軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113 復讐の弾道 6

(馬も犬もカラスも、何も喋っていない。そして、本当のことなど誰にも分からない。

しかし、マリアルは今の言葉だけで、事実を『創った』。 最早(もはや) 、マリアルの言葉を信じない者、そしてアラゴンの言うことに耳を傾ける者はいるまい……)

マスリウス伯爵は、マリアルのあまりの手際の良さに驚いていた。

確かに聡明な娘ではあったが、それはあくまでも『普通の貴族の娘』としての範囲内でのことであり、乗馬に……、『馬に乗った兵士』ではなく、『馬自身』に……女神との繋ぎをつけさせるとは、思いもしなかった。

というか、普通は思い付かないであろうし、そもそもそれが可能とも思えない。

もしそんなことを予見している者がいれば、それはまともな者ではない。たとえその予見が適中しようとも、である。

(私が思っていたよりも、マリアルはずっと……、いやいやいやいや!)

慌てて頭を振る、マスリウス伯爵。

いくら聡明であろうとも、普通の人間に女神と繋ぎをつけられるわけがない。それも、馬に命じて、というのは……。

(常識を無くしちゃいかん! 常識を……)

そして自分達を取り囲むように位置取りした馬、犬、上空を舞うカラスに眼を遣って、がっくりと 項垂(うなだ) れる伯爵であった。

実は、伯爵自身は、先程のマリアルの言葉をあまり信じてはいなかった。しかし、これが人智を越えた出来事であるのは間違いない。

そしてその『人智を越えたことをしでかす者』は明らかにマリアルの味方をしており、そのような存在は、女神セレスティーヌ以外には思い浮かばない。伯爵にも、そしてここに集まっている人々にも。

奇跡を、そして少女による仇討ちという、一生に一度見られるかどうかという超特大イベントを前にした群衆の熱狂は、大波のようにうねっていた。

それを見た伯爵は、こう考えた。

(乗るしかない、この 大波(ビッグ・ウェーブ) に!)

「アラゴン、もう観念しろ……」

しかし、アラゴンは往生際が悪かった。

いや、もし自分の罪を認めてしまえば、失脚どころの話ではない。貴族籍の剥奪のみならず、極刑は免れないのだから、最後まで足掻くのは当然のことであろう。

「い、いったい、何を観念しろと? 悪魔と手を結び、親殺しの大罪を犯した上、その罪を悪魔の眷属を使って叔父である私に 擦(なす) り付けようとした、女神に 仇(あだ) 成(な) す大罪人であるこの娘を成敗することこそが、我らが成すべき……」

それを聞いた伯爵は、アイタタタ、というような顔をした。

「アラゴン、お前、何か勘違いをしていないか?」

「え?」

伯爵に遮られ、言葉を途切らせたアラゴンに対して、話を続けるマスリウス伯爵。

「いくら寄親とはいえ、他の貴族家の者に対して私が勝手なことをできるわけがなかろう。直接危害を加えられでもしない限りはな。だから、私に弁明したり説得しようとしても、何の意味も無いぞ。

国王陛下でさえ、証拠も無しに勝手に貴族を処罰できるわけではない。そんなことをすれば、貴族から反乱を起こされてしまうわ!」

「おお、それでは!」

マスリウス伯爵の目的が自分の断罪ではないと知り、喜色を浮かべるアラゴン。しかし、伯爵の話は、まだ終わってはいなかった。

「証拠があろうがなかろうが、自由に貴族を処罰できるのは、その貴族家の本家当主だけだ」

「…………え?」

ぎぎぎぎぎ、という音が聞こえそうな動きで首を動かし、マリアルの方を向くアラゴン。そしてその眼に映ったのは、にっこりと満面の笑みを浮かべたマリアルであった。

マリアルは当初、子供である自分が訴え出ても相手にされないと思っていた。家の跡取りは兄であったので、マリアルは当主としての教育など受けておらず、マリアルが受けた淑女教育には当主の暗黒面、つまり一族の者を自由に処分することのできる権限については含まれていなかったからである。

しかし今のマリアルは、復讐を決意したあの時から、自分にできる全てのことを調べ、学んでいた。

「マリアルは、お前を処罰するのに、別に証拠や証人を必要とするわけではない。『当主に逆らった』、『貴族家にとって看過できない恥を晒し、お家の名を 貶(おとし) めた』という一方的な宣告で充分なのだからな、お前から貴族籍を剥奪したり、地下牢に一生幽閉したり、……斬首刑に処したりするには。

マリアルがわざわざ手順を踏んでいるのは、両親はただの盗賊に後れを取ったわけではない、ということの証明と、自分が両親の仇を取ったというアピールでレイフェル子爵家の名を上げようとしているからに過ぎぬ。

跡取りの娘がひとりで家族の仇を取り、しかもそれを女神が支持したとなれば、レイフェル子爵家は、今回のお家騒動で体面を失い降爵やお取り潰しとなる危機を乗り越え、それどころか、女神セレスティーヌに守護された貴族家として、この国が存続する限り安泰だ。

