作品タイトル不明
337 鳥と犬 3
「申し訳ありません! お待たせいたしました!」
うん、まあ、私より後に来た、つまり私を待たせた、というのは、この連中の立場上、とんでもなく無礼、かつ不敬な行為であり、脂汗ダラダラものの大失態なのだろう。
だから、本当ならばそれを察して、時間ぎりぎり、もしくは少し遅れて来てあげるのが妥当なのだろうけど、そんなことをすれば相手に準備や仕込みの時間を与えることになっちゃうから、1時間以上前に来て、怪しい連中が配置に就く、とかいうのがないか見張っていたのである。隅っこの、目立たない場所から。
そして30分前にいまの位置に移動して、連中がここへやってきた瞬間に互いを視認して、その後に手の者を分散配置できないようにしたのだ。
小娘ひとりと会うのに、6人は少し多すぎる。
会うのはひとりだけで、残りの5人は私に気付かれないように周りに配置するつもりだった?
それとも、6人掛かりで、有無を言わせず私を拠点に連れて行こうと考えていた?
ま、どちらにしても、私がそれに付き合ってあげる必要はない。
指をチョチョイと動かして、私の右前方、連中からは左後方になる位置にいるレイコに合図を送る。
事前の打ち合わせの通り、私達(ファルセットを含む)を遮音結界で包み、他の者には私達の会話が聞こえないように……。
「いえいえ、私が早く来すぎただけですので……」
私『達』ではなく、『私』と単数形で言ったけれど、果たして信じているかどうか……。
「立ち話をするわけにも参りませんので、どこか、近くの店にでも……」
連中のリーダーらしき者がそう言ったので、私の方から……。
「はい。では、予約しておいたお店に行きましょうか」
「え?」
私の言葉に、驚いたような顔をする、リーダーらしき男性。
……いや、ここまで慎重に準備しているんだ、相手側がどんな仕込みをしているか分からない、向こうが用意した店になんか行くはずがないよね。
なので、場所はちゃんとこちらで用意しておいた。
さすがに、いくら遮音結界で包み込んでいるとはいえ、こんな場所で立ち話をするような勇者じゃない。
さり気なくレイコの方に視線を向けると、……腕組みをしていた。『伏兵らしきターゲットなし』のサインだ。
んじゃ、行きますか……。
* *
あれから10分程歩き、予約していたお店に。
かなりの高級店である。
奥の個室を押さえてあるので、いつの間にか柄の悪い連中に囲まれて、とかいう心配はない。
他の客は、裕福な者達か、勤め先の経費で落とせる社用族とかであり、おかしな者は交じっていない。
高い料金は、料理のレベルだけではなく、居心地の良さと安全を買うための代金なのだ。
ここへ来るまでの間、尾行も伏兵もいなかった。なので、私達が店に入るのに続いて、ファルセットとレイコも入店し、ごく当然のような顔をして個室まで付いてきた。
予約していた部屋の席は、3人ずつが向かい合っての、6人掛け。
こっちが3人だし、向こうは2~3人くらいだろうと思っていたんだよ!
まあ、詰めれば片面4人は座れるし、側面にもひとりずつ座れるだろう。椅子さえ追加してもらえば……。
と思っていたら、席に着いたのはふたりだけで、あとの4人は警護のための位置についた。
……勿論、立ったままである。
どうやら、話し相手はふたりだけのようだ。
良かった。おっさん6人に囲むような位置取りをされると、圧迫感が半端ないからなぁ……。
「この度は、 拝謁(はいえつ) を賜り、恐悦至極に存じます……」
偉いらしき方が、そう言って頭を下げた。もうひとりの方も、それに合わせて、一緒に頭を下げる。
着席してからそうしたのは、立ったままだと目立ちすぎるからかな?
個室だけど、まだ注文前なので案内してくれた店員がいるからなぁ……。
そして、謁見ではなく、拝謁と来たか……。
でも、店員の前で、それはマズいでしょうが……。
「いや、話は注文してからで……」
そして、料理と飲み物を注文。
誰も、お酒を注文しない……。
いや、手間がかからず利益率が高いお酒を注文してあげないと、お店に悪いでしょうが!
