのは不可能だ。

「荷物はあらかた積み終えましたが……火はどうしますか?」

「このままでいいよ。もう時間ないし、アーノルドさんも服を乾かす必要、あるだろ? …………さっさと行こう。目標は――【万魔の城】だ」

水面が荒ぶっている。ビクビクしているティノの背を押し、早足で馬車に向かう。その途中で鋭い声があがった。

「はぁ、はぁ……《千変万化》……ッ!?」

見覚えのあるアーノルドの仲間が、僕たちを睨みつけていた。どうやら山越えに苦労したらしく、全員、息も絶え絶えで、ぼろぼろだ。

先頭に立ち僕の名を呼んだ男が、僕の顔を見て、ぎょっとしたように一歩後退する。そういえば……仮面を被ったままだったな。

「アーノルドさんは……アーノルドさんは、どうした!?」

「ああ、大丈夫。生きてる。ちゃんと生きてるよ。こんな所で争うなんて無意味だ。ハンターにはハンターの戦場がある、そうだろ?」

だから喧嘩はやめてラブ・アンド・ピースでいくべきだ。アーノルドもリィズもね。

どうやらアーノルドの仲間たちは僕たちと事を構えるつもりはないらしい。いや、まてよ……仲間がいるのに一人で襲いかかってきたということは、仲間たちを振り切って襲撃を強行したということだろうか? どれだけ腹が立ったんだよ。

「僕たちは急ぎで――もう発つから――キャンプは自由に使っていいよ。少し休憩を取った方がいいと思う。服を乾かさなきゃいけないだろうし……」

馬車には既にクロさん達が乗り込んでいた。僕も同じように乗り込もうとしたところで、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

「クライ! 待って――やっと、追いついた! ちょっと待って行かないで!」

振り返る。声の主はルーダだった。その後ろにはギルベルト少年もいる。予想外の姿に目を見開くが、呼ばれて止まる僕ではない。

なんでここにいるのか、アーノルド達と行動を共にしているのかはわからないが、別に行動を共にしてはいけないというルールはないわけだし、別のパーティと一時的に行動を共にするというのもままある話だ。

というか、アーノルド達と一緒にいる時点で僕の敵のようなものだ。関わり合いになりたくない。

「ああ、ルーダにギルベルト少年。奇遇だね。じゃあね」

「待って! クライ、助けて! 私達、ガークさんからの言いつけで――依頼票を届けに来たの!」

「…………悪いけど、忙しいんだ。また後日にしてくれ」

僕は現実逃避をし、全ての面倒事を未来の自分に託すことにした。

ガークさんからの依頼票とはなんなのか身に覚えはないがどうせろくでもない事に違いない。

ガークさん、依頼票、アーノルド。どれか一つだけでも嫌になる案件だ。僕が助けて欲しいくらいだ。

馬車に乗り込んだところで、湖から鬼が上がってくる。予想以上の早さだ。

全身ずぶ濡れになりながらもその怒りには陰りが見えない。まぁ気持ちはわかるけど、正直リィズとアーノルドってどっちもどっちだと思うよ。カルシウム取りなよ。

「はぁ、はぁッ……クソッ、《千変万化》……殺してやる。逃が、すかッ――!」

アーノルドが一瞬で僕たちを捉え、駆け出してくる。同時に馬車が走り出すが、相手は大剣を持ち、鎧を着込み、おまけに服が水まで吸っているのに凄まじい速度だ。絶対に逃げ切れない。

やぶれかぶれに装備していた『 弾指(ショット・リング) 』を複数起動する。手のひらに発生した色とりどりの弾丸(威力ほぼゼロ)がアーノルドに向かって放たれる。

アーノルドは高速で飛来する弾丸を軽々と大剣で切り払った。走りながら凄まじい技量だ。これだからハンターっていうのは、本当に嫌になる。

アーノルドが額に青筋を立てながら咆哮する。馬が怯え、馬車が大きく揺れる。

「この程度で足止めできると思ったかッ! 舐めるなッ!《千変万――ッ!?」

その時、ふいに木陰から何かが現れ、アーノルドに襲いかかった。奇襲を受け、アーノルドが大きく弾き飛ばされる。

飛び出してきたのは、苔色をした見たこともない魔物だった。ひょろ長い体躯に、気味の悪い長い手足。体表には黒い霧を纏い、粗末な布切れで局部を隠している。トロールの亜種なのかもしれないが、少なくとも僕は見たことがない。

容易く斬り伏せられる相手ではなかったのか、アーノルドの足は完全に止まっていた。その姿がどんどん遠くなる。

……ラッキーだな。いつものパターンだったらこういう場合、運の悪い僕が襲われる事が多いのだが。アーノルドはもしかしたら僕よりも運が悪いのかもしれない。少し共感を感じてしまう。

アーノルドの叫び声が聞こえる。

「ッ……クソッ! クソッ! 何故、俺を襲う! 奴を襲えッ!」

なんでだよ。それはさすがに逆恨みだろ。魔物を他人に押し付ける行為はバレたら犯罪だ。

霧の国ではどうなのかは知らないが、ゼブルディアに来たのだからゼブルディアのルールに従うべきだ。

僕は馬車の後ろの窓をあけ、大きく咳払いして喉の調子を整えると、大声で叫んだ。

「アーノルドさんッ! 魔物を押し付けるのはッ! この国ではッ! 犯罪だああああああああああッ!」

「ッ……!? 貴様があああああああッ! 言うなあああああああああああああああッ!」

僕が何をしたというのか……。

僕の左右からリィズとシトリーが頭を出す。

「あれ、『 迷い巨鬼(ポテ・ドラコス) 』ですね。向こうに執心みたいですが……」

「あははははは! おっかしー! クライちゃんに逆らうからそうなるんだってのッ!」

ともあれ、追ってくる気配はない。どうやら謀らずもあの魔物が足止めを果たしてくれたようだ。

僕は一息つくと、無理やり固定していた『 進化する鬼面(オーバー・グリード) 』を取り外した。

途中途中で町に寄るつもりだったが、あれが追ってくるとなると、もはや一刻の猶予もない。

さっさと【 万魔の城(ナイト・パレス) 】に行ってルーク達と合流しよう。