軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 話が違います!

香は混乱していた。

どうも話が違う。そう、セレスから聞いた話と違うのだ。

話が違うらしきことに気付いた時、香は思った。

「あ、これ、セレスの方がおかしいんだ」

他に何の情報を得ることもなく、再確認することもなく即断した。

即断の理由? うん、勿論、誰もが納得するであろう完璧な理由がちゃんとある。それは、『セレスだから』だ。どうだ、完璧だろう? 疑問を差し挟む余地すらない。

おかしいとは思った。命の危険がある重傷者がいるのに、誰も治癒魔法をかけない。誰もポーションを売ってやらない。香が使った下級ポーションと中級ポーションであの大騒ぎ。

セレスははっきり言ったよね、「魔法も魔物もハンターも存在する」って。だから私は、ハンター、イコール冒険者、と思ったのだ。まぁ、それはそう大きく外れてはいなかった。魔物と呼ばれる凶暴な獣も確かにいる。

問題は、魔法である。

この世界に魔法はあった。セレスの言ったとおり、確かにあった。しかしそれは私が思ったような『ハンターのパーティに魔術師や僧侶がいて、攻撃魔法や補助魔法、回復魔法とかをバンバン使う』とか、『魔法を付与したマジックアイテムや回復ポーションをガンガン使う』というものではなかったのだ。

ハンターとハンターギルドは、素材収集や討伐任務、護衛依頼等、確かに地球の物語で言うところの『冒険者』及び『冒険者ギルド』と同じような役割を果たしている。しかし、しかしだ、そこに魔法はない。そこに魔法はないのだ!

戦いは全て物理。剣に槍、弓矢に斧、その他色々。地球の史実と全く変わらず。魔法は、どこかの国のどこかの塔で偏屈な爺さんが一生かけて研究し、老衰で死ぬ間際になってようやく『掌から1mlの水が出せる』とか『指先から細いロウソク程度の火が出せる』というものらしい。

そんなの、手品の方が数万倍凄いよ!! 『ある』って言わないの、そういうレベルのは!!!

はぁはぁはぁ……。

確かに、実用されている魔法も全くないわけではないらしい。例を挙げるなら、ドラゴンが吐くブレス。空力的にあの翼だけでは飛べるはずがないドラゴンの飛行能力。ウロコだけで得られるはずのないドラゴンの防御力。

全部ドラゴンかよ! ………ふざけんなァ!!

というのが、馬鹿騒ぎの中で合間を縫ってハンターの皆さんから色々と聞き出した情報である。

治療は、薬草から作った飲み薬に塗り薬、骨折には添え木、大きな傷は針と糸で縫合。

勿論、そこにポーションなど存在しない。

で、結論。

……やっちゃいましたねぇ。

世界に存在しない奇跡の魔法薬。驚異の治癒効果。造れるのは何の後ろ盾もない無力な小娘。

詰んだかな、これ。

とりあえず逃げよう。

翌朝。ハンターギルドのメインホール。

片方の壁際には受付窓口。反対側には飲食コーナー。奥の方には調理場がある。ギルドの事務仕事は上の階にあるらしい。偉い人の執務室とかもね。

で、ここはその1階のメインホール。昨日の馬鹿騒ぎの後片付けもまだ済んでいない、混沌とした状態である。目が覚めて頭痛に苦しんでいる者、まだテーブルに突っ伏している者、床の上で寝ている者等がいる。

香は壁際の簡易ベッドで眠っていたが、朝の混み合う時間帯までにはベッドを片付けなければならないため早めに起きていた。

片付けるのはベッドだけ。飲食コーナー? そんなのは知らない。

なお、いつも時間厳守、5分前までには到着、という主義の香は時間にルーズなのが我慢できないため、セレスに頼んで腕時計をサービスして貰っていた。鉄柱に少しぶつけたら壊れそうなブランド物とかではなく、実用本位のゴツいやつ。100mまでの水圧にも耐えられる。ソーラー充電式なので電池切れの心配もない。もしかすると、電池の心配はしなくて良かったのかも知れないが。何しろ、女神製だから。

表示時間はこの世界の自転に合わせてあり、勿論目覚ましアラームも付いているので、寝過ごすことはなかった。

お酒は飲まなかったので、昨夜の情報収集のあと考える時間は充分あった。 結論。すぐにここから逃げる!

