軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1 メンバー募集

トレジャーハンターになろうぜ。

昔の話、まだ十にも満たない子供だった頃の話だ。

いつも一緒に遊んでいたグループの友人の一人、幼馴染の一人が言った。

無鉄砲で、腕っ節の強い、しかし勇敢な男友達だった。

トレジャーハンターになろう。世界各地の宝物殿を周り、富と栄光を手に入れよう。

目指すはただ一つ、世界最強の英雄だ。俺達なら……この六人なら、きっとなれる。

何一つ根拠のない提案に、とても足が速く器用な友人が賛同した。

本を読むのが大好きな友人がおずおずとそれに追従し、少々口数が少ないが頼りになる友人が大きく頷いた。

いつも後ろにくっついてきた妹が僕の顔を窺い、僕もまたそれに賛同した。

各地の遺跡を巡り数々の不思議な宝具を持ち帰るトレジャーハンターは今も昔も花形だ。富、名誉、この世界に存在する全てを手に入れ、英雄となるのにこれほど手っ取り早い方法はない。

もちろん、リスクはある。死という名のとてつもなく大きなリスクが。

そして数年。互いに切磋琢磨した結果、僕達は無事ハンターの資格を得た。

といっても、ハンターの資格なんて申請すればすぐに取れるんだけど。

勇敢で、無鉄砲で、腕っ節の強い男友達は無双の剣士になり、とても足が早く器用な友人は罠を看破しパーティ全体を導く 盗賊(シーフ) (別に泥棒するわけじゃないが、一般的にそう呼ばれる)となった。

そしてそれ以外の友人も――幸か不幸か、友人達はそれぞれがハンターに必要な珠玉の才能を持っていた。

その片鱗はハンターになる前、役割を分けて訓練を行っている段階で既に明らかだった。

才能がなかったのは僕だけだった。

たった一人、何をやらせても人並み以上にできなかったのは僕だけだった。

四人の友人と妹と僕。六人の中で僕だけだった。たった一人、僕だけが何もできなかった。

英雄になる道が見えなかったのは僕だけだった。

もう五年も前の話だ。

§ § §

朝から最低な気分だった。

空を分厚い黒の雲が覆っていた。目を瞑れば雨粒が地面を叩く音だけが耳に入ってくる。水の臭い。泥の臭い。

三日も続いた悪天候で地面は完全に泥濘んでいる。まだ昼間だが外は薄暗い。

頑丈そうな石造りの建物の前。雨が降り注いでいるにも拘らず、老若男女何人もの人間が並んでいた。

目が死んでいる者、大声を上げて怒鳴りつけている者、純粋な人間だけではなく、他種族の特徴を表している者もいる。唯一の共通点はそのほとんどが物々しい格好をしていることだ。

何の革で出来ているのかもわからない薄汚れた鎧を着たもの。全身を覆い隠すような厚手の外套を着たもの。中には全身を覆い尽くすような重厚な金属鎧を装備したものまでいる。剣や重火器など、武器を携帯している者も少なくない。

悪天候のためほとんど人通りすらない通りで、その一画だけが異様な熱気に包まれていた。

皆が皆、僅かに存在するチャンスを求めてここに集まったのだ。

その自らの腕っ節を名のある現役のトレジャーハンターに示し、そのパーティに入れてもらうために。

トレジャーハンターは今も昔も花形の職業だ。

数ある職の中でもリスクは限りなく高いが、才能さえあれば富、名誉、力、全てが手に入る。貴族の家や名のある商家にでも生まれなければ絶対に手の届かない、そういう栄光が。

ハンターはパーティと呼ばれる何人かのグループを組んで活動する事が多い。経験豊かなハンターが多数所属するパーティに参加することができれば、一から活動するよりも格段にリスクを減らせる。

