作品タイトル不明
326 神 殿 2
階下の騒ぎがなかなか終わらないと思っていたら、なんだか様子が……。
どうやら、神官達が強行突破に出たみたいだ。
さすがに、宿の人も神官を 力(ちから) 尽(ず) くで取り押さえたり排除したりはできないみたいだ。
……というか、そういう場合を想定していたのか、神官側が連れているのは腕っ節の強い連中なのかも。
宿の方も、タチの悪い客やこういうのに備えて警備員代わりのちょっと 強面(こわもて) の従業員がひとりふたりいるかもしれないけれど、別に傭兵やハンターを雇っているわけじゃないだろう。
神殿側には、荒事や非合法なことをやらせるための神官兵や陰の機関とかもあるだろうし。
……あるよね?
ほら、ヘルシング機関とか、イスカリオテ機関とか、ああいうやつだ。
日本でも、僧兵とかがいたしね。
宗教家が兵隊やってどうするよ……。
とにかく、宿の人達の制止を無理矢理振り切って階段を上がっているらしく、宿の人の必死の叫び声と階段を上がってくる音が聞こえてきた。
……これって、完全に不法侵入で、営業妨害じゃないの?
よし、そっちがそう来るならば……。
上着を脱いで、シャツのボタンを上からふたつ外して、肩を少し出して、と……。
そしていきなり、声掛けもなくドアが開けられた。
「巫女様、お話が……」
「きゃあああああああ〜〜!
着替えをしていたら、知らない男達が大勢部屋に押し入ってきましたあぁ!
強盗です! 誘拐犯です! 婦女暴行ですううぅ〜〜!!」
ドアを開けられた瞬間、思い切り大声で叫んでやった。詳しい状況説明付きで……。
「え? あ? あわわ!
いや、そんなつもりは! 我々は神殿の……」
「きゃあああ! 凶悪犯罪者達が、神殿の者だと名乗っていますぅ! 罪を神官様達に擦り付けようとしているのか、本当に神官様達が集団で野良巫女を襲おうとして宿屋の部屋に押し入ってきたのか、そのどちらなのかが非常に気になりますううぅ〜〜!!」
必死に叫んでいる割には、何だかやけに落ち着いている上、説明口調。
でも、そんなことを気にする者はいないだろう。
「い、いや、我々はそのようなことは! 落ち着いて! 静かにしてください!」
「嫌ああぁ! 静かにしろと命令されましたあぁ! 近付かないでええぇ!!」
相手の言うことは、一切聞かない。
ただ、いきなり襲われた恐怖に震えるだけで、相手とは会話しない。
これだと、向こうはどうしようもないだろう。
窓を開けた宿屋の2階で、若い女性のよく通る声で叫ぶと、当然ながらかなりの広範囲に声が届く。
そしてここは高級宿であり、それはすなわち、街の中心部にあるということである。
それが意味することは……。
「動くな! 不法侵入と婦女暴行の現行犯で、逮捕する!!」
そう怒鳴りながら、武装した男達が 雪崩(なだ) れ込んできた。
うん、警備隊の本部がすぐ近くにあるということだよね。
……いや、それにしても、ちょっと早すぎない?
まだ、最初に悲鳴を上げてから、30秒くらいしか経ってないぞ?
