作品タイトル不明
285 クルト商会 6
「……だ、誰だ!」
「人呼んで、野良巫女仮面! ……じゃなくて!」
夜遅く診療所に忍び込んだところ、医師がひとりで何やら書き物をしていた。
医師はここに住んでいて、薬師か助手の人は通いらしい。
警備の者がいるわけもなく、夜間は医師ひとりだけ。妻子はいない模様。
……で、そっと背後に忍び寄って、肩をトントン、と軽く叩いたわけだ。
そりゃ、驚くか。
「あ、あなたは!! よかった、是非お会いしたいと思っていたのです! 昼間の、あの技は! あの、謎の力は!!」
振り返り、椅子を蹴り倒して立ち上がった医師に両肩を、思い切り掴まれた。
痛(いて) ぇよ!
セクハラだよ、コノヤロー!
セクシャル・ハラショーとは違うわっ!!
……いや、まあ、夜中に忍び込んで脅かしておいて、私に言えた義理じゃないか……。
「あれは、科学的な手法です。骨折を整復したり、傷口を圧迫して止血したり、縫い合わせたりするのと同じ、進歩した医学のひとつに過ぎません。決して、女神に祈って治してもらった、とかいうのじゃありませんよ。
……あれは、医学の何たるかを理解していない人に面倒な説明をしたり怪しまれたりしないようにとの配慮による、表向きの 言(い) い 訳(わけ) です。
そもそも、女神が、いちいち人間ひとりひとりの怪我を治して廻ったりはしませんよ。
世間には、怪我や病に苦しむ誠実で敬虔な女神のしもべがひとりもいないとでも?
怪我や病気を治すのに、女神は関係ありません。それは、人間の力で成すべきことです。
医師と薬師の、努力と研究と知識の共有によって……」
「おお! おおおおお!! よかった。よかった……。決して、腐れ神官共の言い分が正しくて、医学が女神の摂理に反する無駄なものだというわけではなかったのだ……」
あ、泣いてる。
悪かったよ……。
でも、私は決して嘘を吐いているわけじゃない。
セレスはここでは女神だと思われているけれど、実際には凄く進化しただけの、ただの高位生命体だ。人間のような身体を持っているわけじゃないだろうけど……。
そして私のポーション作製能力は、超々高度な科学力によるものであり、決して魔法じゃないし、女神の奇跡でもない。
人間には、絶対に真似ができないけどね!
……うん、科学力だ、科学力!
アレだ、『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』ってヤツ……。
ここで、私がこの世界の医学発達の芽を摘むわけにはいかない!
……でも、あの時、私は怪我人に触れてもいなかったなぁ。
そのあたり、この人はどう考えているのだろうか……。
いやいや、小さいことは、気にしない!
「……で、昼間のことは、内緒にして欲しいのですが……。
変に神殿勢力の評判が上がるのも面白くないですし、心正しき医師や薬師の株が下がるのも困りますから……」
「え? いえ、ならば本当のことを広めれば……」
うっ! 痛いところを……。
「いや、まだこの国には広まっていない技術ですから、それはちょっと……」
「いえいえ、だからこそ、これからその技術を広めねば! そのためには、是非この機会に……。
医学の進歩には、知識や技術の秘匿など、愚の骨頂! それらは皆で共有し、教え広め、皆が研究し先へと進まねば!!」
くそっ、正論だけに、反論できねぇ!
うむむ、こうなったら……。
「あれは、私の故国で発明された、他国には秘密の力! 他国の者に漏らせば、厳罰が……。
治癒に使うだけであれば問題ないのですが、方法は秘密です。
それは、あなた方、この国の者達で辿り着くべきもの。他者の物真似をして得たのでは、そこから先へと進むことはできません!」
「さっきと、言ってることが違う!!」
くそっ、騙されないか……。
仕方ない……。
「うるせぇよ! 女神の託宣だ、このヤロー! 絶対余所で喋るなよ! 助手か薬師の、もうひとりの方にも口止めしとけ!!」
よし、離脱!
* *
「……というように、ちゃんと口止めしてきたよ!」
『『……』』
「あれ、どうかした?」
『『…………』』
「あの……」
『『………………』』
『カオル、あなた……』
『何考えてるん?』
「あ、やっぱり……」
* *
「……というわけで、昨日のことは内密に……」
「分かりました。確かに、あのようなことが貴族や王族、そして神官達に知られたら、色々と良からぬことを考える者も現れるでしょうからね。
幸い、彼女の出身については私に小声で囁かれたのみ。他の者には聞こえていないでしょう。
ならば、もし誰かに聞かれても、彼女の『商会の関係者』というのが嘘であり、私達も正体を知らない、と言い張れますからね。あの時、明らかに私達は彼女と初対面だという反応をしていましたから、疑われることはないでしょう。
勿論、私共の方から誰かに対してこの話題を出すことはありません。 使用人(コーレイ) を助けてくださった方の恩人は、すなわち使用人の恩人であり、それは当商会の恩人ですから。
勿論、 使用人(コーレイ) にも再度しっかりと口止めをしておきます。
念の為、昨日のうちに、既に口止めはしてありますが……」
支店長の言葉に、副支店長もこくこくと頷いてくれている。さすが遣り手商人、分かってるなぁ。
よし、こっちは円満に説得完了!
今の私は、野良巫女エディスではなく商隊指揮官の姿だ。
そして、野良巫女エディスは私の知り合いであり、私が頼んで診療所へ行ってもらった、ということにしている。
……でないと、エディス登場の説明がつかないし、私から口止めする理由も説明がつかない。
まあとにかく、こっちはこれでひと安心!
「……でも、警備隊の方から話が広まるのではないですか? あのバカップルはともかく、上官の方はそれなりの報告を上げるのではないかと……。官僚組織ですからね、警備隊は。
あの上官の方がアレをどのように報告し、それを上の方がどう受け取り、信用するか、笑い飛ばすか……。
その者達が奇跡を信じるかどうか。部下の 戯言(たわごと) と一笑に付すかどうか。金儲けや利権の臭いを嗅ぎ付けるかどうか。情報を自分達だけで囲い込むか、更に上へと伝えるかどうか。
あまりにも不確定要素が多過ぎて、予想も付きませんが……」
「あ……。あああああああああ~~!!」
忘れてた。
バカップルは、何を言おうが『愛の奇跡』とか言ってる限り誰もまともに取り合わないだろうけど……。
警備隊の上官!
あああ、もう、口止めするには遅過ぎる!
というか、無関係の平民に口止めされたからといって、報告をしない警備隊の 上役(うわやく) はいないよ。たとえ『野良巫女エディス』本人が口止めしても、報告しないわけがない。
マズい。
レイコと恭ちゃんに、怒られる……。