軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 わくわくバカンス⑥

カーテン越しに入ってくる陽光に、僕は珍しく清々しい気分で身を起こした。

大きく背筋を伸ばして眠気を飛ばす。ロングスリーパーである僕がここまですっきり起きられるのは稀だ。

やはりバカンスはいい。チョコレートパフェがよかったのもあるだろうが、少し外を歩いて身体を動かしたのも良かったのだろう。いつもクランマスター室で座っているだけではどうしても運動不足になる。

昨日は疲れていたのもあって、ベッドに入った瞬間に何か考える間もなくぐっすりだ。

水差しから水を注ぎ、一口飲む。そこで、僕はこちらをじっと見ている二つの眼に気づいた。

「ッ!?」

「おはよう、ございます、ますたぁ……」

「ティノ!? お、おはよう…………どうしたの、その眼?」

すっかり忘れていた。一メートル程の距離にあるもう一つのベッドで、後輩は膝を抱えてこちらをじっと見ていた。

シトリーの用意した、丈の長いゆったりとした灰色のパジャマ姿が新鮮だ。だが何よりも気になるのは――じっと抱えた膝の上に見える二つの眼が腫れ上がり、その眼の下に昨日とは比べ物にならない濃い隈が出来ている点である。

安眠のためにわざわざ心配性なリィズ達を説き伏せ、ベッドを使う事を許可させたのに、酷い表情だ。

「…………眠れなかった?」

「………………少しだけ、どきどきして……ますたぁは、すぐに寝入ってしまって……」

ティノがじわりと眼に涙を浮かべ、何かを訴えかけるように僕を見る。

いや、寝るよ。そりゃ寝るよ。ベッドで寝る以外に何をやると言うのだ。しかし……これでティノは寝不足何日目だろうか?

ティノが丈から少しだけ出た白い足の指をもじもじとすり合わせている。

その仕草に、僕はピンと来た。

「……もしかして、僕が――その……手を出すとか、思った?」

言葉を選び尋ねると、ティノの顔がじんわりと朱に染まり、華奢な肩が小刻みに震え始める。そっかー、警戒されていたか。

その件については昨日散々リィズとシトリーとやりあい大騒ぎして、不安を解消したつもりだったのだが、どうやら足りなかったらしい。

僕にだって性欲くらいあるし、ティノの事を可愛らしく感じる事もあるが――後輩に手を出したりしないって……だいたい、男女同じ場所で眠ることくらいハンターならば珍しいことでもない。

少し繊細過ぎないだろうか。そもそも、隣の部屋にシトリーやリィズもいるし、僕がなにかしたらすぐにすっ飛んでくるはずだ。

若干呆れていると、それを察したのか、上目遣いでこちらを見ていたティノの頬が、耳元が、首筋が、白い肌が更に赤く染まっていき、さっと顔を伏せる。自業自得だと思うし、ティノは僕を信用しなさすぎだと思う。

ぼんくらな所は何度も見せたが、そんな女性関係にだらしない所を見せた覚えはないのだが……。

「おっはよー、クライちゃん! ほらみろ、何もなかっただろーが! クライちゃんは、私にメロメロ、なんだから――あははははは、ティー、何その顔! おかしー!」

「おはようございます、クライさん。音はしませんでしたが……信じていました。朝食にしましょう。ティーちゃんは……少し危ういみたいなので、後でお薬をあげますね」

諸悪の根源かもしれない二人が入ってくる。

リィズがふらふらなティノの背中をばんばん叩き、シトリーがほっと胸を撫で下ろす。

昨日、この師匠たちが変に意識させるようなことを何も言わなければティノも警戒することなくぐっすり眠れたはずなのに……こうなってしまうと僕にできる事は何もない。馬車の中で少しでも眠れればいいんだが……。

