作品タイトル不明
300 迎 撃 3
「しっ、失礼致しました! こ、こちらへどうぞ!」
どうやら、個室へ通されるらしい。
……そりゃそうか。
受付嬢が席を立つと、後ろの方で事務仕事をしていた女性がさっと立ち上がり、空いた受付席に座った。ちゃんとそういう手順が確立されているのだろう。
どうやら、客を担当部署に引き渡すのではなく、最初に対応した者がそのまま接客を続けるというシステムらしい。
確かに、その方が引き継ぎの手間や伝達ミスとかがないし、客の方も相手がコロコロと変わるよりはやりやすいだろう。
と、まぁ、そういうわけで、ぞろぞろと個室へと移動する、受付嬢と私達。
そしてその一行に突き刺さる、他のギルド職員や居合わせた商人達の視線。
よしよし、計画通り……。
* *
「……では、お売りいただきます商品を確認させていただきます」
いつの間に連絡が行ったのか、個室には私達と受付嬢の他に、中年のおっさんがひとりやって来た。
……そりゃそうか。
若い受付嬢に、宝石の鑑定とかはできないよね。
専門の鑑定士が呼ばれるに決まってるよ。
では……。
「これなんですけど……」
ポシェットから取り出した、小さなジュエリーケースを差し出して、パカッとフタをあけた。
その中に並べられた、3個のやや小粒の宝石を見て、おや、というような顔をした鑑定士さん。
「拝見します」
そして白い手袋を嵌めた手で私からケースごと受け取り、鑑定用のルーペでじっくりと眺める。
「………………」
そして、じっくりと宝石を調べた後……。
「う~む、全部で金貨9枚……、いえ、初めてのお客様ですから、もう少し勉強させていただきまして、金貨9枚と小金貨6枚で……」
ふむ、1個あたり金貨3枚と小金貨2枚、日本円だと32万円相当か。
護衛料は既にハンターギルドに預託済みだから、これだけあれば、手持ちの現金と合わせて、全員分の10日間の食費と宿代には充分だ。
……しかし……。
「お邪魔しました。どうやら、御縁がなかったようで……。では、ごきげんよう……」
私はジュエリーケースを取り返し、フタを閉じると、そのまま椅子から立ち上がった。
そして 右肘(ひじ) を腰の辺りに当てて手の平だけを軽く振る、あの『お嬢様の挨拶』をやりながら、にこやかにそう告げた。
「じゃ、行きますよ、皆さん。換金は、次の町でします。客を騙して常識外れの安値で買い叩こうとする悪徳ギルドではなく、まともなところで……。
この町での買い取り相場に驚いたことを、しっかりとお話ししながらね……」
「「「「「了解です!」」」」」
うん、馬鹿じゃないんだから、相場くらいは調べてあるよ。
そして、この宝石はやや小さいけれど、傷ひとつなく、そしてカットと研磨の技術はここの技術水準を超えたシロモノだからねぇ……。
勿論、恭ちゃんの母艦の艦内工場製、人造宝石だ。
セレス達の倫理基準では、お金や有価証券とかの他者の信用を基としたものや、美術品とかの創作物を勝手に複製するのは完全にアウトだけど、宝石や貴金属とかの『ただの物質』を作るのは問題ないらしい。
こういう場合も想定して、『灼熱の戦乙女』には、事前に私の対応に応じた行動を何パターンか指示してあるため、戸惑うことなく迅速に動いてくれた。 如何(いか) にも『こういうことには慣れています』といった感じで……。
「……え? あ、いや、その、ちょ、ちょっと待って……」
慌てる鑑定士を無視して、さっさと個室から出た。
受付嬢は、いつの間にかいなくなっている。
そして……。
「あ~、客を舐めて、相場の1割くらいの買い取り価格を提示されちゃったよ! この町では、何も売らない方が良さそうだよね!」
「そうですわね。お隣の領主様なら、商業ギルドがこのような悪質なことをすることなど決してお許しになりませんから、隣の領地でお売りになった方がよろしいですわよ」
ギルド内を、イシュリスさんと大きな声でそう話しながら歩き、出入り口へと向かった。
そして、それを聞いてギョッとした顔をするギルド職員や、居合わせた商店の者達。
未成年の子供巫女と、おそらくこの町ではそこそこの知名度と信用があるであろう、女性のみの真面目な中堅パーティ。
共に、理由もなく他者を 貶(おとし) めるような嘘を吐くような者とは思えないし、また、人前でそんな嘘を吐く理由もない。
ならば……。
うん、職員も商店の者達も、ざわざわとしているな。
よし、ここで……、
「聖女様ではありませんか! どうなされたのですか?」
「あ、商人さん……」
兵士に殺されそうになった私を助けて、わざわざ引き返してこの町まで護衛に付き合ってくれた、あの商人さんだ。
よし、予定変更!
「……いえ、活動資金の補充をしようと思い、宝石をいくつか換金しようとしたのですが……。
なぜか相場の1割程度で買い取ろうとされてしまいまして……」
うん、正直に状況を説明した。
当初の計画より、商人さんに話を合わせた方が良さそうだ。
「なっ……。聖女様を騙し、搾取しようなどと! しかも、孤児院を支援なさるために私財を売り払い資金を作ろうとされている、浄財を……。
すみません、その宝石を、少し見せていただけますか?」
「あ、はい、どうぞ……」
ポシェットからジュエリーケースを取り出して商人さんに手渡すと、ポケットからルーペを取り出して、立ったままでそれを鑑定する商人さん。
そして……。
「これを、いくらで買うと言われました? 査定額は……」
「金貨9枚と小金貨6枚です」
「なっ……。
おい、ギルドマスターを呼べ! 査定したヤツは誰だ!!」
更にざわつきが大きくなる、ギルド内。
「……その必要はない」
あ、ここでその台詞を言うということは、この人がここのギルマスか……。
「話は聞いた。皆、会議室に来てくれ。査定した鑑定士のディールを連れて来い!」
まぁ、そうなるか……。
そしてギルマス(多分)の後ろには、さっきの受付嬢がいる。
いつの間にか姿が消えたと思っていたけれど、ギルドマスターを呼びに行ってくれていたのか。
……逃げたとか思っていて、ごめん……。
* *
「……で、これはどういうことですかな? 聖女様が慈善活動に使うために換金されようとした宝石を、相場の1割と査定して買い叩こうとした恥知らずにして神敵、女神に仇なす邪教組織のボス様?」
「なっ……」
酷(ひで) ぇ。
こんなことを言われれば、女神が実在する世界の者にとっては、耐えられないだろう。
会議室で皆が席に着いて、最初に放たれた商人さんの言葉に、ギルドマスターの顔が引き攣っている。
「……待て! 待て待て待て待て待て!! どうしてそんな話になる? うちが一体何をした?」
「聖女様を 謀(たばか) り、浄財となるべきお金を騙し取り、孤児達を救うべき慈善活動を妨害しようとした、というところですわね。
……万死に値しますわ」
「えええええええええ~~っっ!!」
……よし、イシュリスさん、いい仕事をしてくれる!
やはり、『灼熱の戦乙女』は、当たりだったなぁ……。