軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話・過剰な力は誰でも持て余すようで

「えっと……魔眼、ですか。……両目を閉じていると?」

「360度、全方角がモノクロで見えますわ」

そう言いながら、クリスティーナは目を閉じてぴょこぴょことこちらに背中を向けた。

なんだろう、と思い首を傾げると、

「こっちに首を倒しましたわ」

と、俺が首を傾げたのと同じように、クリスティーナも首を傾げる。

「!?」

なるほど、クリスティーナは今、全方位見えてるアピールをしているのか。

ならばと試しに、ひっそりと、しかし内心「いえいいぇええい」とダブルピースを決めてみると、

「2と2で4ですわ?」

やっている事は解っても意味は解らなかったらしいクリスティーナは中途半端な疑問符を浮かべていた。

「それで、片目を開けると?」

聞くと、クリスティーナはまたぴょこぴょことこちらへ振り返り、片目を開ける。

「前方が障害物ひとつ無視して見えますわ。例えば、そちらのサーシャさんのスカートの中にナイフが隠されているとか」

「おおおおお」

サーシャのほうを見ると、サーシャはスカートを横尻が見えてませんか? ってくらいまでたくし上げて、太ももに括りつけられた護身用のナイフを見せる。ごちそうさまです。

「まじか……いや、凄いですね」

「有能ですのよ」

「そんな言葉では片付かないというか……」

結構背筋がぞわぞわしている。

しかももうひと段階あるという。

俺は尋ねる。

「両目を開けると?」

その言葉に、クリスティーナは両目を開けてこちらを見る。

その宝石のような目でこちらをジッと見て、魔法陣の虹彩が俺の心を掴んで離してくれないので見つめ合う形になる。目を逸らせない。魔眼が持つ魅力という力に引き込まれていきそうだった。

……が、耐えきれない! みたいなリアクションで、クリスティーナが唐突に目を閉じる。

え、俺と目が合うのが耐えられない、みたいな流れだったんだけど、大丈夫? 気分悪くしちゃったかな、俺の顔。うん、大丈夫じゃないです、俺の心。

クリスティーナは両目を閉じた状態で苦笑した。

「申し訳ございませんわ。その……魔眼による遮蔽物無視によって、服を着ている場所は服を1枚除去出来るだけなのですが、顔や手などの露出している箇所については、皮膚が一枚無くなりますの。剥き出しの筋肉や血管が脈打つ様が見えてしまって、気を抜くと少々気分が……」

「それは嫌過ぎる! もしかして、片目だと前方しか見えないから視線に気を遣えば視ずに済むけど、両目を開けてしまうと、全方位が透けて見えるので、避けられない、って事ですかね」

「そうです! 普段目を閉じていれば人のお顔が見えますので、中々慣れることも出来ず……」

「年頃の女の子にはキツイ状況ですねぇ……」

「そうです、キツイです……」

「因みにこれ使うとどうなります?」

サーシャからサングラスを借りて、クリスティーナに渡してみる。クリスティーナは「どう扱うのでしょう」と困っているようだったので、サーシャにお願いしてクリスティーナにサングラスを装着させた。

そしてクリスティーナは言う。

「暗いです!」

それはそう。

「すごいですわ、アルメルグラス。実物を着用するのは初めてなので、こう見えるんですのね……」

因みに俺が数年前に開発して販路を拓いたサングラス。正式名称サングラス。商品名アルメルグラスで販売されているらしい。恥ずかしいが、まぁこれは仕方がない。

そんな事よりも、

「魔眼の見え方はどうですか?」

聞くと、クリスティーナは少し辺りを見回し、

「変わりませんわ。ここの半透明の場所が、遮蔽物扱いになっていないのだと思います」

「そうですか。お力になれず申し訳ない」

そう一筋縄ではいかないようだ。

そういうわけで返してもらおうとする。

だが、クリスティーナはサングラスを外さない。

それ返して、と手のひらを差し出したら、犬のお手とでも思ったのか、その手のひらに自分の手のひらを乗せて来た。いや、エスコートでは無く。

「すみません、そのサングラスはサーシャの物なので」

「え、プレゼントではありませんの?」

返しませんわ、と1歩下がるクリスティーナ。おっとこれはまずいぞ。

「プレゼント、違う。私の。返す」

サーシャがちょっとピキっている。

「クリスティーナ様、よろしければお似合いになるサングラスを特注で作らせて、プレゼントさせてください。それはこちらのメイドの大切な品なので」

そう説明すると、今度はクリスティーナのターンだった。

「アルメルグラスが大切な品ですの? アルメル様の贈り物という事ですの? ……よもやただならぬ関係……?」

まぁサングラス自体がサーシャと双子の姉リーシャの為に開発したものなので否定は出来ないが、悲しい事にただならぬ関係では無い。

なにせ俺は、30歳くらいで死んだ異世界転生者だ。今は10歳でも過ごした年月は40年。流石に13歳とただならぬ関係になろうなどとは思えない。そんな事よりフレイヤが好き。

俺は説明する。

「サーシャには双子の姉が居まして、今は魔都メルヘンラークで魔法学をしています。その姉とお揃いのデザインで作らせているんですよ。なので、双子の絆という事で、それはサーシャにお返し頂けますか?」