現役のハンター側も常に腕のいい仲間を求めている。今回この場で為されているのもそういう催しだった。

雨天なのであまり人が来ないと思っていたが、随分と人が多いようだ。一度ため息をつき、僕も列の一番後ろに並ぶ。

屋根がないせいで、外に並んだ者は皆、びしょ濡れだ。

外套についたフードを深く被り、身を縮めるようにして待つ。知り合いがいるでもなく、一人行列に並んでいると心細くなってくる。

「ああああああっ! なんだって、こんなに人が多いんだッ! 全然中に入れねーじゃねーか!」

いらいらしたような叫び声が前の方から上がり、更に身を縮める。

ただでさえ順番待ちが酷いのに、寒い上に雨が降ってるからたちが悪い。苛立つ気持ちもわかるが、それは皆同じだ。

ハンターは腕っ節が強い。気が短い者も多い。喧嘩などが起こって巻き込まれたら誰も幸せにならない。

ハンターの才能の一つに体格というものがある。僕は平均的な体格だが、周りに並ぶ男たちのほとんどは僕よりも頭一個分大きかった。

人をはるかに超える力を持つ化物と平然と打ち合う実力と勇気を持つ人の皮を被った怪物達だ。

僕に出来るのはなるべく穏便に状況が過ぎ去るのを祈ることだけだ。

幸いなことに今回は珍しく祈りが届いたらしく、それ以上の騒ぎには発展しなかった。

列が少しだけ前に進む。身を縮め、誰とも視線をあわせないように気をつけていると、ふと一つ前に並んでいた人が僕の方を振り返った。

美しい青の眼が僕を映す。

「ねぇ、ちょっと? あなたもパーティ志望なの?」

「あ……はい」

珍しく明るい声だ。無視してもトラブルになりそうなので嫌々ながら眼の少し下を見る。

声を掛けてきたのは十代後半くらいの年齢の女性ハンターだった。よく手入れされた明るいブラウンの髪に、大きな青い目。丈の長いコートと頑丈なベルトにセットされた大きなポーチ。服装は標準的なハンターの物だが、傷んでいない髪と人懐こそうな容貌は、危険な宝物殿を探索するハンターのようには見えなかった。服装もほとんど新品で汚れなどもない。

