軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22 神殿

バルモア王国神殿。

通常は、ただ『神殿』とのみ呼ばれる。神は女神セレスティーヌ唯一神であるため、誰を祭っているかなど、わざわざ名前を冠して示す必要などないからである。もし細かな教義の違いで他国の宗派と区別する時は、『女神正教正統原理派』と名乗る。

王国での最上位者はソルニエ大司教。その下に数名の司教、更に司祭、神官長、神官、修道士と続く。地方の神殿には神官長以下の者が数名常駐し、司祭以上は通常は王都の大神殿に勤める。

これらの位階に男女の別はないが、これらとは別にある『巫女』だけは女性のみである。祭られているのが女神なので『神の嫁』という意味はないが、女神セレスティーヌは少女の姿であり、また、時たま少女に話しかけることがあったため、女神との接点として少女を擁する必要があったためである。

女神と接触があった巫女は、結婚したり歳を取ったりしてもその称号は保持される。

大司教以上の位階、枢機卿と教皇は、宗教国家であるルエダ聖国にのみ存在する。

聖国以外の国としては、何かあった時に聖国が教皇の名で宗教的な指示を出すのではないかと警戒し、自国の神殿との関係を弱めようと努力しているが、あまりうまく行ってはいない。そのため、自国の神殿勢力自体が国政には口出ししないよう、そしてあくまでも王の下位に位置づけるよう腐心していた。

女神セレスティーヌは少女の姿をとり、数年から数十年の間隔でその姿を現し人々に危険を知らせるべく神託をお与えになる。

しかしここ50年以上の間、神託は無く、神殿に勤務する者の大半は既に女神の降臨を体験していない世代となっていた。しだいに真摯な信仰心は薄れ、神殿の仕事はただの金儲けの手段と化し、腐敗が蔓延っていった。

神殿関係者は、女神が既に50年以上も姿を見せていない事、それ以降にルエダ聖国の教皇から発表された神託はいずれも聖国の大神殿が勝手に作ったものだと知っていること等から、少々のことでは女神による神罰はない、女神は自分達が布教するためなら色々と自由にやってもお怒りにはならない、と決めつけていた。

そして、まだ庶民の方が信仰心が遥かに篤い、という状態に陥っていたのであった。

サラザン司教。彼もまた、女神降臨をその眼で見たことはなく、上位に登ったその位階は、ただ豊かな生活のために活用すべきものに過ぎなかった。

優しそうな少女の姿である女神の絵姿も、サラザンに『女神は温厚であり、恐ろしいものではない』と思わせる一因となっていた。

「御使い様、だと?」

サラザン司教は、配下の神官長を通じて得た、下級貴族からの情報に眉を寄せた。

「は、はい、複数の貴族が、奇跡を見た、と……」

馬鹿馬鹿しい。過去の記録では、女神はいつも直接神託を下している。御使いなどという仲介者を介したことなど一度もない。各国の大神殿に同時に現れて、巫女や神官に直接告げるのだ。それも、最後の神託から既に53年。

どこかの小娘が、偶然を利用したか、何かの仕掛けを使ってうまく貴族に取り入ったか……。

いや、しかし待てよ。

御使いとやらが本物であろうがなかろうが、関係ないのでは?

本人がそう称し、貴族連中がそれを信じているのであれば、ただそれをうまく利用さえすれば……。

なに、偽物とばれても、本人が御使いだと主張して皆を騙したのだ、こちらも騙されただけの被害者だ、女神様の御使いを名乗る者を疑うわけには行かなかったのだ、と主張すれば問題あるまい。それまでに存分に利用してたっぷりと儲けさせて貰えれば……。

幸い、まだ大司教様や他の司教達には話は流れていない。自分が最初にその小娘と話し、うまく小娘の世話役となれれば。

貴族からの情報には、王宮が調べた娘の居場所も含まれていた。王宮内部にも、信仰篤き者はいるのである。

「ドルン司祭を呼べ」

サラザン司教は、聖職者らしからぬ下品な嗤いを浮かべて神官長に命じた。

カオルが城門で追い返された翌日。

工房の入り口前を掃除していると、なにやら豪華そうな馬車が来た。

そして、窓が開き、中から声が…。

「マイヤール工房というのはここか」

(あ、何か、嫌な予感が……)

カオルは箒を動かす手を止めて、がっくりと項垂れた。

「はい、ここがマイヤール工房で、私がカオルです」

面倒なので、カオルは会話のやり取りを1回分省略した。

カオルの返答を聞くと、男は馬車から降りてきた。

その50歳台くらいの男はでっぷりと太り、豪華そうな衣服を身につけていた。しかし、貴族らしい服装ではない。

「大神殿の司祭、ドルンである。司教様がお呼びだ、来い!」

(あ、やっぱり……)

サラザン司教に命じられてカオルを連れに来たドルン司祭もまた、サラザン司教の同類であった。サラザンから『御使い様を連れてこい』と言われた時点で、概ねサラザンと同じようなことを考えていた。当然、サラザンの派閥の者なので、お零れに与る気満々であった。

