軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110 とあるバカンス

「クソッ、一体どうなってるんだ、この国は……」

まさしく、アーノルドのハンター人生において最低の一夜だった。

ネブラヌベスで雷竜を狩った時の戦いも激戦だったが、あの戦いは入念に準備を終えた後、覚悟を決めて挑んだ物であり、今回のように何の前情報もない状態で突発的に起こった物ではない。

協力した礼の一つとして取ってもらった最高級の宿も、命を賭けての 上級精霊(ハイ・エレメント) との戦いを考えると割に合わない。

広々としたリビングには仲間たちは死人のような有様で座り込んでいた。眠れなかったのか、目が充血しているもの、明らかに生気の抜けているもの、総じてハンターが備えているべき覇気が抜けている。

雷精との激戦で負った大きな火傷や傷はポーションや回復魔法であらかた癒えているが、精神的な疲労はそう簡単に消えない。

他のメンバー程ではないが、アーノルド自身も、一晩睡眠を取った今でも全身に拭いきれない疲労を感じていた。動けない程ではないが、万全な状態とは程遠い。

問題は体調だけではない。ハンターの常で揃えてあった物資についても少なからず消費してしまったし、装備についてもメンテナンスが必要だ。特に、防具系の損耗が激しく、中には新調する必要のある物も出ている。

「聞いた話によると、ゼブルディアでも精霊が人里に現れるなど滅多にないらしいですが……ったく、不運にも程がある」

エイが疲れ果てた表情でアーノルドの言葉に応える。

エランを襲撃した雷精はレベル7相応の力を持つアーノルドをして一筋縄ではいかない相手だった。

空から落ちた無数の雷が城門を容易く焼き払い、防衛に回った騎士達の半数を一撃で戦闘不能にした。高速で飛行するその存在に弓矢は当然として魔法のほとんどは当たらず、追い払うまで要した時間で門の付近は廃墟も同然と化した。

いや、雷竜との戦いを経て高い雷に対する耐性を得ていたアーノルド達だったからこそ、この程度の損害で食い止められたのだ。もしもアーノルド達がいなければ雷精は町の中深くまで侵入し、エラン全域に致命的な破壊をもたらしていただろう。

この国にやってきてから本当に調子が悪いな。

アーノルドは口に出しかけた不満を舌打ちすることでかき消した。

口に出さずとも、パーティメンバーの全員が思っている事だ。

精霊とは自然現象のようなものである。竜と比べると純粋な破壊能力は劣るが、厄介さは甲乙つけがたいものがある。

そして同時に、精霊は竜と同じかそれ以上に人前に姿を現さない存在でもあった。

それが精霊の中でも一際強力な上級精霊ともなれば、一流のハンターが準備を整え秘境を長期間探索しようやく遭遇する、そのくらい希少な存在だ。

アーノルドの目的は《千変万化》である。そのためにわざわざ突然発生した嵐の中を突き進み、エランまでやってきた。

本来ならば協力要請など受けたくはなかったが、相手が雷精程強力な存在ともなると、受けないわけにもいかない。

来たばかりのアーノルド達のこの地での評判はただでさえ高くないのだ。ここで逃げを選んでしまえば、帝都でのこの後の活動に大きく影響してしまう。

だが、それ以上に気になっているのは《千変万化》の動向だった。

「《千変万化》は何故、出てこなかった!? ヤツは、この国のレベル8だろう!?」

上級精霊は強力だ。騎士団はもちろん、並大抵のハンターでは太刀打ちできない。

あれに勝てるのは超一流の魔導師か、マナ・マテリアルを十分に吸った一流のハンターくらいである。そして、このエランのような中規模の町にあれに勝てるような存在が常在しているはずもない。