§

一晩で何があったのか、グラの町の様子は昨日から一変し、奇妙な活気があった。

泥や血にまみれたハンター達や、鎧兜で武装した騎士が何人も歩いている。だが、その表情には緊張感というものが見られない。

大きな荷物を背負い隣を歩いていたリィズが目を丸くして言う。どうやらこうして歩いている間に聞き耳を立てたらしい。

「へー、オークの群れの駆除、終わったみたいね。つまんないの」

「昨日の今日で――この町の騎士団は迅速ですね。…………効能通りなら発奮していたはずなんですが……メモしておかないと」

大規模な魔物の群れの討伐は何日も掛けて計画を立てて実施するのが普通である。

厄介な砦という条件がなくなったとはいえ、昨日の今日で全てが解決するというのは珍しい。どうせ解決するなら僕達が来る前に解決しておいてくれたらよかったのに。

辺りをキョロキョロと見回していたリィズが不意に目を輝かせ、僕の腕をつっつく。

「クライちゃん、危機が去ったお祝いで三日後にお祭りやるって! 見てく?」

それは……心惹かれる提案だな。

僕はお祭りが好きだ。オークションも好きだ。体験するのも好きだし、見ているだけなのも好きだ。陽気な空気が好きなのだ。

だが、さすがに滞在を三日延長するのは……なぁ。ルーク達もいないわけで、チョコレートパフェは食べ終えたわけで。

逡巡は一瞬だった。お祭りとか何回も経験しているし、偽名の身分証明書で長い期間滞在するのも問題だし、何よりこの町では、一般人とはいえ僕の正体を察せる人間がいる。

僕は熟考した風を気取って言った。

「いや、ここでの目的は達成した。先を急ごう」

「りょーかい。まー旗解決のお祭りなんて、クライちゃんがいればいくらでも見れるしね。旗を解決すればいいだけだし」

不安材料が消え、活気の戻った町並みを歩いていく。昨日入った喫茶店を見かけたが、その前には昨日と違って行列ができていた。

昨日の静かで落ち着いた町並みもよかったが、こうして活気が戻るとこちらの方が何倍も魅力的に感じる。たとえお目当ての喫茶店に行列が出来ていたとしても――待つのも意外と楽しいものだ。

そこかしこで漂う甘い香り――ここはいい町だ。いつか絶対にまた来よう。もちろん、旗の立っていない時に。

門の上には昨日まではためいていた旗が消えていた。

門で出町の手続きをしていると、ふと隣の大人数用の入り口の方で歓声があがる。

手続きをしてくれていた兵士が眩しそうな目つきでそちらを見て、説明してくれた。

「英雄の凱旋だ。オークの群れを討伐した立役者だ。群れの暴走した方向に偶然高レベルのハンターがいて、こちらが群れを捕捉した時には群れの大部分を討伐してくれていたらしい。しかも、たった八人で、だ」

「それは…………凄いですね」

「そうだろう! そうだろう! 相手は狂ったオークの群れに、理由は不明だが他にも様々な魔物が集まっていたらしいな。全く、大したものだ。まさしく『英雄』だよ」

凄いハンターもいたものだ。オークの群れに打ち勝てるのだからそりゃもう実力は確かなのだが、それ以上に――運が悪い。

魔物の群れの進行方向に偶然居合わせるとは、何を食ったらそんな不幸に見舞われるのか。まるで僕じゃないか。

感心と同時に強い憐れみ――共感を抱く。魔物の暴走は僕のせいではないので共感以上の感情には発展しないが。

シトリーちゃんが腕をつっつき、唇が触れるくらい近くで囁く。

「計画通り、ですか?」

「え? いや、まぁ……うーん……そうかなぁ?」

計画って何の話だろうか……このバカンスは言うまでもなく、無計画な旅である。

シトリーの意味深な言葉に、内心首をかしげていると、その時、一瞬英雄を囲んでいた人混みが割れた。

思わず目を丸くして二度見する。

激戦だったのだろう。英雄はぼろぼろだった。鎧はキズだらけで、全身に返り血とも本人の血とも思えぬ血痕がこびりついている。八人と聞いていたが、負傷したのか、その場には五人しかいない。その五人についても今にも倒れてしまいそうなほど疲労困憊しており、仲間に肩を借りている者もいる。しかしその表情にはやりきった者特有の感情が見えた。

その姿は一般人のイメージする英雄そのものだ。だが、それ以上に僕を驚かせたのは――そのハンター達が僕の知り合いだった事だ。

確かに立場上、僕には高レベルの知り合いが多いので知っていてもおかしくはないのだが――今にも倒れそうな一団の先頭に立っていたのは、《 霧の雷竜(フォーリン・ミスト) 》のリーダー、アーノルドだった。

ただでさえ威圧的だったその姿は血まみれになりボロボロになった事で歴戦の勇者にしか見えないが、間違いない。

そう、アーノルドである。帝都でトラブルを起こしたばかりのアーノルドだ。

……なんでここにいるのか知らないけど、奇遇だね。

リィズが何かを納得したように指を鳴らす。

「あー、そういう事。戦わないなんて珍しいと思ったら、道理で――」

「…………さっさと行こう。目をつけられたら面倒だ。旧交を温めたいところだが、大変な状態みたいだしね」

「はーい!」

ひやひやしながらも、手続きの完了を待つ。その時、人混みに囲まれていたアーノルドの濁った眼と眼があった気がした。

アーノルドの疲れ切っていた表情が一瞬呆けたものに変わり、口元がびくりと震える。僕は慌てて顔を背けた。

バレた? バレてない? ……やっぱりバレた? 怖くて後ろを確認できない。

幸いな事に、ちょうど手続きが終わり、門をくぐる。相手もお疲れなようだし、僕達の事を構っている暇はないだろう。

ほっとしていると、その時、隣を歩いていたリィズちゃんが軽やかなターンを決めた。

背後に投げキッスを飛ばしながら、門の方に向かって明るい声で、叫ぶ。

「はーい! 戦闘、お疲れぇ! 生きてるなんてまぁまぁ、頑張ったみたいね! まぁ、たかがオークの群れだけど、田舎者にしてはよくやったんじゃない? 悪いけど私達忙しいから、相手する暇ないけど。まったねぇ!」

「!? こ、こら、リィズ。煽らないで……シトリー、さっさと出よう」

数秒置いて、門の中で獣の咆哮のような声が響き渡る。僕は慌てて町の外で待機していた馬車に向かって駆け出した。