軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112 わくわくバカンス②

平穏な空気の中、御者台の方から次の町が見えたという報告を受ける。

シトリーが投げたポーションが気になっていたが、心配しすぎていたようだ。

もともと、僕の予感というのは滅多に的中しない。これまで不運でさんざんな目にあってきたというのもあるが、根が小心なのだ。

ぴったりひっついていたリィズから身を離し、窓から頭を出して町の方を確認する。

ゼブルディアの町は全体的に発展している。今回の目的地も、ちゃんと分厚い外壁に囲まれそれなりの防衛能力を持った町だ。帝都とは比べるべくもなく小さいが、別に僕は大都会を特別好んでいるわけではない。

年甲斐もなくわくわくしながら覗いた僕の目に入ってきたのは――予想以上に物々しい雰囲気の町だった。

立派なカカオ色の外壁の外には遠目に見て異常な数の兵が巡回し、ローブを着た魔導師達の姿も何人も見える。外壁上部には見張りの兵士が何人も並び、警戒を意味する赤地に縦線の入った旗がはためいていた。

都市の出入りを制限しているわけではないので、そこまで大きな問題が起こっているわけではなさそうだが、入っていく馬車の数に比べ、都市を出ていく馬車の数が明らかに多い。

沈黙する僕の後ろからシトリーが頭を出し、目を丸くする。

「あら。何か発生しているみたいですね……赤地に縦線の旗――魔物系の問題みたいですね」

「え? なになに? やばいの?」

シトリーの声を聞きつけ、元気いっぱいに僕の背中にのしかかり頭を出したリィズが、旗を見てつまらなさそうな声で言う。

「なんだ、ただの赤旗か。厳戒態勢ってわけでもなさそうだし、つまんないの」

事件に……慣れすぎている。確かに僕達の冒険では赤旗の出番は覚えていないくらいあった。

旗の規格は都市内外である程度統一されている。帝国内ではもちろん、外国でも見たことがあるし、珍しいパターンでは小さな村で見たこともある。魔物の生息地が近い町では割とちょこちょこ上がるものであり、今回の場合は近くに森があるようなので上がっていても不思議ではない。

僕の経験上、魔物系の赤旗が上がっていた場合、面倒な目に合う確率は大体五割で、本当にやばい状態になるのはその中の二割程度だ。最近は滅多に帝都を離れなくなったので勘が鈍っているかもしれないが、関わり合いにならないに越した事はない。

「私達は……行きは通り過ぎました。【 万魔の城(ナイト・パレス) 】の攻略にかかる時間が予想出来なかったので……」

「休憩するには中途半端な位置にあったしねえ。疲れてなかったし」

「ますたぁ……」

逡巡を読み取ったのか、馬車が音を立てて止まる。

不安げな声を上げたのはティノだけだった。シトリーとリィズに心強さを感じると同時に、ティノの気持ちに共感出来てしまうという最強の布陣である。

僕は腕を組むと、久しぶりに真剣に考えた。

今回は一個前のエランとは状況が違う。雷精の襲来なんて予想できないが、今回は(詳細はともかく)何かが起こっているという事がわかっている。

別に今すぐ補給が必要なわけではなければ、スケジュールを遵守する必要もない。いつもの僕ならば考えるべくもなく回避を選ぶだろう。危険に突っ込んでいくのはリィズとルークだけで十分だ。

「……」

だが、しかし、だ。

本来ならば回避一択なのだが……グラはチョコレートで有名な町なのだ。隠れ甘党である僕からすれば避けて通るにはあまりにも勿体無い。

チョコレート自体は有名なので帝都でも手に入るのだが、行きつけの洋菓子店の店長が言っていた。グラには特別なチョコレートパフェを出してくれる店があるらしい。これは町に入らずに食す事はできない。

僕は迷った。安全を取るか、甘味を取るか。

経験上、あの程度の警戒態勢ならば大したことがない可能性が高い、と思う。少なくとも雷精が出ればもっと大騒ぎしているだろう。

……甘い物食べたいなぁ。

「…………ど、どうかしましたか、ますたぁ?」

お姉さま二人の旅で、ずっと小動物のように大人しくなっているティノを見る。

僕が気になっているだけじゃない。僕は隠れ甘党だが、何よりこの健気に頑張っている後輩に蕩けるようなチョコレートパフェを食べさせてやりたい、そんな思いもある。リィズとシトリーは甘い物苦手だけど、たまにはそういうのもいいだろう。