今のご時世、女性ハンターなど珍しくもないが、経験上こういう雰囲気のハンターは大体二通りに分けられる。

ハンターになる直前か、なった直後で、まだ希望に満ち溢れている者。

そして、無数の冒険を経てなお輝きを失わない、英雄となりうる突出した才能を持った、昔の僕の友人達のような真性の『怪物』。

十中八九前者だが、油断はできない。この業界――本当に人の皮を被った怪物が多いから。

如何にも胡散臭そうな目で見る僕に、女ハンターは苦笑いを浮かべ、しかしすぐに明るい表情で手を差し出してきた。

どうやら即座に殴りかかってくるような奴らではないようだ。

僕はこっそり脳内でそのハンターを危険度Eに設定する。表面だけ見ると安全そうに見えるハンターに付与される危険度だ。

「私、ルーダ・ルンベック。レベル3のハンターよ。ついこの間上がったばかりだけどね」

レベル3のハンター……中堅か。見た目と比べて随分と優秀なようだ。

僕は無言で目の前の女の危険度をDに設定し直した。少なくともなりたてのハンターではないようだ。

トレジャーハンターはそれを一括管理する探索者協会――通称『探協』により、その功績に応じてレベルが付与される。

レベルは10まで存在するが、レベル3というのは中堅程度の実力と功績を保証されるレベルだ。

全ハンターの内の七割はレベル3で止まるという統計があるので、まだ若いのにそのレベルに至れたルーダは有望である。

警戒しておいて損はない。

唇を開く。朝から水の一滴も飲まず、ここまで走ってきたせいか、口から出てきた声はひどく乾いていた。

「…………僕は……クライ・アンドリヒ……よろしく、ルーダ」

その手を握らず答える。

五年のハンター歴で得た最も大きなものは危機感だ。

握った瞬間投げられるかもしれないからだ。投げられるかも知れないし、握りつぶされるかもしれない。手を握った瞬間殺される可能性だって十分ありうる。

もちろん、握手しなかったことで敵だとみなされる可能性もあるんだが。

ルーダは一瞬その眉を歪めたが、すぐに明るく言った。

「あなたもソロなの? 皆ピリピリしてて――嫌な感じだったのよ」

「…………」

「今までずっと一人でハンターをしていたんだけど、最近ちょっと壁にぶつかってて……そんな時、ちょうど大規模なハンターの募集があるって聞いてやってきたの」

腰のベルトに下げられた鞘。そこにぶら下がっている、 短剣(ダガー) をぽんと叩く。

宝物殿には様々なギミックが存在する。殺傷能力の低いダガーしか持っていないという事はルーダは魔物との戦闘よりはギミックの解除に長けたハンターなのだろう。

いや、ソロで活動するにはその技能は不可欠だ。

宝物殿攻略には幾つかの技能が必要であり、一人で全てカバーするのは至難である。

トレジャーハンターが必ずしも全員、宝物殿での 宝探し(トレジャーハント) に従事するわけではないが、レベル3認定を貰うには宝物殿を攻略した実績が必要になる。ソロでそれを成すだけの能力があるというのならば、短期間でその認定を貰えたというのも納得だ。

俗に言う『天才』と言うやつなのだろう。

なんと言っていいのかわからず、仕方なく微笑んでおく。

困った時は笑っておけばなんとかなるというのは僕がここ数年で学んだ数少ないことだった。

「一人で――随分、無茶をするんだね」

「そう! そうなの! 『白狼の巣』に行ってみたんだけどどうしても手数が足りなくて……」

会話相手に飢えていたのか、ルーダが目を輝かせる。

「だから……他のパーティに入れてもらおうと思って。『白狼の巣』もレベル3が五人もいれば十分攻略出来るって――」

「はっ。『白狼の巣』だって? この場所がどんな場所だか理解して言ってるのか?」

急にかけられた、こちらを馬鹿にしたような声に、ルーダの表情が一気に険しいものに変わった。

声の主は前の方に並んでいた大男だ。金属と革を組み合わせたレザーアーマに、血の染みで黒ずんだ外套。ルーダがピカピカのハンター一年生だとしたら歴戦の猛者の風格がある。

ハンターってのはこいつらに限らず、血の気が多いのが多い。しかも腕前に比例して血の気が多くなるきらいがある。

探協では血の気の多さはハンターの素養だなどと言われているくらいだ。

案の定、ルーダが自分より頭二つ分大きな大男相手に、物怖じすることなく怒鳴りつけた。

「何よ? いきなりッ! なんか文句でもあんの!?」

「ったく、レベル3のハンター? 『白狼の巣』だって? ここはハンターになりたての素人の集まるような場所じゃねーんだよ」

大男がぴくぴくと頬を引きつらせ、笑みとも呼べない笑みを浮かべる。列に並んでいた他の連中が迷惑そうな、あるいは面白そうなものでも見るような目で大男とルーダを見ている。

僕はこっそり一歩後ろに下がった。喧嘩には巻き込まれないように細心の注意を払う。それもまたハンターになってから学んだことだった。なにせ巻き込まれて怪我をしても誰も助けてくれない。

「ここに集まってんのは、自分の腕に自信のある連中ばかりだッ。なんたって、ここでメンバー募集してるのはあの『足跡』に所属するパーティだぜ? 新興とはいえ、この帝都で今一番勢いのあるクランだ。いくらなんでも、てめえのような新人が混じってると、俺達が迷惑するんだよッ!」

クランはハンターが組む集団の一形態である。

ハンターが数人で作る、普段から共に行動する集合形態がパーティ。そのパーティが複数集まって結成するのがクランだ。

結成の理由は様々だ。例えば、情報の共有。アイテムの融通。必要なメンバーが足りなかった場合のメンバーの貸し借りや、あるいは高難易度の宝物殿に挑む際に共に挑戦したりする。

ハンターを円滑にやる上で、横の繋がりは欠かせない。故に、探協もクランの結成を推奨していた。

今回この場所で行われているパーティ募集もクランの主導である。

『足跡』はこの帝都ゼブルディアで名を馳せるクランの内の一つだ。

正式名称を『 始まりの足跡(ファースト・ステップ) 』と言う。名のある若手パーティが多く所属するクランであり、歴史こそまだ浅いが、現在、帝都で勢力を伸ばしているクランでもあった。

