軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64 貴 族

中佐さんとの話し合いの結果、結局、部隊の代表として大量に買い込む客は断り、個人として買いにくるお客さんには、普通に2個までは売る、ということにした。

但し、軍人病治療薬に関してだけは、部隊を通して入手すること、とお達しを出して貰うことになった。でないと、毎日兵隊さんに長蛇の列を作られたのでは堪ったもんじゃない。

中には、私服でこっそり買いにくる者もいるかも知れないけれど、すこしくらいは構わない。うちの営業に支障が出なければ、大した問題じゃない。それに、そういうズルをしていれば、同僚や先輩、上官達にバレて締め上げられるだろうから、そんなに多くはないだろうし。

また、軍で医務班を通じて支給される薬や軍病院での治療は無料らしいので、お達しを無視してまで自腹を切る者はそう多くはないだろう、との中佐様の見積もりであった。

下っ端兵士の苦労など味わったことがないであろう貴族出のエリート佐官様の予想がどれだけ当てになるものかは判らないが、それが正しいことを祈るしかない。

そして、第2大隊への販売は、週に1回、私が配達して納入することにした。

店に来られて大量に引き渡すのは、うちは小売りであって卸しじゃない、と断言した手前、何となく決まりが悪いし、色々と世間体というものがある。それに、私もずっとお店に閉じ籠もってばかりではなく、あちこちに出掛けたい。

軍の本部とか、エリートの若い軍人さんが大勢いそうだし、色々な人と知り合えば婚活に役立つのではないか、と思ったのは秘密だ。

それに、軍人さんに顔を覚えて貰い、「この少女は護らねば!」と思って貰えれば、身の安全に役立つだろう。それはそれは大きく。

何しろ、私の身に何かあれば、軍人病治療薬の供給が絶たれるのだ。街でチンピラに絡まれていたりするところを見掛けたら、普通ならばスルーされるかも知れないけれど、私のことを知っていたら、絶対に助けてくれるだろう。

え、もしかして、王都軍1万人の護衛を手に入れるのか、私?

凄い、凄過ぎるぞ! もう、ロランド達は不要だ、ふはは!

「では、よろしく頼むぞ!」

そう言って帰って行く、中佐様達。

そしてそれと入れ違いにはいってきた、ロランドとフランセット。

「揉め事はなかったか?」

どうやら、ずっと店の外から見守ってくれていたらしい。何かあればすぐに突入して助けてくれるつもりだったのだろう。不要だ、などと考えて、ごめん。

「大丈夫、ただの商談よ。ありがと」

一応、 労(ねぎら) いの言葉を掛けておこう。いつから見守ってくれていたのかも分からないし。

フランセットなんか、夜通し見張っていたりして……、いや、まさかね、あはは……。

って、何、フランセット、その眠そうな顔とあくび、そしてその目の隈は!

おいおいおいおいおいおいおいおいおい!

と、とりあえず、これを飲もうか、フラン。いや、いいから! 黙って飲め!

そして夕方。

店の前に馬車が止まったらしい様子がした後、お客さんが来店。

「……おい、軍人病の治療薬とやらを売っているのは、ここか」

どう見ても貴族様にしか見えない30歳前後の御夫妻らしき人達と、お付きの人がふたり。

「はい、そうですが……」

レイエットちゃんを2階へ避難させるタイミングを失った。仕方なく、『黙って、空気役に徹するように』という合図である「頭ポンポン」をして、貴族様のお相手をする。

「よし、全て寄越せ。以後入荷した分も、全てうちへ納入しろ。値段は3割引だ」

「お断りします」

「うむ、ではとりあえず、今ある分を……、え?」

平民如きが自分の命令を断るなどとは思ってもいなかったのか、目を剥いて固まるお客さん。

うちの薬を独占して、軍に高く売りつけるつもりなのか、政治的に利用するつもりなのか……、って、ただの水虫の薬が、どうしてこんなに大事になるんだよ! 軍需物資か、戦略物資なのか!

しかし、それにしても、勝手に3割も引かれたんじゃあ堪らない。そりゃ、うちは原価がかかっていないけど、それは、たまたま、だ。商売人の末席に名を連ねることとなった今、商人として、そんな勝手なことは許せない。

いや、値引き交渉ならば取引の一環だから相手をするよ、それを受けるかどうかは別にして。でも、強引な強制は駄目だ。許容範囲外。取引停止案件だ。こんなの受けたら、他の商人達に顔向けできない。

