軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129 慣れ

夜の空に奔る幾筋もの閃光はまるで巨大な流れ星のようだった。

音が空気を震わせている。まだ距離はあるが、ルシアの魔法の試し打ちに何度も付き合ったことのある僕にはその流星がかなりの破壊力を持っていることがわかった。

……竜でも暴れているのだろうか? 急いで下山して本当によかった。

呆然と光を見ているクロさん達を置いて、シトリーの下に向かう。

キャンプファイヤーの側では、胡座をかいたリィズが空の光を見上げながらきらきらと目を輝かせていた。まるで花火でも見ているかのような表情だ。隣に座ったティノの引きつった表情と対照的である。

シトリーは僕を見るとにっこり笑って、手に持ったお椀に匙を添えて差し出してくれた。

シチューの匂いだ。いい匂いがする。急にお腹が減ってきた。

「どうぞ。久しぶりにシチューにしてみました。調味料やポーションが限られているのでいつもよりは落ちると思いますが――」

「ああ、ありがとう。……うん、凄く美味しいよ」

「よかったぁ。お姉ちゃんが変なお肉ばかり取ってくるから、調合に苦労して――」

どうやらシトリーは光が気にならないらしい。シチューが絶品であることは本当だが、僕は光が気になって仕方ない。

物知りなシトリーならあの光の正体も予想できるはずだ。隣に腰を下ろすと、シトリーはきょとんとした表情を作り、何故か嬉しそうに肩が触れ合うくらい身を寄せてきた。

よく手入れされた髪から、甘い匂いが漂ってくる。どこか落ち着く匂いだ。

「…………シトリー、あの光なんだけどさ――」

「え? ……ああ、いつものですね」

!? ……そっか……いつもの……いつもの、かぁ。

外は危険がいっぱいだ。バカンスだったはずなのに、エランにグラ、ガレスト山脈で既に三回も危険とニアミスしている。

行商人とかやっている人は皆どうやって安全に移動しているのだろうか。コツを教えて頂きたい。

雷に似た光は散発的に輝いており、止む気配はない。それが自然現象でない事は無知な僕にもわかる。ヤバそうな雰囲気だ。

「……逃げたほうがいいかな?」

「え……と……まだ、少し早いと思いますが……食事も済んでませんし」

臆病な僕とは違い、シトリーは落ち着いている。旅に慣れているのだ。

焚き火には串に刺した肉の塊が幾つも設置され、こんがりと炙られている。シチューもあるし、魚もある。馬車に全て積む訳にはいかない。僕はここで一泊する予定だったのだ。

この場を放棄することは、また夜間行軍をしなくてはならないことを示していた。シロさん達に酷使しないと言ったばかりなのに――だが、雷は徐々にこちらに近づいてきているようにも見える。行くも地獄、行かぬも地獄とはこの事か。

どうすべきかしかめっ面を作りながらシチューを口に運ぶ僕に、シトリーが提案してくる。こんな状況なのにどこか楽しそうだ。

「あの速度ならここにたどり着くまでまだしばらくかかるでしょう。そうだ! 少しですが……お酒もあるんです。出しましょうか?」

そうか。ここにたどり着くまでしばらくかかるのか…………なんでここに向かっているのが大前提なのだろうか。

いや、あると思うよ? ここに向かっていない可能性も少しはあると思う。僕が答える前に、シトリーはリュックサックから綺麗な瓶とグラスを出し、お酒を注いでくれた。

流されるままにそれを受け取り、一舐めする。よほど強い酒なのか、火を入れたような熱が舌先から広がった。

シトリーが目を細め、頬を染めて夜空を見上げている。

「しかし、随分出力が高いですね……宝具ではなさそうでしたが――素材由来かな?」

「? 素材由来?」

「 雷竜(サンダー・ドラゴン) でしょう。竜クラスの魔獣となると素材としては一級ですね。一説によると、ああいった幻獣クラスの獣は、討伐された後も肉体自体が死に気づいていなくて、それ故に生前の力が残っているんだとか。クライさん、とってもロマンチックな話だと思いませんか?」

シトリーがうっとりしたような艶のある声で言うが、僕には全くその気持ちがわからなかった。どうやら僕とシトリーでは追い求めているロマンが違うらしい。

身を寄せたシトリーから体温が伝わってくる。シトリーとリィズでは体温の高さが違う。

リィズ程スキンシップは激しくないが、ここまで身を寄せられると付き合いの長い僕でも少しはどきどきしてくる。アルコールのせいもあるかもしれない。

大きく深呼吸をして山の上を見る。そっか、 雷竜(サンダー・ドラゴン) かぁ…… 雷竜(サンダー・ドラゴン) ……!?

