作品タイトル不明
302 迎 撃 5
「そ、それは……、私共としましては、喜んで買い取らせていただくお値段ですが、その……」
そう言って、ちらりとギルドマスターの方に視線を遣る、商人さん。
そりゃ、気を遣うか。商業ギルドとしては、面子丸潰れだもんねぇ。
「いえ、別に私は、一番高く買ってもらえるところに売りたいわけではないのです。
女神のしもべである巫女のひとりとして、私との取引で得られる利益は、同じく敬虔なる女神のしもべである、心正しき者の手に渡ることが望ましいですから……。
そうすれば、私がお売りした宝石による利益もまた、次の心正しき人へと渡り、その一部が 善(よ) き使い方をされ、善意の輪が広がってゆくことでしょう。
少なくともそれは、悪人の手に渡り、浪費や贅沢、次の悪事のための資金として使われたりするよりは、遥かに善きことですからね」
「……お、おお! そういうことであれば、喜んで!」
うん、こう言われて、断る商人はいないだろう。
特に、大きな利益が出ることが確実な取引であれば。
まるでギルドが悪人かのように言われた上、ほんの少しイロを付けた価格で買い取ることによって、それを私に対する謝罪の代わりとして今回の件を『終わったこと』にしたかったギルドマスターは渋い顔をしているけれど、文句は言えないだろう。事実、ギルド職員であったあの鑑定士は『悪人』だったわけだから……。
それに、あの提示価格で買い取っても、別にギルドが赤字になって損をするというわけじゃない。
利益が少し減るだけであって、しっかりと儲けは出るのだ。
……そんなことで、謝罪代わりにさせてやるものか。
「では、お話の続きは、商人さんのお店で……」
うん、私と商人さんの取引内容や以後の相談を、わざわざ商業ギルドに聞かせてやる必要はない。
聞き耳を立てている、他の商人達にもね。
なので、さっさと会議室から引き揚げる、私達。
そして、出入り口に向かってギルド内を通過しながら……。
「では、商業ギルドより信用できる商人さんには、以後も引き続き、ギルドの買い取り価格より安くお譲りしますね!」
大きな声でそう言った私に、商人さんは少し、……ほんの少し驚いた顔をした後……。
「それはありがたいですね! 引き続き、よろしくお願いいたします。はっはっは!」
……うん、上手く調子を合わせてくれた。
勿論、普通であればそんなことを大声で言うものじゃない。特に、大勢の商人がいるところでは。
なので、私が何らかの思惑があって、わざと言ったであろうことを瞬時に理解し、自分にとっては不利な情報公開であるにも拘らず、乗ってくれたというわけだ。
……さすが、デキる商人は、違うねぇ……。
これで、私が多少の売り値の違いより信用を重視すること、ギルドマスターの歓心を得ることよりも信用できる商人との取引を優先すること、そしてまだまだ売り物となる商品をたくさん持っているということが知れ渡ったわけだ。
そして、いくら神殿には所属していない野良だとはいえ、聖職者である巫女は、一応は丁重に扱われる。
一応、というのは、勿論、貴族や金持ちの多くは自分の方が聖職者などより偉いと思っているし、盗賊の中には平気で巫女を襲う者もいるからだ。
……勿論、貴族や金持ち、盗賊やチンピラ達の中にも、巫女には決して手出しせず、逆に困っている巫女を見つければ助けてくれることも、決してそう少ないわけじゃないらしい。
何せここは、『女神が実在する世界』なのだから……。
そしてそれは、今、 商業ギルド(ここ) にいる商人達も、同じだということだ。
私財を投げ打ち慈善活動を続ける、未成年の子供巫女。
高価な宝石を、それと承知で商業ギルドの買い取り価格より安く売ってくれる、カモネギ。
そしておそらく、実家が超 太い(・・) 。
これだけ条件が揃えば、もし何かあった場合、商人達は私の味方になってくれるに違いない。
……主に、私に恩を売って取り入るために。
代わりにギルドマスターを始めとするギルド職員とは少し縁が遠のくけれど、ギルド職員はただの雇われ人に過ぎない。私の味方をしたからといって、別に給料が増えるわけじゃないから、自分が危険を冒してまで味方をしてくれることはないだろう。
