作品タイトル不明
255 思わぬ敵 1
「カオルさん、すみません!」
「え、何? どうしたの?」
ある日、『リトルシルバー』に支店長さんがやってきた。
……そして、顔色が良くない。
悪い話かな……。
「とりあえず、中へ……」
そして、子供達に紅茶と茶菓子の準備を頼んだ。
うん、将来メイドさんやウエイトレスにもなれるよう、色々な技術や接客術も仕込んでる。
他にも、料理やら洗濯やら裁縫やら、色々と。
子供達の将来のためだ。
……一番の目的は、私達が楽をできるように、だけどね。
いや、ちゃんと給金を払って雇っているんだから、問題はない。別に、虐待や無賃で働かせているわけじゃない。
今は、レイコと恭ちゃんは出張中。ここにいる大人勢は、私だけだ。
子供達は、ミーネが接客係としてお茶を出してくれた後は部屋の外で待機、他の者は干物作りをやっている。
ミーネが淹れてくれた紅茶をひとくち飲んで、やや落ち着いた様子の支店長さん。
あ、私達はいつも『支店長さん』と呼んでいるけれど、正式な肩書きは『レリナス商会ターヴォラス支店、支店長のムーノさん』だ。
レリナス商会は、王都に本店を持つ、この国で4~5番目くらいの大店らしい。
何でも、上の3店は『3大商家』と呼ばれているらしく、4番手以下とは一線を画すらしい。
つまり、先頭集団を追う第二グループの一員、というわけだ。
「……で、どうしたんですか?」
私がそう尋ねると、ムーノさんはテーブルに付けんばかりに頭を下げて……。
「うちの商会主……、ドレイン様が、『リトルシルバー』から卸していただいております商品の独占販売を企み、何やらやらかしそうなのです……」
「えええええっ! だって、今現在、王都での販売はムーノさんのところ……、レリナス商会の王都本店に全てお任せしていますよね? もう、独占販売してるじゃないですか!」
そう、面倒事を避けるのと、雑事を減らすために、王都に関しては領主様がこの街の支店を介してレリナス商会に全部纏めて卸しているんだよね。
だから、さっきムーノさんがうちから卸してもらっている、って言ったけど、形式上というか、正しく言うと、あれは『ここの領主様から卸していただいている』だ。うちの名は、表には出していない。
「そ、それが、商会長はそれだけでは飽き足らず、この領や周辺領、近傍の他国の街とかに売っている分も全て買い上げて王都へ、つまりレリナス商会本店へ送らせようとしているようで……」
「あ~、強欲系かぁ……。でもそれ、私達が絶対認めない、って懇談会で言ったよね? そこは、ムーノさんが支店長としてちゃんと防波堤になってくれるはずじゃあ……」
うん、そういう場合の対処は、しっかりお願いしておいたはずだ。
「はい、勿論、私が支店長として力の限り防波堤となるお約束をしまして、全力でその任に当たるつもりでした。
しかし……」
「しかし?」
「私、支店長の任を解かれ、 平社員(ひらしゃいん) になってしまいました……」
「な、何だってえええぇ~~!!」
支店長代理とか、番頭とかですらなく、ひ、平社員! まさかの、手代か丁稚並み……。
「ムーノさん、いったい何をしでかして……、いるはずがないよねぇ。
王都から新しい支店長が手下を連れてやってきて、手柄を丸々独占、ってわけか……」
「あはは……」
力なく笑う、ムーノさん。
うん、これは、笑うしかないよねえ……。
「独占を企むにしても、ムーノさんに指示すればいいんじゃないの?
まあ、ムーノさんがそれを受け入れるかどうかは別にして、一応はそう命じるもんでしょ?