もしもアーノルドが協力要請を受け、出ていかなかったら、どうしようもなかっただろう。

そしてだからこそ、あの騒動の中、クライ・アンドリヒが姿を見せなかった事が解せなかった。

「雷精に恐れをなしたんじゃ。俺達があれに対応できたのは雷竜との戦闘経験あってだ」

「奴ら、探索者協会にも顔を出していないようだった。気づかなかったのでは?」

「しかし、あの警報に気づかなかったなんて、あり得るのか?」

「評判通りならば、すぐさま手を打ってもおかしくねえんですがね……」

好き勝手考えを言う仲間たちに、エイが首を傾げてみせる。

ハンターの大まかな功績は調べればすぐに分かる。アーノルド達も《千変万化》と《嘆きの亡霊》について調べている。

功績からイメージできるその姿は、勇猛果敢で時に冷徹、数々の強力な魔物や幻影を倒し、宝物殿を踏破、無数の困難な依頼を解決した――まさしく、ハンターの鑑だ。

その経歴は国を一度救ったアーノルドをして唸らせる程のものである。

たとえパーティメンバーが揃っていなかったとしても、いまさら雷精の一体や二体に及び腰になるとは思えない。

何より、アーノルドにはいつも気の抜けるような笑いを浮かべていたあの男が、雷精の出現に焦る様子がイメージ出来なかった。

思い思いの事を言う仲間に、エイが大きく頷き結論付ける。

「居場所はわかりませんが――入町の名簿に載っていた、この町にいるのは間違いない。捕まえた時に聞くしかねえでしょうな。何、帝都に比べれば小さな町だ。すぐに見つかるでしょう」

「…………」

アーノルドはその言葉に、目を細めた。

確かにその通りだ。もともと、この追いかけっこはアーノルド達に有利だ。

《 霧の雷竜(フォーリン・ミスト) 》は対人に特化しているわけではないが、相手は――逃げているわけではないのだ。

目的地がどこなのかは知らないが、追いつくのは時間の問題だ。

疲労を訴える身体を叱咤し、パーティメンバーを見回す。

「消耗した物資を買い足しておけ。《千変万化》がどこにいるか、動向を探れ」

「門番に《千変万化》達が現れたら覚えておいてくれるよう、頼んでいます。町を出たら知れるでしょう。……エランの町長から戦勝祝いをしたいと連絡がきていますが?」

「歓待を受けている時間はない」

「ですよねぇ……」

アーノルド達の目的はハンターとしてはありふれたものだが、一般的な道徳からは反している。

理由を言うわけにはいかないが、いつ町を出るかわからない《千変万化》を前に、のんびりしているわけにはいかなかった。

「装備のメンテナンスはどうします? こんな小さな町で装備を整えるのは無理です、時間もかかる。幸い、武器は損耗が少ない。下級品になりますが、完全に破損した防具だけ入れ替えますか」

「……そうだな。武具があれば事足りる。人の身で雷精程頑丈という事はないだろう」

そもそも、多少頑丈な程度の防具で強力なハンターの攻撃は防ぎきれない。

「《千変万化》は目の前だ。叩き潰した後にゆっくり身体を休めるとしよう」

アーノルドの言葉に、エイがいつもの飄々とした表情で頷いた。

§

「なに? もう町を出た?」

「は、はい。つい三時間程前に――」

門番の一人の言葉に、エイが目を大きく見開く。

予想外だった。そこまで長期滞在はないとは思ってたが、あまりにも動きが早すぎる。

聞いた話では、《千変万化》の目的はバカンスだ。特に急用があるわけではない。

ハンターというのは強者の情報と、事件に敏感なものだ。

今のエランは雷精の襲撃という大事件で騒然としている。高レベルのハンターがそれに興味も示さずにすぐに出ていくなど、どうして想像できようか。

まだ年若い青年の門番は、エイ達のしかめっ面を見て慌てたように言う。

「すみません、フードを被っていましたし、とてもレベル8には見えなかったので――あ、そうだ。でも、同僚が言っていました。あの《千変万化》の一行はアーノルドさん達の雷精の迎撃を聞いて――とても感心していたとか」