私は、前世での社会人生活は半年くらいしかなかったけれど、自分の仕事に対する誇りと同業者に対する仲間意識は高いんだ。

「な、何を! 平民が、私に逆らってただで済むと……」

「あ、軍人病治療薬の大量納入に関しましては、王都軍第2大隊長のヴォンサス中佐という方がまとめておられます。全ての御相談は、中佐の方へお願いします。

また、軍に薬を納入することの障害となるあらゆる事象は、中佐に報告して排除して戴くことになっておりますので……」

「な、何! あの、ネーヴァス・フォン・ヴォンサス中佐か、ヴォンサス伯爵家の三男の……」

「フルネームは存じませんが、第2大隊長の、ヴォンサス中佐です」

「…………」

しばらく黙り込んでいた貴族様は、くるりと背を向けて去って行こうとしたが、そこに私が声を掛けた。

「あの、奥様、せっかくですから、洗髪薬とか美容薬とかはいかがでしょうか?」

「え?」

そう、あまり敵を作りたくはないので、貴族様を不愉快なまま帰らせるのも少し気が引けたし、全然売れる様子のないシャンプーや美容液の 類(たぐ) いを売るための切っ掛けが欲しかったのである。

一度売れて、それを使った者が実物見本としてあちこちで宣伝してくれれば、すぐに売れるようになるに違いない、という自信はあるのだ。

「この、髪の汚れを落としてツヤツヤ、さらさらにしてくれる薬と、お肌をしっとりなめらかにしてくれる薬! これを使えば、お肌の若々しさを取り戻せます!」

百貨店の化粧品売り場の美容部員が言いそうな、聞きかじりの宣伝文句で奥様を引き留めた。

そろそろお肌の衰えが気になり始めている頃だ、奥様の足がぴたりと止まった。

「……それは本当かしら? 貴族を騙したとなると、どうなるかは分かっているのでしょうね? 子供といえど、容赦はされませんよ?」

そんなうまい話はない、子供が店番をするような小さな個人商店にそんな奇跡の薬があるはずがない。そう思いはしても、そのあまりにも魅力的な言葉に 抗(あらが) えない様子の奥様。まぁ、貴族である旦那様がわざわざ足を運ぶだけの価値がある薬を売っているのだから、もしかすると、と思えるはずだ。

私は、カウンターの内側にレイエットちゃんを残し、売り場側へと歩き出た。

「私の髪を御覧下さい」

私の言葉に、怪訝そうに私の髪を見て、手で梳き、そして顔を近付けてその匂いを 嗅(か) ぐ奥様。

「お、おい、何をやって……」

旦那さんの言葉を無視して、私の顔を撫で、擦り、摘まむ奥様。

私の肌がすべすべなのは、基礎化粧品のせいではない。それは、15歳の身体という「若さ」のせいだ。そもそも、私は基礎化粧品は使っていない。あれは、18歳くらいからでいいだろう。

でも、わざわざそんなことを言う必要はないので黙っていた。勝手に勘違いするのは私のせいじゃないし、基礎化粧品の効果は保証付きなのだから、別に構わないだろう。

「買いましょう。ひと揃い、用意しなさい」

「お、おい、お前……」

「カラムス、支払いを」

「はっ!」

「おい……」

旦那さんを完全に無視して、商談は終わった。

シャンプー、リンス、化粧水、美容液、乳液、そしてクリーム。貴族様用にと、クリスタルガラスで作った芸術品的な容器にはいった高級品一式。オマケとして、香水の試供品の小瓶をサービス。

「小金貨6枚です。使い方は、こちらの説明書に。使う量、そして使う順番を間違えないように御注意下さい」

「分かりました。ちゃんと効果があることを祈っておりますよ、あなたの人生のために……」

怖いわ、おばさん!

しかし、これでシャンプーや基礎化粧品が売れるための種を 蒔(ま) くことができた。後は、口コミで評判が広まるのを待つばかり!

結局名前も聞かなかった貴族様御一行が帰り、そろそろ閉店かな、と思っていたら、軍人さんがやってきた。若手幹部らしき人と、下士官らしき人。

「軍人病の治療薬を、まとまった量、購入したいのだが……」

ああ、来た来た。これから、中佐の根回しが終わるまでの間、しばらくこういう人達が続くわけか……。

あんなに早く、しかも中佐ともあろう人が直接駆け付けるなんて、フットワークが軽いというか、目端が利くというか……。

まぁ、おかげで私の苦労が大きく軽減されたわけだ、一応、感謝しておこう。向こうは向こうなりに、大きなメリットがあるのだろうけど。ま、win-winの関係、ってやつだ。

さて、せっかく来てくれたのに、申し訳ないけどお断りの説明だ。

まぁ、せっかくだから、ひとり2本ずつは売ってあげよう。まだ中佐の根回しは済んでないだろうからね。

そして後は、シャンプーと化粧品が売れ始めるのを楽しみにしながら、ぼちぼちと行きますか……。

そう、その時の私は、全く気付いていなかったのである。

貴族の女性が、美しさを保つ秘密を他の女性に教えて回るわけがないということを。

そういう秘密は、なるべく自分だけのものとして秘匿するのが当たり前だということを。

そして、シャンプーと化粧品が売れる様子が全くなく、それに私が気付くのには、まだしばらくの時間がかかるのであった。くそ!