頬杖をつき、ぽつりと呟く。

「……ティノに美味しいもの食べさせてあげたいなあ」

「え!? ええ!? わ、私ですか!? ますたぁ」

「クライちゃんやっさしー。でもムカつくからティーは後で腕立て二千回ね」

問題は、入町時に事態解決の協力を要請される可能性が高いことだ。

町にはいる際には身分証の提出が必要になる。ハンターの場合、身分証明書には認定レベルが記されていて――まぁそのレベルが信用にも一役買っているのは事実なのだが、こういう非常事態宣言が出されている場合十中八九、声を掛けられてしまうのであった。

高レベルとは本来有能な証だし、帝国では高レベルハンターを優遇しているので文句を言えた立場ではないのだが、僕はその事実に内心辟易していた。

協力依頼を断ればいいだけなのだが、《足跡》と《嘆きの亡霊》を背負っている事と、何より僕自身の流されやすさからいつも大体なんやかんやで手を打つ羽目になる。ティノに振ったりね。

「うーん。バカンスだしなぁ……」

なんとかならないかなあ。シトリーが助けてくれないかなぁ。

視線を向けずこれみよがしとため息をつく僕に、頼りになるシトリーがぽんと手を打った。

声を潜め、耳元で囁いてくる。

「クライさん、差し出がましい話かもしれませんが――正体を知られずに町に入りたいんですよね? 私に――二通りの案があります。他人を変えるのと自分を変えるの、どちらがお好みですか?」

「あー、壁乗り越えてこっそり入ればいいじゃん。私、あったまいい!」

他人を変えるか自分を変えるか、か……何するつもりなのかな?

シトリーはにこにこしながら返事を待っている。決定するのはいつも僕の仕事だった。

螺子が吹っ飛んでいる悪い頭を撫でリィズを足止めしながら、僕は大きく頷いた。

§

「ねぇ、こういうのってどこかに売ってるの……?」

「お金とコネがあれば……」

僕の問いに、シトリーがとても嬉しそうに言う。

シトリーの策は別の身分証明書を使う事だった。どうもいざという時のために前々から用意しておいたらしい、新たな身分証明書は写真までついたもので、明らかな犯罪臭がした。僕やリィズ、シトリーだけでなく、ティノの分まであるのだから、準備が良すぎる。

名前や生年月日はデタラメで、認定レベルも書いていない。何度かひっくり返して凝視するが、本物にしか見えなかった。

ハンターをやっていると、犯罪者を追う上で法を反した行いをする必要に駆られることがある。

良くも悪くも荒事を仕事にしているのだ。僕とて正しい行為だけで全てが全てうまく回るなどとは思っていない。

殺しならばともかく、別の身分くらいならば許容範囲だろう。万が一バレても、この程度ならば口先だけで許してくれそうな雰囲気がある。

さすがに雇った三人組の身分証明書はないらしく、別行動を取ることになった。馬車から下り、徒歩で門に向かう。

グラの門の外は、まるで魔物の襲撃を想定しているかのように騒がしかった。魔導師達が外壁を補強し、地面にルシアもたまに使っている設置型魔法陣を描いている。

審査の順番が来る。ちゃんと通れるか少しだけ不安だったが、シトリーの身分証明書は本物そっくり(というか、本物らしい)で、審査の兵は特に不審がる気配もなくさっと身分証を確認し、通してくれた。

僕がレベル8だと気づいている気配もない。なるべく顔を隠して活動していたかいがあったというものだ。

「あの旗……何か起こったんですか?」

僕に次いであまりハンターっぽくないシトリーが、自然な流れで男の兵に尋ねる。

そういう隙のない所、大好きです。

兵が面倒臭そうな態度を隠そうともせずに答える。

「…………ああ。近くの廃村にオークの群れが住み着いていてな――――最近近くに行ったハンターによると砦が出来ていたらしい。間違いなく上位種のリーダーがいるという話で――数日前から念の為、迎撃の準備をしている」