「解りましたわ!」

あっさり、というか、ダダを捏ねたのは冗談です、というのが伝わるテンションで、クリスティーナはサングラスを返却し――ようとして、出来なかった。

「……どう外しますの……?」

すごい能力を持った子ではあるけど、要領は悪い可能性が出て来た。

結局サーシャに外してもらい、再度両目を閉じたクリスティーナとご対面。ピンクの髪が光の当たり具合で色を変えるのがいつまでも見慣れない。

「それで、どうかな、アルメルくん。我が娘は」

そこで、ルーサー公爵が歩み寄ってきた。

その顔は笑顔だ。だが、どこか緊張が見て取れた。あの表情には覚えがある。決めたい商談の最後に絞り出す笑顔だ。

なので俺は、ルーサー公爵と、最後の確認をする事にした。

「何故、このような政略結婚をお決めに?」

と。

ルーサー公爵は少し黙った。少し黙ってから、

「そうか。君は私をそう分析したのだね」

と、どこか嬉しそうに言うのだった。

ルーサー公爵は踵を正し、まるで、その言葉は、この世界のルールなのだと錯覚してしまいそうな、謎の威圧感――俗称カリスマを持って、ひとつを問う。

「何故そのような疑問に至ったのか、説明を許可する。アルメル・オース・ファランよ、心置きなく答えるが良い」

本当に、この解釈の範疇なら誹謗中傷さえも許されそうな空気。今この場では、ルーサー公爵がルールなのだと再認識出来る上で不快感が無い、謎の空気感の中で、俺は言った。

「公爵家と子爵家では格が違います。公爵家が子爵家の三男坊に対して、娘の婚姻を申し出るなど、普通に考えたらあり得ません。何か裏があるのでは無いか、と勘繰ってしまう、愚者たる我が身をお許しください」

ルーサー公爵は当然のように答える。

「許す。なお説明を許可する。裏とは、どの方面の事だ」

その問いにお父様を見る。するとお父様は諦観したように、もう言ってやれ、と言わんばかりに頷いてみせてくれた。

「ファラン家が抱く疑いはこうです。穏健派……すなわち外交派であるルーサー公爵家は、武闘派と対立しております。武闘派の中でも国境を守るファラン家を政略結婚で篭絡し、引き抜こうという算段なのではないか、と」

これが、こちらが疑問に思う全てだった。それだけが最大のリスクだったのだ。

国境を他国や魔獣・魔物から守るこの地、パラノメールは重要拠点だ。ここが穏健派に明け渡される意味。それは、この地が『他国から国を守る防衛拠点』から『外交のために右往左往し、プライド無く双方に媚びを売らなければならない2か国の使い捨て緩衝材』にシフトしうる可能性を孕んでいる。穏健派と言えば響きは良いが、戦争が現実味を帯びている世界においてそれは弱腰の意味も併せ持つ。

国防を任されているお父様と、それを継ぐスレイン兄にとって、それは死活問題だ。

「成程。理解したよ」

ルーサー公爵は当たり前のように答えた。

「我が娘、クリスティーナ個人を人道的に扱う以上は、我々ルーサー公爵家及びその一派は、ファラン家に一切の干渉はしない。これならば、主らはどうする」

と。

待って待って待って。公爵家が子爵家にそれほどの譲渡? 常識的に考えてあり得ない。

俺の解釈では、現代日本に例えると公爵家とは総理大臣や副大臣、又は重要なポジションの大臣の家だ。

対して子爵家は領土を守る県知事相当。あまりにも格が違うのに、徹底的にルーサー公爵家の譲歩によって成り立つ婚姻。総理大臣が県知事に対して「お前の思うがままにしていいからウチの娘貰ってくんない?」と提案する。あり得るか? いや、否だ。

「公爵閣下にどのような利益があるか、あまりにも不明瞭です。だからこそ、 裏(・) が(・) あ(・) る(・) と勘繰ってしまう愚者をお許しください」

「…………」

ルーサー公爵は黙った。黙って、クリスティーナと目を合わせる。そして、その両者が頷き合う。

ルーサー公爵は、どこか物寂しそうに、しかし、どこか決意に満ちた複雑な表情で答える。

「クリスティーナの突然変異としての変異具合。そして異能。ルーサー公爵家ではなく、純粋に、この私を父親として見ると……手に余るのだ。穏健派でこの地位を築き上げた私の手で守り切るにはあまりにも、特異過ぎる」

その言葉は、酷く、俺の胸を揺さぶった。

この世界における突然変異の差別がどれほどの物か、俺は知らない。それでも、大なり小なりの差別に関しては、ダイバーシティー・インクルージョン&エクエイティの研修を飽きるほど受けさせられた俺としては、食傷なほど解る気持ちだった。

ルーサー公爵は最後に言う。

「だからこそ、娘を守れる力を持つ上で、突然変異に理解があると判断出来るファラン家に、娘を預けたいのだよ。自分の手では娘を閉じ込める事しか出来なかった。だが、カツラのおかげで娘は外に出れるようになった。……サングラスとカツラは、君達が、いや、アルメルくんが、目と髪を隠すために開発したんだと、そう思ったからね」