サラザン同様、カオルが本物の御使い様だとは思っていないので、敬意の欠片もない。そもそも、サラザンからの命令が『お連れしろ』ではなく『連れてこい』であるから、何をか言わんや、である。

「お断りします」

「え……」

カオルの返答に、ドルンは一瞬何を言われたのか分からなかった。

なにしろ、司祭様の言葉に逆らう平民など、想定の範囲外であったので。

しだいにカオルの言葉が理解されていくにつれ、顔が赤くなっていくドルン司祭。

「な、なに、何を言っておるかぁっ! 司教様の御命令であるぞ! そ、それを……」

「え、だって私、この国の者じゃありませんから。自分の国のならともかく、宗派も違う他国の神殿の人の言うことに従う義理はないと思いますけど。

それに、聖職者の人は、人に命令したりしないんじゃないですか、普通」

「な、な……」

カオルの言葉に激昂し、言葉を詰まらせるドルン。

何事かと、人々が集まり始める。

そこに放たれる、カオルの追撃。

「嫌がる女の子を無理矢理神殿の奥に連れ込もうなんて、何をしようとしているのやら…。『そしてその後、その少女の姿を見た者は誰もいなかった』とか、『翌日、弄ばれた少女の変わり果てた死体が川岸に…』とか、勘弁して下さいよ」

「き、きき、貴様……」

真っ赤になったドルンは、ようやくのことで声を絞り出した。

「貴様、神罰が恐ろしくはないのかあぁっ! 女神様のお怒りが……」

「神罰? 神罰って…」

カオルはにっこりと微笑んだ。

「こういうヤツのことかな?」

どおぉ~ん!

馬車の屋根が、爆発音と共に吹き飛んだ。

上から屋根に落ちてきた、『ニトログリセリンのようなもの』の爆発によって。

「ひ、ひぃっ!」

へたり込むドルン。

馬車馬も座り込み、御者は逃げ出した。供の者2名は、ドルンの後ろで呆然と立っている。

ポン! ポン! ポン!!

へたり込んだドルンの周りで立て続けに起こる小爆発。

「女神様がお怒りなのは、誰に対して、かな? 神罰が落ちるのは、誰に、かな?」

「ひいぃぃぃぃ~~っっ!!」

必死で立ち上がり、一目散に逃げ出すドルン。

供の者も、あわてて後を追う。

そして、噂が急速に広まっていった。

『大神殿の司祭が御使い様を拉致しようとして女神様の怒りに触れた』、『大神殿が御使い様を侮辱して神罰が落ちた』と……。

「国王、大変です! 神殿が御使い様に手を出し、神罰が!!」

「な、何だとぉ!!」

カオルの護衛、というか、監視のために張り込ませていた者からの急報に、若き国王セルジュは驚愕した。

(神罰! 数百年前に、女神セレスティーヌの怒りに触れて、ある国が壊滅したという……、ま、まずい!!)

「に、兄さん、どうしよう!」

普段はしっかりと国王を務めているのだが、追い詰められた時にはつい兄に頼ってしまう癖が抜けない、国王セルジュであった。

「落ち着け、セルジュ! とにかく、御使い様を確保し、保護しなきゃならん!

いいか、御使い様が言っていたというのは、正確には『この王城にははいらないし、この国の王族の人や貴族の偉い人の言うことは聞きません』との事だったな、子爵や門番から聞いた限りでは。

だから、つまり、『王城ではない場所で、貴族の偉くない人の言うこと』ならば問題ない、ということだ。そして、『言うことは聞かない』というのは、言いなりにはならない、ということであって、話し合いが出来ない、という意味ではない!」

「さすが兄さん! すぐ、全然偉くない貴族を派遣します!」

「あ、あぁ……」

(少しは言い方に気を付けような、セルジュ。いくら国王とは言え……)

王兄ロランドは、少し口元を引き攣らせた。

「……で、私をお呼びになったと?」

「そうだ。御使い様と縁があり、全然偉くない貴族と考えたら、リオタール子爵、貴公しか思い浮かばなくてな」

「はぁ………」

おや? あれはドルン司祭では?

珍しい。あまりお勤めには熱心ではなく、貴族や大商人の相手ばかりしたがるあのドルン司祭が、ああも熱心に祈りを捧げ続けるとは……。

たまたま礼拝堂に立ち寄ったソルニエ大司教は、真面目にお勤めに励むドルン司祭の姿を見て、うんうんと頷いた。

…しかし、よく見ると、何だか様子がおかしい。

敬虔な祈りを捧げている、というよりは、何か、鬼気迫るというか、恐怖に駆られているというか、眼が血走っているというか……。明らかに、尋常ではない雰囲気であった。

「ドルン司祭、どうしました?」

大司教の姿に気付くと、ドルン司祭はその膝に縋り付いた。

「だ、大司教様! わ、私は、とんでもない事を!!」

そして語られる、事の次第。

驚愕し、蒼白になる大司教。

「す、すぐにお迎えに行かねば! ペリエ司教を呼びなさい、大至急です!」

その頃サラザン司教は、ドルン司祭の帰りが少し遅いな、とは思っていたものの、娘が神殿にあがるために身支度に時間をかけているのだろうと、あまり気にはしていなかった。