そして逆にそれは、ギルドが私から儲け損なったとしても、職員個人としては別に何も気にしない、ってことだ。
ただの従業員、勤め人に過ぎないのだから。
正義感の強い者なら、『困っている子供巫女を助ける』、という意味では、助力してくれる者もいるだろうけどね。
まぁ、ギルドマスターあたりは、『顔を潰された』とかで多少不愉快に思うかもしれないけれど、そうなった原因は職員の不正行為なのだから、上司の監督不行き届きで、自分のせいだ。
なので、せいぜいがぶつぶつと愚痴を溢すくらいで、嫌がらせをすることもないだろう。
そんなことをすれば、恥の上塗り。職員や商人達からの信用を失うだけだ。
ギルドマスターも、馬鹿じゃないのだ、そんな愚かな真似はするまい。
……同じギルドマスターでも、ハンターギルドとかだと、そういう馬鹿もいるかもしれないけれどね。
でも、デキる商人は、仕事と自分の個人的感情を混同したりはしない。
それは、3流以下の者がやることだ。
そういうわけで、商業ギルドは所掌業務以外のことに関しては毒にも薬にもならないけれど、商店の経営者となれば、金蔓との繋がりやコネのためなら、あまり自分が大きなリスクを負わない範囲であれば色々とやってくれるのだ。……今までの経験によると。
うん、リスクアンドリターンが読めないようじゃあ、一流の商人にはなれないよね。
* *
そして、やってきました、商人さんのお店! ……の、商談室。
小さなブースとかではなく、ちゃんとした応接室だ。
出されたお茶と茶菓子も、かなりいいやつだ。
……上客扱いかな。
さすがに、護衛である『灼熱の戦乙女』のみんなには、何も出されない。
……というか、相手側に出された飲食物を口にする護衛なんかいないか。
もし何か盛られて 不覚を取っ(護衛対象を殺され) たりすれば、その場を生き延びられたとしても、二度と彼女達を護衛に雇う者は現れないだろうからね。
私も雇わないよ、そんな間抜けで信用できない護衛なんか。
「では、先程のお話通り、金貨90枚でお買い上げいただけますか?」
「はい、当方といたしましては、願ってもないことですが……、本当によろしいので?
ギルドの買い取り価格は、商人ではない者が騙されることなくすぐに売却できるという利点がある反面、商人との間に挟まる以上、利益を上乗せする必要があるため、まともな商人ときちんとした商談をする場合に較べるとかなり低価格になります。それより安く、となりますと、私共としましては、些か心苦しく……。
それも、慈善活動にお使いになる資金となりますと……」
いや、そんなことは最初から分かってる。
「いえ、その『まともな商人』を探し当て、『きちんとした商談ができる』という難関に今から挑むくらいなら、商人さんに買っていただいた方が、ずっと安全で楽ちんですよ。そのためならば、売り値が数パーセント下がるくらい、大したことじゃありませんから。
それくらい、売り物の質を少し上げるか、数をひとつ増やせば済むことですよ」
「…………」
ありゃ、商人さん、言葉に詰まってるぞ。
まぁ、今の私の台詞は、私が個数なんか気にしないくらいたくさんの宝石を持っている、と受け取られてもおかしくないような言い方だったからなぁ……。
あ、売るのは別に宝石だけに限る必要はないか。
「巫女様、ひとつお願いがあるのですが……」
おや、商人さんからの、改まった顔での真剣なお願いと?
おかしなことを言い出すような人だとは思わないけれど、ちょっとお金持ちアピールが強すぎたかなぁ。
一体、何を言い出すのだろうか……。
「あの、お願いですから、そろそろ私の名前を覚えて、『商人さん』という呼び方をやめていただきたいのですが……」
「あ……」
うん、そりゃ、私が悪かった。
私って、以後も付き合いが続くと決定した人以外の、今回限りとか一時的な接触に過ぎない相手のことは、『商人さん』、『警備兵さん』とかいう認識であって、あんまり名前を覚えないんだよねぇ……。
相手にとっては、そりゃ面白くないだろう。
いや、ゴメン。