軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 商会主

「ど、どうしてカオルちゃんが…」

眼を見開くヨハン。

「いや、娘さんの病気を治してあげようかな、と……」

「え…、それって、まさか、カオルちゃんが、女神様、の、御つか、い……」

さすが、情報の価値を知る商人。まだそうは広まっていないはずの噂をちゃんと掴んでいたようだ。

「ま、そんなとこ」

絶句するヨハン。ぽかんとしている妻と息子。

もういいや、と、カオルは仮面を外した。

「これを飲ませて」

カオルが差し出した小さな瓶を、震える手で受け取るヨハン。

溢さぬよう細心の注意を払い、ベッドに横たわる少女の口へと注ぎ込んでいく。

苦しげであった少女の顔がしだいに穏やかになり、その頬に僅かに赤みが差す。そして呼吸が楽そうに、安定したものとなった。

「「「おお……」」」

ヨハン夫婦とその息子、そして案内してくれた女性から声が漏れた。

回復した。皆がそう思った。

「なぜ、私達などに女神様の祝福を……」

震える声で、カオルに訊ねるヨハン。

「商人さんには色々とお世話になったし。それに、知ってるよ。貧民区で炊き出しとかやってるって」

「おお、おおおおおぉぉ………」

泣いた。

己の今までの行為が、娘の命として返って来たのかと。

照れ隠しに毒づいたりもしたが、女神様は、ちゃんと分かっていて下さったのかと。

自分が、自分の信念が娘を救ったのかと。

「ありがとうございます、御使い様…」

「いやだなぁ、カオル、でいいですよ、商人さん。前のように」

「しかし……、あぁ、そうですね、その方が良いでしょう、確かに」

さすがやり手商人、理解が速い。

「で、供物の方は、如何致しましょうか」

実はカオル、治した相手からは供物を貰っていた。

別に、貧乏な者からお金を巻き上げている訳ではない。感謝の気持ちを受け取る、ということで、台所にあった大根1本とか、子供が作った木彫りのお守りとかを貰っているのだ。ある母娘のところでは、本当に何もなかったので、『癒しの力の補充』と称して幼女をスリスリし、逆に銀貨を20枚ほど置いて帰った。

しかしこれは、『いつか、貴族や金持ちを相手にする時のための仕込み』でもあったのだ。それまで無償であったものが、金持ち相手だと突然金品を要求、というのでは格好がつかない。そのため、『その者に出来る範囲で、感謝の品を渡す』というパターンにしたのであった。

「う~ん…、どうしようかなぁ……。

あ、そうだ!」

良いタイミングかも知れない。そろそろ必要になるだろう。

「何か、着るものを貰えませんか。貴族のところへ着て行けるような…」

さすがに、そろそろあのお古では厳しくなって来るだろう。

「ははっ、このヨハン・アビリ、アビリ商会の総力を挙げて!!」

「いやいや、そこまで気合い入れなくていいですから!」

別室で、案内してくれた年配の女性に採寸して貰うことになった。

「頼んだぞ、アメリー!」

「はっ、この命に代えましても!!」

いや、だから、そこまで気合い入れなくても……。

その後、商人さんは馬車の時のような口調に戻してくれた。やれやれ。

あ、そろそろ名前を覚えよう。え~と、ヨハンさん、ね。

アビリ商会訪問から2週間後。

朝から、アシルさんの様子がおかしい。

カオルの方をちらちら見ては、目を逸らせたり、溜め息を吐いたり。

(これは、惚れられたか?)

カオルがそう思うのも無理はない。明らかに挙動不審であった。

カオルは、料理は工房の皆から絶賛であったし、皆のだらしない生活状況にも理解がある。研究にも興味があるようで、よく作業を眺めている。他の女性のような批判がましい態度は全くないのである。確かに、貧乏研究者の嫁としては、これ以上ない理想の女性であった。可愛いし。

年齢など、あと3年ほど待てば良い。それまでも、婚約者として身の回りの世話をして貰えば良いのだし。

しかし、カオルはここの者から見た外見11~12歳、本人認識15歳。まだ結婚相手を決めるには少し早いと思っている。

アシルは貴族とは言え爵位は継げない。普通なら騎士か官僚あたりを目指すものだが、アシルにその気は無さそうだ。

アシルは良い人だとは思う。しかし、夫として生涯を共にする相手としては、ちょっと………。

ふたりで小さな技術工房を持って、子供をたくさんつくって、っていう小さな幸せも悪くはないけど、何か、もっとやりたいことが……。

「カオルちゃん、ちょっといいかな…」

「は、はいっ!」

遂に来たぁ!

「じつは、カオルちゃんに頼みたいことがあるんだ」

「はい…」

思い詰めたような顔のアシル。

「カオルちゃん、あの、その、僕の婚約者になってくれないかな?」

やっぱりぃ~!

動揺するカオル。後ろで、手にしていた工具を取り落とす、ブライアン16歳とアルバン19歳。

え、まさかあなたたちも? もしかして、モテ期到来??

「1日だけ!」

そうですよね~。

で、謝罪と説明を要求した。謝罪は、変に気を持たせておいてガッカリさせたことに対してである。いや、別に期待したわけじゃないし! 断るつもりだったし!