でも、今まで私に何の相談もなくて、今、急にこんな話を持ってきたということは……」
「はい、御推察の通り、これが最初の指示です。……つまり、問答無用で手柄は全て新支店長のもの、というわけですね。
商品の独占、というのも勿論大きな目的でしょうけど、それと同じくらい重要な目的が、新支店長に手柄を立てさせる、ということなのでしょう。
まあ、理由は簡単に推察できますが……」
「……そこ、詳しく!!」
うん、舐めた真似をしてくれる相手には、その目的を完膚無きまでに叩き潰してあげて、更に追加で大損させてあげて、そして無能っぷりを大々的に公表してあげるのが、商人の 嗜(たしな) みだ。
商売人の庭に集う商人たちが、今日も恵比寿様のような無垢な笑顔で、商家の門をくぐり抜けていく。
汚れに満ちた心身を包むのは、深い色の衣服。
懐の巾着袋の中身は減らさないように、大福帳は翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、赤字を出して走り去るなどといった、はしたない商人など存在していようはずもない。
リトルシルバー。
ここは、地獄の一丁目。
……って、うるさいわ!
* *
「……なるほど、分かりやすい!」
そう、ムーノさんの話は、あまりにも分かりやすかった。
大店の跡取りが、隣国の大店の娘と政略結婚。
互いに愛情などなく、あくまでも互いの店との繋がりを強化し、裏切りの目を潰すためのもの。
そして当然の如く登場する、愛人……ではなく、妾というか、第二夫人というか……。
愛人のような、何の権利もない使い捨て要員ではなく、ちゃんと正妻に立場を認められ、生活費の支給と子供の認知、そして子供にはお家の継承権もある、きちんとした身分を保証されている女性である。
本宅で、正妻やその子供達と一緒に暮らし、正妻と共同で子育てをすることもあるとか……。
で……。
長男:正妻(隣国の大店の長女)の子。真面目。真っ当な商人になりそう。
次男:第二夫人の子。要領が良く、そこそこ頭が回る。……悪賢い、という方向で。女癖が悪く、女性従業員や、男性従業員の妻や娘にも手を出す。悪事も気にしない。
……そして当然起こる、後継者争い。
普通であれば、正妻の子である長男が継ぐのが当たり前だろう。
しかし、長男は先代に強制されての意に染まぬ政略結婚により、渋々迎えた正妻との子。
次男は、正妻との結婚より前から交際していた、真に愛する女性との子。
そう、商会主は、次男に跡を継がせたいのである。
しかし、そんなことを正妻やその実家が認めるはずがない。
だが、従業員達の多くは、善人で真面目な長男では大店を支えるには不適であると考えたり、商会主の意を汲んだりして、次男を擁立することに肯定的な者が多い。
……そう、レリナス商会は、勿論大半の大店の例に漏れず、裏ではあくどいことや非合法スレスレ……ではなく、明らかに『一線を大股で 跨(また) いで、向こう側に越えちゃってる』こともやっている。
もし『真面目な、良い子ちゃん』が商会主になれば……。
うん、危機感を覚える従業員がいるのは、不思議じゃない。
そういうのとは関係ない、下っ端の従業員なら歓迎してくれるかもしれないけれど、上の方や、悪事に荷担して分け前を貰っている者、賄賂や汚職、不正行為に手を染めている者とかは、自分の住処としては『清らかな水』ではなく、濁った水を好むだろう。
……で、支店長としてやってくるのは、勿論次男の方だ。
普通であれば、地方都市の支店長は『出世の前の、箔付けのための腰掛け』……指揮官としての経験と実績作り……か、邪魔者、煙たい者の左遷先である。
そして、今回は勿論、前者である。
次男に大きな功績を挙げさせて、その後長男を嵌めて大きな失策を犯させ、そして次男にどこかの大店の娘と婚約でもさせれば、さすがに妻の実家も文句は言えまい、とでも考えているのであろう。
……うん、まあ、そういうことか……。
あ、あと、娘が合計3人いるらしいけれど、そっちは跡継ぎ問題には関係ないらしい。
「そういうわけで、誠に遺憾ながら、お約束を果たせそうになく……。
申し訳ありません。どうか、お許しを……」
そう言って頭を下げるムーノさん。
ま、別にムーノさんが悪いわけじゃない。ムーノさんが嘘を吐いたわけでも、私達を裏切ったわけでもない。
だから、私の返事は、当然……。
「い~や、許さん!」
これしかないよねえ。
「えええええ!」
そして、驚愕に目を剥くムーノさん。
いや、何をやっても謝れば済む、ってわけじゃないよ。
それを、今からじっくりと説明してあげなきゃね。