そういうわけで、朝イチでベッドを片付けたらキツキツさんにお礼を言って、その後は街をうろつく振りをしてそのまま逃げ出そうと思っていたのだけれど、……考えが甘かった。どうやら夜のうちから完全にマークされていた模様。簡易ベッドを片付け終わると同時に捕まった。

「カオルと言うのは貴様か!」

遅かった……。

領主のなんとか男爵様の使いだというその5人の男達は、リーダーらしき者は少しマシではあったが、残りはいかにもそのへんのゴロツキに皮鎧着せて剣持たせました、といった感じ。警備兵という名の、権力者子飼いの暴力団、だね。

実は昨夜のうちに、まだあまり酔っていない人を捕まえてこの町のこととかも色々聞いていた。情報はカネ、情報は命、だからね。

で、この小さな町と周辺のいくつかの村の領主である男爵様は典型的な小物貴族、出世のために必要なカネを集めるため税も重く、領民には嫌われているそうな。まぁ、平民に好かれる貴族、ってのがあまり想像できないけど。

男爵って、子供に継がせられない一代爵位である騎士爵とかを除けば最下位の下級貴族だよねぇ。下っ端か…。確か、妻と、息子二人、娘一人だったか。

昨夜の件を知って、カネ儲けと出世のチャンスが転がり込んできたと大喜びで手下を差し向けた、か……。女の子ひとりにゴロツキ5人、って、過剰戦力でしょうが。

ま、絶対逃がさないように、と、ハンター達が邪魔するのを警戒したのかな。

「何の御用でしょうか? 知らない人とは話をしたりついて行ったりしちゃダメ、と母に言われているんですけど…」

「なっ……」

香の思わぬ言葉に目を剥くリーダーらしき男。

「領主様がお呼びだ、おとなしく来い!」

「でも、私、ここの領民じゃないですよ。自分のところの領主様には従いますけど、どうして何の関係もない他所の人に従わなければならないので? 私にとっては領主様でも何でもない、知らない人ですよね、その人。女の子を自分の家に連れ込もうとしているだけの。しかも、それさえ自分ではなく部下にやらせるという……」

あまりの言い様に、男達の頭に血が上る。

「こ、この小娘……」

気付くと、いつの間にかハンター達が周りに集まり始めていた。

「ちっ、いいから来い!」

「あっ………」

香の腕を掴み、強引に引き摺ってギルドから連れ出す男達。

ハンター達は、止めたくても、仮にも相手は領主様の命令で動いている領主直轄の兵、一方的に殺されても文句が言えないどころか家族にまで累が及ぶ。だれも手が出せず、ぎりぎりと歯噛みしながら去って行く男達を見送ることしかできなかった。

(さてさて、今は逃げられそうにないか…。でも、少なくとも殺されたり酷い目に遭わされる心配はないか、今のところ。じゃ、逃げ出せるチャンスを待って、それまでは色々と仕掛けるか……)

香はそっと口の端を吊り上げた。

「あ、兵士さん、それには触らないで下さい!」

おとなしく自分で歩き始めた香は、自分の左手を掴むリーダーにそう頼んだ。

「あ? これか? 何だこれは…」

香がおとなしくついて歩き始めたので四方を部下に守らせて香の左手を軽く掴むだけにして歩いていたリーダーの男は怪訝そうな顔をした。

「高価なもので、金貨数枚以上するんですよ」

香は腕時計を示してそう言った。

「金貨数枚だと!」

よく見れば、見たことのない珍しい装身具である。男はにやりと嗤った。

「そんな大事なものなら、俺が預かっておいてやるよ」

男は嫌がる香から無理矢理腕時計を奪い取ると、懐へ納めた。香は悲しそうに俯く。

(へへ、とんでもない臨時収入だ。まぁ、見られたコイツらにも後で少し儲けを分けてやらなきゃならんが…)

リーダーの男はにやにや笑いが止まらなかった。

連れて来られたのは、領主邸。

下級貴族の男爵家とは言え、貴族は貴族であり、この小さな男爵領では一番の権力者。見栄を張る必要もあってか、一応はかなりの豪邸であった。

当然ながら誰何の声もなくそのまま邸内へと連れ入れられ、応接室のようなところへと案内された。案内は部屋の前で使用人に引き継がれ、男達は下がっていった。

「カオル様をお連れ致しました」

香の案内を引き継いだ使用人が室内に対して告げ、香を中へと誘導する。

室内には、男爵本人と思われる少し太った男、その妻らしき女性、そして男爵の子供と思われる二十歳前後の青年と16歳くらいの少年、そして13~14歳くらいの少女。みんな少し太り気味なのは食生活と運動不足のせいかも知れないが、揃って意地が悪そうな顔、というのは、遺伝なのか後天的なものなのか……。