……それって、やばくない?

雷竜(サンダー・ドラゴン) といったら竜の中でも特に強い事で知られる種だ。ついでにシトリーの手で蒲焼にするととても美味しい。

シチューを貰ったばかりなのにお腹が空いてきた。

その時、リィズがこちらに気づき、大ぶりの炙りワニ肉の刺さった串を振り回し叫び、間に入ってくる。

「!? シト!! こら、クライちゃんに近づきすぎ! ほら、離れて離れて……油断も隙もないんだからぁッ!」

「ごめんなさい、クライさん。…………続きは、また後で」

「あぁ? 何が続きだ、人の物に手を出そうとするんじゃねえッ! 常識ないのか、こらぁッ! クライちゃんも、デレデレしないッ!」

デレデレなんてしてないよ……ハードボイルドを標榜している僕がデレデレなんてするわけがないだろ。

リィズがシトリーを押しのけてくっついてくるが、さっきまで湖の中に入っていたせいか妙にひんやりしている。

「リィズ、服冷たいから乾かしてからきなよ。風邪引くよ」

「えぇ!? 冷たいわけないでしょ!? 私、服脱いで水浴びしたんだからぁッ! 何? 邪魔だったの? わかった、脱げばいいの? もお!」

「!! お姉さま、駄目ですッ! そんなふしだらなッ!」

躊躇なく服を脱ぎかけるリィズに、果敢にもティノが後ろから飛びつく。即座にひっくり返されるが、それでも即座に起き上がり体当たりをかける。せっかく湖で身を清めたばかりなのに、よくもまあやるものだ。

もはや誰も雷の方を見ていなかった。

リィズは露出が多いが、ティノも大概だ。お腹は出ていないが肩が出ているし、特に脚については付け根のかなり際どいところまで露出している。

二人がもつれ合う姿は少し扇情的だ。肌がキャンプファイヤーの明かりを反射して艶かしく光っている。正直、出す所に出せばお金が取れると思う。

こういう姿を見せられると、眼福というか、それ以上に、居心地が悪い。ルークかアンセムがいればこんな事にはならないのだが……。

「……クライさん?」

「あ……あはは…………ま、まぁ、とりあえず――そうだ、クロさん達、ご飯食べるんじゃない? 御者をやってもらうなら少し休んでもらわないと」

「……ここで解放するわけじゃないんですね」

とっさに出した言葉に、シトリーが意外そうな表情をした。

そんな……見捨てるような真似はしないよ。これまで通り、全員で生きて帰るんだ。クロさん達は部外者だが、指針は変わらない。

そのためにはこの地面で揉み合ってる二人をなんとかしないといけないんだが――。

「ご飯と、馬車の準備してきますね。お手数ですが、その……クライさんは、お姉ちゃんの方を――最悪、置いていってもちゃんと帰ってくると思いますが」

「ああ――いや、置いていかないよ!?」

シトリーはくすりと笑い、クロさん達の方に歩いていった。

さて、どうやったらこのリィズの機嫌を治せるだろうか。

§

「はい、クライちゃん。あーんして? 私が狩って来たワニ、美味しい? 美味しいよね? 湖の底の方にいてねえ……一番大きいのを獲ってきたの。そうだ、今度一緒に行こ? 湖の中綺麗だったし、クライちゃんもきっと気に入ると思うなぁ」

「違うんです、ますたぁ。私は、こんなふしだらな女ではないのです。お姉さまが、どうしても、どうしても、やれって――うぅッ……そんな、見ないで、ください」

どうしてこんな事になったのか。

右隣、至近距離から、リィズが猫なで声を上げながら、ワニ串を差し出してくる。格好はいつもと違わないが、頬は紅潮していて、押し付けられた肌もいつも以上に熱い。

どうやらシトリーの距離がいつもより少し近かったことがよほど腹に据えかねたらしい。強く押し付けられた胸元からは心臓の鼓動が聞こえてくる。

だが、問題は左隣に座ったティノの方だった。

ティノは師匠からの命令で、いつもつけている肘まで覆った手袋を脱ぎ、肌を露出していた。上を全て脱ぐように命令されたのを断固拒否してそこに落ち着いたのだ。だが、それだけでいつものティノと比べると大幅に露出が増えたように見える。