* *
「……では、 たまたまこの宿の隣に(・・・・・・・・・・) 、 警備隊詰所ができた(・・・・・・・・・) 、と……」
「はい。本部と詰所は役割が違いますので、迅速な出動のためには、いくら本部の近くであっても即応性に 勝(まさ) る詰所は必要であろう、ということになりまして……」
「おお、民のことを考慮した、素晴らしい施策です!」
驚いたことに、この宿の隣に、たまたま警備隊の詰所が新設されたばかりだったらしい。
そして、これが初出動だとか……。
詰所勤務の皆さん、張り切っていたわけだ。
神官達は、いつになく強硬な警備兵の皆さんの態度に驚いていたみたいだけど、着替えの最中に複数の男達に部屋に押し入られた、未成年に見える少女だぞ。神官だからといって大目にみてもらえる限度を完全に超えているだろうが……。
セレスの信徒は、セレスを敬っているのであって、別に神官を敬っているわけじゃない。
逆に、セレスの名の下に悪事を働く神官は、破戒神官であり、神敵だ。
罪を犯した警吏が普通より強く叩かれるのと同じで、神官もまた、こういう時にはバッシングが強くて当然だろう。
そして、普通であれば仲間の不祥事は隠蔽し揉み消すであろう神殿側も、ここまで大々的に騒がれちゃあ、もはや隠蔽は不可能だろう。
それも、いくら仲が良くないとはいえ、同じ女神セレスティーヌを信仰する同志であるはずの野良巫女、しかも未成年に見える年端もいかぬ少女がひとりで宿泊している宿の部屋へ無理矢理押し入ったとあっては……。
おまけに、私が割と金回りがいいということは、泊まっている宿のランクや、宝石の換金用に着替えていた服やアクセサリーで、宿の人やその他大勢に知られている。
なので、身体目当てかお金目当てか……。どちらにしても、連中が面識のない少女の部屋へ押し入った理由が犯罪目的であるということを覆せる説明のしようがないだろう。
私が旅の疲れで寝込んでおり見知らぬ者と会うことを断ったこと、宿の人の制止を振り切って押し入り、女性の部屋に声も掛けずに入り込んだことは、多くの人が証言してくれる。
これで、他の神官や神殿の手の者が接触してきても、大声で『ぎゃあああ! 神殿の手の者が私の口を塞ぎに来ましたああぁ〜〜!!』と叫べば大丈夫だ。今回の件を知っている者なら、誰もそれを疑うことはないだろう。
……いや、事実、本当に口封じに来る可能性があるからなぁ……。
神殿の連中は、不祥事を揉み消すためなら野良巫女の命なんか何とも思わないだろうからね。
しかし、お隣が警備隊詰所だというのは心強いな。
偶然とはいえ、良い宿を選んだものだ。
偉いぞ、数日前の私!!
* *
「ななな、何だとおおぉっ!!
王宮が必死になって囲い込もうとしている、御使い様である可能性がある少女に、神官達が自分を襲おうとしたと勘違いされた上、お迎えに送った者達が全員警備隊に捕縛されただとおっ!
い、いったい、どうしてそのようなことに!
……い、いや、それよりも、何とかせねば! 何とかせねばああぁっ!!」
* *
「神殿が 御(み) つか……、自由巫女の少女を襲っただとおっ!
ばっ、馬鹿者めがっっ! この大陸を海に沈めたいのかっ!
すっ、すぐに様子を見に行かせろ! もし巫女様がお怪我をなさっていたり、動転されていたり、怖がっておられたりした場合、直ちに護衛を派遣して、王宮へとお連れしろ!
……但し、あくまでも巫女様の御意思が最優先だ! 決して無理強いしてはならぬぞ、いいな!
調査に派遣するのは、お前が最も信頼する……、いや、お前自身が行け!
私は、私が最も信頼する者を行かせるべきだ。後悔はしたくないからな。
お前の判断に、多くの命が懸かっているということを忘れるな。
……行け!」
「はっ!」
未だかつて、このような重責を背負わされた者はいるまい。
財務大臣は、あまりにも大きな責任に顔を蒼くしながらも、力強い返事を残し、姿を消した。
「神殿に使いを出せ! そして、国王が『死にたくなければ、すぐに、今回の件を全て知っていて、ちゃんと説明できる者を連れて来い。神殿の意思決定権を持つ者も一緒にだ。そいつの馬鹿な言動のせいで自分達が皆殺しにされるのが嫌なら、頭の良い、まともなヤツを寄越せ。自分達の命を預けても後悔しないヤツをな』と言っていた、と伝えろ。急げ!」
「はっ!」
側に控えていた軍務大臣が、頭を下げた。
おそらく、部下を使いに出すのではなく、自分が行くのであろう。
先程の、国王と財務大臣の会話を聞いていたのである。馬鹿でなければ、そうするに違いない。
もし、部下を使いにやって、神殿側がまともに取り合わなければ。
自分から部下へ、そして部下から神殿側の取次ぎ役へ、そしてそれから上層部へという伝言ゲームの中で、もし言葉のニュアンスが微妙に変化し、陛下の意図が正確に伝わらなければ。
そう考えると、恐ろしくて、とても他の者に任せる勇気など出るはずがない。
そして、軍務大臣が走り去った。
重圧と恐怖に蒼ざめながらも、『自分がこの国を、いや、この大陸を護るのだ!』という使命感に、心を 滾(たぎ) らせながら……。