しかし、自分の目付きのことを思い出し、顔についての講評はやめる香。

「よく来てくれたな、カオルとやら」

男爵が微笑みかける。

いや、ちょっと気持ち悪い。

しかし、これは大サービスなのであろう。なにしろ、貴族が平民の小娘を家族総出で迎え、歓迎の意を表しているのだ。しかも平民をあまり大切にしないこの男爵が。普通ではあり得ないことであろう。

「お招きありがとうございます、男爵様」

軽くかがんでカーテシーで礼をする香。これくらいは映画を見れば覚える。

「ほほう、これはこれは…。ささ、そこに座りなさい。我が男爵家一同、歓迎しよう」

上機嫌の男爵。満面の笑みであった。

ルニエ男爵は狂喜した。ハンターをやっている子飼いの男が夜中に訪ねてきた時には、時間を考えろと不愉快に思ったものの、その話を聞いて驚愕。なんと、一瞬のうちに傷を治す魔法薬があると言う。しかも、それを持ち込んだのは何の後ろ盾も無さそうな小娘とか。

とても信じられないが、もしそれが本当であれば、莫大なお金、いや、そんなちゃちなものではなく、伯爵位、いや侯爵位ですら夢ではないかも知れん!

何しろ、死にかけた者すら瞬時に回復させる薬。本人は勿論、戦いや不慮の事故により負傷した身内を持つ貴族がどれだけのカネを出し、どれだけの取引条件を呑んで懇願してくることか……。王族にすら恩を売れるかも知れん!

その娘が現れたのが我が領内であったとは、何たる幸運か! 運が向いてきたぞ……。

そして、連れて来られた目の前の少女。

物怖じすることもなく、貴族の礼の真似事をして席に座った。

あの薬は4本あったと聞く。1本だけならばともかく、4本も持っており、しかもそれを馬鹿げた安値で売ろうとしたとか。それは、その薬がもっとあり、簡単に手に入るということだ。

作った者の身柄を抑え、薬の製法を独占する!

無理矢理吐かせるという手もあるが、万一この娘が充分な情報を持っていなかったり、簡単に死んでしまったりしては困る。それに、製作者が娘の親族とかで意地になられても困るからな。まずは友好的に接して懐柔するが得策か。平民の娘だが、我慢して優しく振る舞ってやるよう妻や子供達には念を押しておいたので大丈夫だろう。

男爵の機嫌の良さに、香は男爵が何を考えているか大体分かるような気がした。そしてそれは、概ね正解であった。

しばらくはお茶や高価な菓子を楽しみながら他愛のない話をし、そろそろいいかと男爵は焦る心を抑えながら本題にはいった。

「ところでカオル、君が持っていたという、あの薬だが…、その、あれはどこで手に入れたのかな? 作った者から貰ったのかな?」

いよいよ核心である。

それに対するカオルの答えは…、

「ああ、あれは私が自分で作りました」

「「「えええ~っ!!」」」

男爵だけでなく、事前に話を聞いていた家族もみな驚きの声をあげる。

「い、いや、自分で、とは……」

「はい、薬師であった父とふたりで素材が豊富な山奥に住んで、ずっと一緒に薬を作ったり研究したりしていました。父が亡くなったので、町へ出てきたんですが…。山奥に住み始めたのが5歳の頃で、もう全然町のことが分からなくて……」

男爵はもう、あまりの喜びに倒れそうであった。

薬の製作者本人! 家族も何の後ろ盾もない小娘! まだどこにも漏れていない製法!!

「な、なら、ここでその薬が作れるかね……」

少し震える男爵の声に、香はあっさりと答える。

「いえ、無理ですね」

「な、なぜ!!」

大声を出す男爵に、香はゆっくりと答えた。

「それは、薬を作るのに必要な道具が奪われたからです」

「い、いつ、誰に!」

「先程、ここに私を連れてきた人に、ですが」

「リッシュを呼べぇ! 今すぐにだ!!」

男爵が大声で叫んだ。

うんうん、もう少しかき回そうかな。警備を乱すため…。