顔を耳まで真っ赤にしながら、ティノがすりすりと僕の腕に肌を擦りつけてくる。

僕は長袖なので肌と肌が触れ合っているわけではないが、その媚びるような仕草はいつも割と慎み深いティノからすると恥そのものだろう。

気分的には何か性的なサービスを受けているかのようだった。荒い吐息が耳をくすぐり、少しだけぞくぞくする。

どこか遠慮がちな動作に、リィズから叱責が飛ぶ。

「こら、ティー! ちゃんとその無意味に成長してる胸を押し付けて! シトにクライちゃん取られたらどう責任取るつもり? あぁ!?」

「うぅ……ごめんなさ、ごめんなさい、ますたぁ。ごめんなさい……ごめんなさい……んーッ!!」

ティノが覚悟を決めたようにぎゅっと僕の腕を抱きしめてくる。

リィズの弟子の使い方が頭おかしい。僕にできるのはティノが少しでも恥ずかしくないように無表情を保つことだけだった。

事前に止めようとしても止まらなかったのだ。暴走したリィズのエネルギーには僕でも敵わない所がある。無理やりに制止したらそのエネルギーが今度はどこに飛ぶかわからない。僕の経験上、こういう時は受け入れリィズの気が済むのを待つしかない。

ところで、リィズもティノも、どうしてこんなに柔らかいのだろうか。

手足なんて僕よりも細いくらいなのに、こんな体格で魔物や幻影をばんばん倒しているのだから、本当に不思議だ。

マナ・マテリアルって凄い。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

謝りながらティノがしなだれかかってくる。何故だろう、リィズからはしょっちゅう受けているはずなのに、相手が違うせいで凄く新鮮だ。謝られてるが、どちらかと言うとこちらがお礼を言いたいくらいである。

嫌なモテ具合であった。傍から見ると女の子を囲っているように見えるかもしれないが、アークとは大違いだ。

だが、これだけなすがままになっているのだから、そろそろリィズの気も済むはずだ。

後で謝ろう。そして、リィズには二度とティノを巻き込まないように説得しよう。

深く深く決意していると、遠くで一際大きな雷鳴が上がった。

あれはいつ終わるのだろうか? ふと頭上を見上げたところで、夜空に何か奇妙な物が浮いている事に気づく。

光り輝く剣を持った大男だ。逆光で表情はわからないが、こちらに落下してくる。

僕はとっさの判断でリィズを跳ね除け、ティノを抱きしめ、こんな時にでも身につけるのを忘れていなかった 結界指(セーフ・リング) を任意起動した。

上空から落ちてきた光と衝撃を、ぎりぎりで発動した結界がはねのける。

雷が大地を焼き、眼前で巨大な刃が撓み、結界により大きく弾かれる。悲鳴を上げる間すらない。

一瞬で闇が戻り、いきなり攻撃を仕掛けてきた人影が大きく飛び退った。

そこで僕は襲撃者の正体を知った。

「き、さ、ま……何を、やっているッ!?」

「え……いや、それはこっちのセリフだけど……」

強烈な一撃と共に空から降ってきたのはアーノルド・ヘイルだった。ただし、全身泥で汚れており、ただでさえ強面の顔は悪鬼の如く歪んでいる。

腕の中で頭を上げたティノが小さく悲鳴を上げる。凄まじい殺意――重圧が全身にかかる。僕は混乱のあまり手近にあったティノの頭を撫でた。

アーノルドの手には光り輝く巨大な剣があった。金色の刃は音を立てて帯電しており、僕はそこでようやく先程までガレスト山脈ではしっていた光の正体に思い当たる。

憤怒で赤く染まった顔。光り輝く剣のせいで、その容貌がよく見えた。

何だ? 一体これはどういう状況だ?

アーノルドが怒りに震えている。

「……全て、押し付け――ッ、自分は――ッ! な、なめ――」

「……なめこ?」

「し、死ねえええええええええええええええええええッ!」

感情の全てを込めたような咆哮をあげ、アーノルドが襲いかかってきた。