オークというのは、亜人種の一種で、まぁ簡単に言うと人型の猪のような魔物だ。ゴブリンと同程度の知恵を持ち、並の人間を遥かに越える膂力と、分厚い毛皮が厄介な魔物だ。おまけに大規模な群れを作る性質があり、最悪の場合巨大な王国を生み出すことすらあるという。

この町が警戒しているのもそういうパターンだろう。

もっとも、魔物の中では強さは大したことがなく、レベル2から3程度のハンターならば労せず狩れる魔物でもあった。稀に生まれる突出した個体――上位種についても、そこまで強力な魔物ではない。僕には倒せないけどな。

「そ、それは……大丈夫なんですか?」

シトリーが僅かな怯えを顔に浮かべながら確認する。演技が入った問いに、兵士が安心させるように笑ってくれた。

「付近の町から排除のために増援を呼んでいる。町から出ていく薄情な連中もいるが、君たちが町にいる間くらいは問題ないだろう。良き旅を」

見送られ、無事グラの町に入る。旗を立てている最中という事もあり、町中には戦時特有のぴりぴりした緊張が漂っていた。

招集されたのか、武装したハンターがそこかしこに確認できるのも緊張に拍車を掛けている。

一方で、原因を知った僕は少しだけ安心していた。

オークの砦……やはり大したことはなかったようだ。人数が集まり上位個体が多数混じった群れは確かに脅威だが、エランの上位精霊と比較すると格落ち感ある。

まぁ、一般市民にとっては気ままな雷精よりも本能のままに襲ってくるオークのほうが恐ろしいかもしれないし、僕から見るとどちらもどうしようもない相手なのだが、もはやそれに恐怖するような時期はとっくの昔に終わっていた。

オークの群れとか、何回戦ったかもう覚えてないわ。だいたい群れで現れるからな、奴ら。それも、こちらが疲れ果てている時に限って襲ってくるのだから腹立たしい。

オークの名を聞いたリィズも少し不機嫌になっているようだ。

「あー、つまんないの。期待してたのに……オークとか、もうとっくに通り過ぎてるし……私は精肉業者じゃないっての」

「ルシアちゃんがいれば一気に焼き払えるんですけどね」

もともと、広範囲の殲滅は 魔導師(マギ) の十八番である。オーク程度の魔物ならば何体いても物の数ではない。

唯一、オークの群れとの戦闘経験がなさそうなティノがきょろきょろと辺りを見回し、恐る恐る尋ねる。

「お姉さまは……何体くらいの群れを倒した事があるんですか?」

「わかんない。ルークちゃんと何体倒せるか競争していたんだけど、途中から数えるの面倒になっちゃったし」

どの戦いの事を言っているのかわからないが、まさしく奴らは掃いて捨てる程出てくる。一番最初、まだルシアが大規模攻撃魔法を覚える前にオークの波に飲まれた時は死ぬかと思った。

数の恐ろしさを知った戦いである。奴らはゴブリンの次くらいに繁殖力が高いのだ。数段飛ばしでルシアが範囲魔法を習得するに至った理由でもある。

そっけない、だからこそ真実味のあるリィズの言葉に、ティノが小さく身を震わせる。

「それは…………恐ろしいですね……」

「まぁ、今回は戦わないけどね」

「え……? 戦わないんですか?」

ティノが目を丸くする。一個目の町で僕のスタンスは見せたつもりだったのだが、まだ信用されていなかったのか……何のためにわざわざ別の身分証明書を使って町に入ったと思っているのだろうか。

万が一、仕事したくないハンターだとバレたら事だ。周りに聞こえないように声を潜める。

「大丈夫、他の強いハンターが僕達の代わりに倒してくれるよ。どうしようもなくなったらリィズやシトリーに頼むかもしれないけど、多分大丈夫だろ」

迎撃体制を整えているのだから、オークの群れ程度何でもないだろう。今回はバカンスなのだ、甘味の事だけを考えることにしよう。

僕は居心地の悪そうなティノを慰めると、背筋を伸ばし、どこか仄かに甘い匂いが混じった町の空気を吸い込んだ。

さぁ、チョコレートパフェでも食べに行こう。