「ッ…………感心……だと!?」

「ッ!?」

アーノルドの歪んだ表情に、門番の青年が小さく悲鳴を上げ、後退る。

《千変万化》の言葉は、明らかにアーノルド達を下に見ていた。

どこにいたのかは知らないが、この町にいてあの警報に気づかないわけがない。

それを放置し、あまつさえ苦労して撃退したアーノルド達に対して称賛の意を示す。

相手が低レベルのハンターならば何も感じないが、認定レベルが上の相手になると侮辱されているようにしか思えない。これまでの経歴からして、《嘆きの亡霊》が雷精との戦いを避けるようなパーティではないことは明白なのだ。

これまでの疑問が全て氷解するかのようだった。

《千変万化》は――あえて出てこなかったのだ。

恐らく、アーノルド達が戦っている様子を外から見ていたのだろう。まるで――親が子の様子を見守るかのように。いつでも助けに入れるように。

雷精襲撃に興味を示さずにすぐに出ていったのも、あの戦いを外から見ていて既に知っていたと考えれば納得が行く。

準備はまだ終わっていなかったが、ここまで虚仮にされて放っておくわけにはいかない。怒りを飲み込み、仲間たちを振り返る。

「……追うぞ。三時間ならばまだ間に合うはずだ。馬を速いものに変えろ、金はいくら使ってもいい」

「へい。すぐに準備を」

エイと数人の仲間が機敏な動作で、足早に馬車を取りに行く。

絶対に追いつき、あの何も考えていなさそうな面を後悔に歪ませてやる。

アーノルド・ヘイルは爆発しそうな怒りを変換するかのように凶悪な笑みを浮かべた。

§ § §

探索者協会帝都支部の支部長室。

今日も大量に上がってきた書類の処理に勤しんでいたガークは、門から上がってきた報告書を見て目を見開いた。

「クライが帝都を出ただと? また今回は随分早いな……」

クライ・アンドリヒは認定レベル8に恥じないハンターだが、唯一弱点があるとすればそれは動くまで時間がかかることだろう。

すべてが計算づくのようだが、何も知らないガークから見るといつもヒヤヒヤさせられていた。

今回の指名依頼は数ある依頼の中でも特に重要なものだ。

もしも成功すればグラディス伯爵のハンター嫌いが緩和し、他のハンター達にも単純な金銭にも代えられないメリットが発生するだろう。

さすがのクライもそんな重要な依頼を引き伸ばしたりはしない、か。

そんな事を考えつつもしかめっ面を崩さないガークに、書類を持ってきたカイナが目を瞬かせ、言う。

「しかし、クライ君は依頼票を持っていかなかったのでは?」

「…………あの馬鹿――ッ!」

うっかりか? それともそこまで計算しているのか?

依頼票とは、探索者協会が発行するその任務の詳細が書かれている紙である。本来は依頼を受けたハンターに渡される物だ。

恐らく、指名依頼の中身を知らずに帝都を出たわけではないだろう。クライ・アンドリヒはそこまで馬鹿ではないし、これまでも依頼票を見もせずに出ていき、しっかりと仕事を終えて帰ってきた事が何度もある(どうやって依頼票を見ずに中身を知ったのかは不明)。

だが、今回はわけが違う。今回クライに発注された指名依頼はグラディス保有の騎士団との共同作戦だ。グラディス卿からの指名依頼の依頼票は、ただの内容確認のためではなく、身分証の意味を併せ持っている。

《千変万化》の顔は知る人ぞ知るので依頼票抜きで接触してもなんとかなるかもしれないが、心証を損なうのは確実だ。

そして、それはハンター嫌いの貴族を相手にした場合致命打になりうる。

「クライ君も案外間の抜けた所がありますからね……バカンスに行くとか言っていたらしいですし……」

「あいつの煽り癖はどうにかならないのか? クソッ、貴族からの依頼をバカンス気分で受けるヤツがいるかッ!」

気分はともかく、依頼票はなんとか届けなくてはならない。

ガークはずきりと痛む頭を押さえ、カイナに高らかに命令した。

「おい、誰か人をやってクライに依頼票と伝言を届けさせろ。クライの顔を知っている奴だ。報酬は指名依頼の報酬から抜いてやれ」