作品タイトル不明
秘話8・継がれる願いは遠く⑧
少しばかりの日々が流れた。
見る見る弱まり、死に近付いていくヘンリー。
それでも彼女は、活発だった。
あの手この手で色んな人を呼び出し、雑談をしたり、相談に乗ったりしていた。メイド、使用人、教会の人や見舞に来た周辺の貴族まで。体力が尽きて眠るまで、色んな話をしていた。
ある時は、私とハンスを呼び出して、こんな話をした。
力の籠らない掠れた声で、ベッドに横たわったまま、薄目の紅茶を淹れる私に聞いた。
「そういえば、フレイヤ、なんで結婚しなかったの?」
「え」
汚い声が出た。紅茶がちょっと零れる。
「私が向こうで療養してる間に、結婚してるかなーって、思ってたんだよね。そしたら、してなかった」
「イヤな事を聞くなぁ」
とヘンリーをイジリで睨むけれど、実際イヤな事とは思っていない。でも、マナー違反な質問をした幼馴染に、マナー違反を返すことにした。
「あんな天才少年を3人も産み落としといて、その母親が育児出来ないんだよ? その分誰が大変になるって、次期メイド長たる私でしょ。忙しすぎて、結婚してる暇とか、無かったかな」
言ってるうちに、自分のハチャメチャな台詞がおかしくって、自分で笑ってしまった。
つられてヘンリーも掠れた声で笑いながら、
「イヤな回答をするなぁ」
と、私をイジリ返す。
「でも、忙しくて結婚する暇なかった、かぁ……そうなると……」ヘンリーは次の標的をハンスに移す「結婚しているハンスは、暇だった説が……?」
なんちゅうイジリを……と思ったら、ハンスは何かを牛乳の中に入れて、よくかき混ぜながら、当たり前のように答えた。
「めっちゃ暇だった。普通に結婚出来たぜ。ガキも2人居る」
と。
「ファラン家の料理長やりながら、子供2人でしょ? 大変じゃない?」
ヘンリーが聞くが、ハンスは自作中の何かを作る片手間で、首を横に振る。
「ファラン家な、マジでデザートを嗜まないんだよ。普通に飯だけ。しかもその飯でも贅沢品を望まない。栄養メイン、筋肉の元メイン。そうなってくるとな、だいたい似たようなメニューになってくんだよ。どうやってひっそり贅沢品を混ぜるかって苦労したくらい。料理人としては、刺激が少なかったな」
そう、ハンスは結構、日々の業務に物足りなさを感じていた。たまにデザートを作る機会があると必要以上に気合を入れてしまう。
そこまで考えてふと、数年前の記憶を思い出す。いつか食べたなぁ。多分、ハンス渾身のコンフィーオンワッフル。それを、アルメル様の「あーん」で。
「ハンス。リーシャとサーシャが最初に来た時の事、覚えてる?」
「リーシャとサーシャ? どのメイドだよ」
「双子の子」
「ああ、あの突然変異か。スレイン様と決闘してたってやつだろ?」
「そうそれ。あの時、夕餉前なのにめっちゃ気合入れたオヤツ作って、ちょっとダグラス様を不機嫌にしてなかった?」
「オヤツ作る機会があれば気合入れてたからなぁ。一個一個は覚えてないな」
「えー」
私はアルメル様に「あーん」されたので、強烈に記憶に焼き付いているというのに、その大元となったこの男は覚えていないと……。
「ちょっと」ヘンリーが少し不貞腐れて、話に割って入る。「私に解るように話して。その話、絶対面白いやつじゃん」
それから、いくつかの話を繰り返す。
固形物を摂取出来ないヘンリーのために、スライム状にしたデザートをその場で作ったハンス。それが私に託されたので、私がヘンリーに「あーん」で食べさせる。
話して、話して、そして、ヘンリーの声の掠れ具合から、今日はそろそろ限界だろう、と判断し、どのタイミングで引き上げようかと考え始めた時に、ヘンリーが言った。
「……2人とも、あのね……」
引き上げようとする私達を引き留めるような、縋るような声。いや、違う。 縋(・) っ(・) て(・) 欲(・) し(・) い(・) と、私が願っていたから、そう感じただけだ。
