作品タイトル不明
419 バージョンアップ 3
「ようこそお越しくださいました。カルド商会の商会主、エイヴィスです。
……こちらは、姪のメリーウェザーでございます」
いくら自分が大店の商会主であり、相手がただの自由巫女に過ぎなくとも、聖職者は普通の人間よりは少し女神に近い立場の者であるとして、敬う。
教義的にはごく当然のことではあるが、それを本当に実践している者は、そう多くはない。
しかし、エイヴィスはダルセンと同じく、敬虔な信徒のようであった。
10歳を少し過ぎたくらいに見える姪も、エイヴィスの紹介の言葉に合わせて、頭を下げている。
ここは、カルド商会の店舗区画を通り抜けた奥の、使用人達の居住区より更に先、商会主一家の居住区画である。
来客と会うならば、店舗区画にも商談室や会議室がある。
しかし、商売とは関係のないプライベートな話には店舗区画は使わない、というエイヴィスの拘りにより、今回はここを使っている。
顔触れは、エイヴィス側が、エイヴィスと姪のメリーウェザー。エディス側が、 エディス(カオル) 、 キャン(レイコ) 、そしてファルセットの3人である。
初めは エディス(カオル) とファルセットのふたりで来る予定であったが、 キャン(レイコ) からの『もし何かあった場合、剣技による力押しのファルセットだけより、魔法で色々とできる私がいた方が 大事(おおごと) にならないように収められるよ』と言われ、3人となったのである。
お前だけじゃ不安だ、と言われたに等しいファルセットがむくれたが、文句を言うことはなかった。
その点だけは、昔のフランセットより聞き分けが良いようである。
「……自由巫女の、エディスです」
他のふたりは護衛役なので、紹介はない。そして話に口を出すこともない。
「この 度(たび) 、私が以前助けていただきましたダルセンさんの大事な取引相手であるエイヴィスさんの姪御さんが、古傷で不自由されているということを知りまして、最近力が強まりました、私の加護の力の練習台となっていただきたく……」
「「え?」」
エディスの『練習台』という言葉に、思わず驚きの声を漏らしたエイヴィスと姪のメリーウェザーであるが、エディスの笑顔に、すぐにそれは 名目(・・) であると気付いたようである。
女神の加護の力を利害関係のある相手のために使う、というのは、あまり外聞の良いことではないのだろうな、と考えて……。
「女神の御加護の力を訓練するための練習台となれるとは、光栄の至りでございます」
エイヴィスが言葉を発する前に、姪のメリーウェザーが、そう口にした。
まだ10歳そこそこに見えるのに、聡明、かつ胆力のある少女である。
見た目は、ふわふわとした可愛らしい少女なのであるが……。
そしてカオル達は3人共、そういう 心の強い少女(・・・・・・) が好きであった。
勿論、この少女が そういう少女(・・・・・・) であることは、『女神の眼』によって調査済みであった。
いくら自分達の作戦行動であるとはいえ、女神のお力によって救われるべき価値のない者には、その慈悲の力は行使されない。
それだけは、己のポリシーとして、しっかりと守るカオルであった。
「……良い覚悟です。では……」
そう言って席を立ち、椅子に座ったままのメリーウェザーへと歩み寄るエディス。
そしてその右足に、そっと触れ……。
「敬虔なるしもべに対し、慈悲の力を与え給え……。
オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!!」
* *
薬師如来の真言を唱えてみた。
病気の治癒や健康の維持、貧しい人々や心の苦しみを抱える人々への助けなどの、様々なご 利益(りやく) があるとされているものだ。
真言は翻訳すべきものじゃないけれど、概ねの意味は、『帰依し奉る、病魔を除きたまえ払いたまえ、センダリやマトーギの福の神を動かしたまえ、薬師仏よ』というような感じだ。
薬師如来が、異世界でも、そして異人種でもお救いくださるかどうかは分からないけれど、まぁ、セレスによる力は神仏とは関係のない、ただの超科学か何かだろうから、神様同士の力がバッティングして、とかいう心配はないだろう。
なので、見栄え重視で、適当でいいや。
……そして、メリーウェザーちゃんの胃袋の中に治癒ポーションを創り、更にスカートの下、右足の表面にも薄くポーションの膜を創る。
治癒に必要なのは、胃袋の中に創った方だけ。
右足の表面のは、ぽかぽかと温かくて、少しピリピリするという、『治っているという実感を与えるための、演出用』だ。
ありがたみを与えるためには、こういった演出が必要なんだよ、うん。
「足が……、足が、温かくて、ピリピリして、くすぐったいです……」
「メリーウェザー!!」
よしよし、計画通りに、それっぽい反応をしてくれているな。
本命の、胃袋の中に創った治癒ポーションで、既に足は完治しているはず……。
「お嬢さん、ちょっと歩いてみてくださいな」
「……え? は、はい……」
いくら足に少し不思議な感覚があったとしても、それ以上のことは何もない。
そう思っているのか、半信半疑、というような顔で、右足を少し 庇(かば) うようにして椅子から立ち上がり、……少し右足を 引(ひ) き 摺(ず) るようにして室内を歩く、お嬢ちゃん。
……って、あれ?
治っていない?
レイコもファルセットも、頭の上にはてなマークを浮かべているし、商会主さんは、何とも言えない微妙な表情だ。
……どうして……、って、そうか!
今まで、何年もそうやって歩いていたんだ。だから、そういう歩き方が身体に染み付いちゃっているんだ、多分……。
「違いますよ。……普通に。普通に歩いてください。
あ、お嬢さんにとっての、今までの『普通』じゃなくて、怪我をする前のように、 普通に歩く(・・・・・) 、ってことですよ」
「え……」
まあ、幼い頃から何年もそうやって歩いていたんだ、急にそんなことを言われても、戸惑うか。
それでも、意識して右足を伸ばし、普通に歩こうと努力し始めている様子。
そして……。
「……あれ?」
すた。
「あれれ?」
すたすた。
「あれれれれれれ?」
すたすたすたすた……。
「歩ける……。
伯父(おじ) 様(さま) 、私、……私、普通に歩ける……」
「メリーウェザー!」
たたたたたっ、と駆け寄って。
……そう、 駆け寄って(・・・・・) 、思わず椅子から立ち上がったエイヴィスに抱き付く、お嬢ちゃん。
「伯父様! 伯父様! 伯父様っ!!」
「メリーウェザー……」
お涙頂戴のシーンか……。
お嬢ちゃんの御両親がいれば、更に感動のシーンになったのだろうけど、……まぁ、一応は『秘密厳守』という建前だから、人数は最小限にしてもらったんだよね。
でないと、両親、兄弟姉妹、祖父母とか、どんどん増えちゃいそうだものね、立ち会い希望者。
ダルセンさんすら遠慮してもらったのだから、ま、御家族には後で喜んでもらえばいいよね。