本来、ハンターのパーティメンバーの募集というのは必要な時に随時行われるが、『足跡』では年に一度その所属パーティを集めて大々的なメンバー募集を行っている。それが今この場所だった。

希望者は出自年齢、レベルなどを問わず、足跡所属メンバーのテストを受けることができ、その目に適えばパーティのメンバーとして迎え入れられる。

もちろん、『足跡』の所属パーティのハンターの平均レベルは高い。受かる者は極わずかだが、コネもなく自分の腕に自信のあるハンターにとって大きなチャンスに見えるだろう。

だが、それは誤りである。足跡に所属するパーティのメンバーは帝都のハンターの上澄みだ。僕の友人達もそうだったが、その才能は天才と言うよりは異常であり、テストを希望するほとんどの者は、持ってきた自信を木っ端微塵に砕かれることになる。

「はぁ? 募集にはレベルやハンター歴は問わないって書いてあったし、そもそも私はレベル3よ!?」

「はんッ! 確かにレベル3は中堅だなんて言われてるがなッ! 足跡にはレベル3のハンターなんて腐るほどいんだよッ!」

歯を剥き出しにするルーダに、大男が怒鳴りつける。

大男の言う通りである。レベル3はあくまで中堅――平均に過ぎない。名のあるパーティにとってレベル3の称号に価値なんてないだろう。足跡の所属メンバーのほとんどのレベルは3以上だ。

だがしかし、ルーダがレベル3なのはあくまで現在の話。ハンターの七割がレベル3で終わると言ったが、能力さえあればレベルはどんどん上がる。ソロで3まで上げられたのならば、パーティを組んで場数を踏めばそれ以上にするのは決して難しくないだろう。

だからこそ、足跡のメンバー募集にレベルの制限はないのだ。

僕は内心、酷い言いがかりの付け方だと思ったが、口を噤んだ。余計なことは言わないほうがいい。

黙って見ている間にも、ルーダと大男はどんどんヒートアップしていく。

大男が口汚く罵りながら、これみよがしと腰の剣に触れて見せる。

刃渡り一メートル程の長剣。ルーダの持っている短剣などと違い、魔物や幻影と正面から斬り合い殺傷するための武器だ。

短剣持ちのルーダでは荷が重い。大男がレベル3よりも低いということはないだろう。

「へー? やろうっていうの? いいわよ、相手してやろうじゃない」

だが、ルーダはその様子を見ても引く気配がなかった。その端正な口元を歪め、ワイルドな笑みを浮かべてみせる。

大男と同じように、腰の短剣を一度撫で、惚れ惚れするような動作で抜いて見せる。

トレジャーハンターは人外である。ハンターと一般市民がもし喧嘩などしてしまったらハンターが一方的に悪者にされるが、ハンター同士の喧嘩の場合先に武器を抜いた方が悪になる。

ルーダに負けず劣らず頭に血が上っていた大男が先に剣を抜かなかったのもそのためだろう。喧嘩慣れしているのだ。

これでたとえルーダが名前も知らぬ大男にぼこぼこにされても情状酌量の余地なしになってしまった。たとえハンターとしての認定レベルに差があったとしても、法廷でそれは考慮されない。

怪物共め。何で列に並んでいただけなのにこんな目に遭うんだ。

雨風と目の前で発生しつつある喧嘩にうんざりしていると、建物の中から帝国軍人が着るような白い制服を着た男が出てきた。

襟元に足跡を模した銀色のマークが施されている。クラン、ファースト・ステップ所属メンバーの証だ。

大男に負けず劣らずの凶相。頬には深い傷跡が刻まれており、ギロリと剣呑な目つきで大男とルーダを交互に睨みつけた。

二人に負けず劣らず荒い声で怒鳴りつける。

「こらッ、喧嘩はやめろッ! 喧嘩すんならどっか別の場所でやれッ! てめーら、テスト抜きで追い出すぞッ!」

剣を抜きかけた大男が舌打ちをして元に戻す。ルーダも頬を引くつかせながらも、短剣を仕舞う。

そして、ゆっくりと列が動き始めた。