……でも、護衛であるファルセットとレイコは勿論、向こう側も、女神か御使いである私と重要な話をするというのにお酒を飲んだりはしないよねぇ……。
申し訳ないから、高そうな果物のジュースを注文しておいた。レイコも、同じく。
ファルセットは、水。
何かあればすぐに剣を抜き放って斬り掛かれるようにと、飲食物を手にするつもりは皆無の模様。
向こう側もあまり飲食するつもりはないだろうけど、まぁ、場所代として程々のものは注文していた。
……客としての、当然の配慮だよねぇ……。
そして、向こうからの最初の挨拶で、高飛車な態度を取ったり無茶な要求をしたり、というつもりがなさそうだと思ったのか、ファルセットとレイコの緊張がやや緩んだような感じだ。
勿論、私も少し安心した。
もし相手に悪意があったとしても、正面切っての力押しじゃないということだ。
そして、私達は正面勝負も苦手じゃないけど、 搦(から) め手や暗躍は、もっと得意だ。
* *
……連中と話をしたところ、大きな問題はないと判明した。
別に何かを要求されるわけでもなく、無理矢理交流をねじ込まれるわけでもなく……。
あ、鳥と犬のことは頼まれた。
何でも、出発前にマリアルから説明を受けた後は、マリアルが事前に教え込んでいた簡単な合図……殺さずに捕獲、とか、全力で敵を殲滅、とか……以外は普通の犬と人間の間にある 絆(きずな) 以上の意思疎通の手段がないため、現状説明と、その後の犬軍と鳥軍の有効活用に御協力を、と言われたのだけど、まぁ、それくらいはいいだろう。
大きな邸を確保しているらしいので、中庭で通訳をしてやるくらいなら、大したことじゃない。
何でも、そいつらはあの時の犬や鳥たちの子孫らしい。
マリアルの領地であるレイフェル伯爵領には、あの時に手伝ってくれた犬や鳥達のための繁殖場があり、安全に出産や産卵、そして子育てができる上、一部のエリート達はレイフェル伯爵領軍の犬軍や鳥軍に入れるらしいのだ。
餌の心配がなく、怪我や病気の対処もしてくれ、働けなくなった場合は仔や若い連中の教育係や不寝番等の仕事をさせてもらえるらしい。
そして万一の時には、妻子の面倒もみてもらえる。
そんなわけで、とんでもない倍率らしいのだ、犬軍と鳥軍の入隊希望者数……。
あ。
リトルシルバー(うち) も、警備に犬や鳥を雇えばよかった!
警報装置だけじゃなく、実力で敵を排除する警備犬がいれば、安心感が全然違うよねぇ。
それに、動物達と触れ合うことは、子供達の情操教育にもいいだろう。
いや、動物としてはハングとバッドがいるけれど、アイツらはちょっと大きいからなぁ。もふもふしていないし、家の中には入れないし。
……ちょっと、考えてみるか?
「……というわけで、私共としましては、カオル様の平穏なご生活の邪魔をするつもりなど、毛頭なく……」
うんうん、分かってくれてるなぁ……。
「『女神の眼』の連中も、基本方針としましては同じだと思われます」
「え? アイツらも来るの?」
「既に来ております。拠点も構えておりますよ。カオル様との接触は、控えているようですが……。
我々も、犬軍と鳥軍のことがなければ、何か問題が発生するまでは接触を控えていたのですが。
そして、アリゴ帝国海軍と帝国の海運業者、海商達の合同隊も、来ております。
連中は、おそらくこの国での地歩固めが済めば、積極的に関わろうとしてくるかと……」
「何じゃ、そりゃあああああ〜〜!!」
愕然とする、私。
そして……。
「もう、『何かあった時のための、後ろ盾要員の準備』、要らないんじゃないの?」
レイコからの、無慈悲な言葉が……。