その後のヘンリーの言葉は、縋るとは真逆。
「ダグラスには、もう話してある。2人とも、帰りたかったら、地元に帰っても、大丈夫だよ……?」
まるで、突き放すような提案だった。
私は息を呑む。でも、隣のハンスが拳を強く握ったから、それを落ち着かせないといけなかったから、その手を握って落ち着かせて、気付いたら私も落ち着いていた。
そのおかげで、返すべき言葉が解った。
「どうしてそう思ったのかな」
ここまで来て、これまでここで生きて、今更帰りたいと、私達が思うと、どうして思ったのだろう。ハンスなんて、この地で結婚して子供まで居るというのに。
ヘンリーは弱々しい声で言う。
「……わたしが、つれてきちゃったから」
あ、この子、泣くぞって思った。
思ったら、その通り、ヘンリーは泣き出した。
良い歳した大人が、子供みたいに泣き出した。
「2人と一緒に居たかったから、無理言って連れて来たのに、わたし、すぐどっか行っちゃって……どうしようって、ずっと思ってた。私に付き合わせたのに、先に私がダメになっちゃった……。わたし……わたし……っ」
残った命を燃やすようにして絞り出しているヘンリーの本音。喋っている最中に、私はデザートの器をハンスに任せて、それを受け取ったハンスは、
「うるさい。だまれ」
そう言いながら、残ったデザートを、ヘンリーの口の中に突っ込んだ。
「!? !?」
美味しいオヤツで口を塞がれて驚くヘンリー。
ハンスは言う。
「無理言って連れて来た? 無理なんて言われてないだろうが。普通に言われて普通に着いてきたんだよ、俺達だって、お前と一緒に居たかったんだから」
微かに、ハンスの声が震えて、止まる。
だから、私が続ける。
「あのね、ヘンリー。私はね、感謝してるんだ。元々は商会の次女で、政略結婚の道具になるしかないんだろうなって思ってた。ちょっと将来が怖かった。そんな私に、この場所をくれた。やりがいと、楽しさと、誇らしさが沢山あるこの場所に、私を連れてきてくれた。連れてきちゃったなんて言わないで。私は、この場所に来れて良かったって、本当に思ってる。ここに……、ここに……」
堪えていたのに、無理だった。その言葉を言おうとした瞬間に、私の心は決壊し、涙となって溢れだす。言葉も出せないほどに、喉が震える。
だから、私はヘンリーを抱きしめた。続きを喋る事は、どうやら出来そうにない。
そんな私を見て、ハンスが言った。
「俺達は後悔してないから。だからお前も、後悔はすんな。逆に感謝してやるから、感謝しろ」
なんだ、ハンスめ、嫁と子供が出来て調子に乗ってるな? なんかカッコいい事言ってるぞ。
「ひゅー、かっこいー」
私は涙声でからかう。
すると、ハンスが吐き捨てる。
「こういう所で男を揶揄うから結婚出来なかったんだよお前」
「ちょっとそれ本気のやつじゃない!?」
割と本気で心に来るツッコミだった。
そして、
「あはは」
そのやり取りに、ヘンリーが笑う。
「バカばっか!」
涙で晴れた目元を細めて、そんな風に、私達を揶揄う。
それでひとしきり笑って、その後に、さぁ、どっちが言おうか? とハンスとアイコンタクトを取ると、ハンスは当たり前のように、私やヘンリーに背中を向けた。言うまでもなく、お前が言えと、そうあるべきだと、言外に告げる。
そのサインを受け取ったので、私は言う。涙で視界が歪むのをもっと歪ませて、精一杯の笑顔で言う。
「もう、ここが私達の居場所だから、地元には帰らないよ。だから安心して。ファラン家は……子供達は任せて」
ヘンリーは、なんかもう、ちょっと可哀想になるくらい泣いていた。
流石に水分減り過ぎでは? と思ったので、紅茶を作るように持ってきておいた白湯を少し飲ませる。
それで喉を潤わせてから、ヘンリーは、
「うん、まかせる」
そう言って、泣きながら笑った。