ただ、何か少し悔しかっただけである。

アシルの説明によると、10日後に、アシルの兄であり跡取りである長兄のセドリックの誕生パーティーが開かれるらしい。これは、セドリックの結婚相手を探すという意味合いのあるものだとか。

セドリックには子供の頃からの婚約者がいたのだが、2年前に病で亡くなってしまい、ようやくその悲しみから抜け出したのでそろそろ、ということらしい。

最近、なぜか隣国から急に広まった『嫁に行くなら、子爵家の跡取りに!』という風潮で、このパーティーには貴族や裕福な商家の娘等、多くの令嬢が詰め掛けるという。格上の伯爵家、下手をすると侯爵家の三女、四女とかも来る可能性があるとか。

(どうして、突然そんなブームが……)

カオルは、自分のしでかしたことを忘れていた。

そしてアシルの父は、もし運が良ければアシルにも男爵家の三女とか商家の娘とかの相手が見つかるかも知れないとの期待を抱き、アシルに必ず出席するよう厳命したらしい。(次男は既に婚約済みらしい。)

アシルも、きちんと身嗜みを整えて立派な服を着れば、中々の見栄えではあるのだ、あながち無理とも言えない。平民である商家の者にとっては、自分の家系に貴族の血がはいり、貴族の親族になれるという意味は大きいのである。

今まで自由にさせてきて貰ったが、さすがにそろそろ心配になってきたらしい両親の指示に、アシルも、今回はさすがに出席を断れそうにない。

しかし、まだまだ研究が楽しくて、今はまだ結婚する気はない。結婚などすれば当分は研究どころではなくなるのは分かり切っている。

…そこで、カオルの出番である。

「お願いだ、パーティーの時だけ、婚約者の振りをしてくれ! それで、この危機を乗り越える!」

呆れるカオル。

「でも、平民ですよ、私…」

「僕も大して変わらないよ、下級貴族の三男なんて…。それに、カオルちゃんなら両親も文句は言わないよ、絶対!」

「え~」

「お願い! 失敗しても文句は言わないから! 助けると思って!!」

しばらく押し問答が続いたが、結局、根負けしたカオルが頼みをきくこととなった。

カオルは、ドレス一式は用意すると言うアシルの申し出を断った。ドレスにはアテがある、と言って。

アシルは不思議そうな顔をしたが、絶対にすっぽかしはしない、女神様に誓って、というカオルの言葉に、ようやく納得してくれた。

そして、カオルはひとつの条件を付けた。それは、『婚約者ではなく、アシルが現在アプローチ中の女性、ということにして欲しい』ということであった。

いや、婚約者とか広まったら、後々の婚活に影響するかも知れないから。婚約破棄された女、とかになっちゃうと。

超重要なことなので、ここは絶対に譲れない!

アシルは、何か、少しがっかりしたような顔をしたが、そうだよね、と言って了承してくれた。

あとは、実家に手配して招待状を用意してくれるらしい。

うん、多分これが、いつか訪れるだろうと私が待っていた、『機会』だろう。

よし、討って出る!!

カオルは、アシルにパーティーのことについて色々と質問した。また、リオタール家のこと、兄セドリックのこと、使用人のこと、子爵家に関わるエピソード、もう何でも聞いた。

作戦を立てるには、情報が必要である。

「こんにちは。ヨハンさん、おられますか」

商会主を名前呼びする少女に驚く店員に、カオルは告げる。

「ヨハンさんに、カオルが来た、とお伝え願えませんか」

どこかの下働きのような格好の少女の言葉になぜか逆らうことが出来ず、店員は商会主に伝言を伝えるべく奥へと向かった。商店主が追い払うように言ったならば追い払えば良いのだ。ただ、自分の判断でそうしてはいけないような気がした。商売人にとって、カンは大事にすべきことである。

「よく来てくれたね、カオルちゃん! さ、奥へおいで。お茶とお菓子でもどうだい!」

良かった、口調は普通だ。

安心するカオルの後ろで、店員もまた安心していた。良かった、自分のカンは正しかった、と。

「うん、ドレスと靴、その他一通りの用意は出来てるよ。で、いよいよかい?」

さすがヨハンさん。察しがいい。

「9日後の子爵家のパーティーに出ます。ここで着替えさせて下さい。それと、馬車の用意をお願いできますか」

「任せてくれ! あと、面白そうだから私も行くよ。勿論、別の馬車で知らない振りをして、だけどね」

え~

「でも、招待状は……」

「何を言ってるのかな? 私は大店の商会主で、しかも年頃の娘を持つ身だよ、伯爵家からでも招待が来るよ。もし向こうが遠慮して招待状を寄越さなかったとしても、出たいと言えば家令あたりが招待状を持って飛んでくるさ。

幸い、御使い様のおかげで娘の病も完治したことだしね。社交界に復帰する良い機会だ。

9日後、と言えば、リオタール家の誕生パーティーだね」

さすが、商会主。

「あ、アクセサリーの類はこっちで用意するので不要です」

「え?」