……誰が手出しするというのだ? 『あの』、そうだ、『あの』セレスティーヌ様がわざわざ手を貸した貴族家に? もしそのような馬鹿がいるのであれば、是非お目に掛かりたいものだな」

地面に 頽(くずお) れたアラゴンを無視し、マスリウス伯爵がマリアルに尋ねた。

「こいつをどうする? 生かしておいてずっと顔を見るのも辛かろう。良からぬことを企む者が利用しようとせぬとも限らぬしな。こちらで処分しておこうか?」

しかし、マリアルは首を横に振った。

「お心遣い、ありがとうございます。しかし、一族の恥は、当主である我が手で始末するのが道理。お手をお借りするのは、女神様だけで充分でございます」

「そうか……。うむ、確かにそうであるな……」

貴族の間に、そして王宮に噂が流れる時、その方が効果的であろう。最後まで自分の手で両親と兄の仇を始末した、女神の御寵愛を受けし、苛烈で 凜々(りり) しき女子爵の爆誕を伝える噂話においては……。

そう考え、伯爵は、うんうんと何度も頷いていた。

* *

「……では、契約内容の最終確認です」

無事、私達が前面に出ることなくイベントは終了した。

あの後、マリアルさんの叔父であるアラゴンを使用人達が縛り上げて地下牢へと引っ立て……って、やっぱりあるんだ、地下牢……、寄親の伯爵がしばらく話をした後に帰って、依頼主との『仕事の完了確認』と相成った次第である。

あ、エド達はエミールとベルが連れ帰り、カラスと犬達は、いったん解散。これで割のいい仕事が終わるので、みんな残念そうだった。『次も、絶対呼んでくれ』って言ってたけど、そうそう仇討ちの仕事がはいるとも思えない。

まぁ、それについては、少し考慮してあげた。

あ、勿論、カルロスはそのままここの厩へ行って、覆面を取り、そのまま。ちゃんと私が買い取ったのと同額をマリアルさんから貰っている。

……慈善事業やってるわけじゃないからね。経費はきっちり払って貰うよ、依頼料とは別に。

「依頼料と必要経費は戴きましたので、あとはエキストラの報酬の件を……。

以前お話ししました通り、今回協力してくれたカラスと犬につきましては、今後、怪我や病気等でどうしようもなくなった時に、一度だけこの家に助けを求めることを許可しています。もし弱った犬やカラスがこの家の敷地内にはいってきた場合はそれを保護し、治療や食餌の世話を。そしてその者の記録を取って、二度目からは相手をせずにそのまま追い出して下さい。ただ餌をねだりに来ただけの場合も、同様です」

「「…………」」

ありゃ、微妙な顔だな、マリアルさんと執事さん……。

まぁ、二度目以降もサービスしてやるかどうかは、ここの人達の自由だ。あくまでも、『契約としての義務上は、一度限り』というだけで。

「……犬はともかく、カラスは見分けが付きませんよ。いくら姿絵を残しておいたとしても……」

あ。

マリアルさんの鋭い指摘に、執事もこくこくと頷いている。

ぐぬぬぬぬ……。

「そ、そのあたりは、適当に……」

カラスが怪我をした時は、その大半がその場で死ぬだろう。ここまで辿り着ける者がそう多いとは思えない。よし、この家の人達に丸投げだ、丸投げ!

うむ、これで今回の件は全て終了した。最初の依頼である『動物のお医者さん』も、追加依頼である『馬との通訳』も、そして最後の依頼である『復讐のお手伝い』も……。

復讐の件はカルロスからの依頼ということになっているけど、色々と追加要望とかがあったから、マリアルさんからも『追加事項の契約』ということで、新規契約を締結している。……でないと、カラスと犬の餌代とか、丸々赤字になってしまう。カルロスはお金を払ってくれないからねぇ。

「では、私達はこれで……」

「お待ち下さい!」

後ろで控えているフランセットと共に退出しようとしたら、マリアルさんに呼び止められた。

「……まだ、何か?」

足を止めてそう聞くと、マリアルさんと執事さんが椅子を立ち、後ろに控えていた使用人達と共に床に膝をつき、頭を下げた。

「此度の御助力、心より感謝致します。もし可能でございましたら、是非、この御恩をお返しできる機会をお与え戴きたく……」

あ~、面倒だから、そんなのはいいんだけど……。

でも、そう言っちゃ、マリアルさんに悪いか。仕方ないなぁ……。

「では、もしそういう機会があれば……」

社交辞令でそう言って、今度こそ引き揚げようとしたら……、あれ、使用人の女の子が心配そうな顔をしているな。

「どうかしたの?」

「いっ、いいい、いえ、何でもございません!」

まぁ、普通、そう答えるよねぇ。

「話しなさい!」

「ヒイィィィッ!!」

いや、そこまで怯えなくても……、って、眼か! 眼付きが怖いのか!!

いやいや、眼は、接着剤で無理矢理垂れ目にして、化粧で誤魔化している。

……じゃあ、なんでだよ!!

「さっさと喋る!」

「は、ははは、はいぃ! あ、あの、お手伝いのカラスさんや犬さん達が女神様の御使いだと言って、大丈夫なんでしょうか……。今度こそ、本当にセレスティーヌ様のお怒りに触れたりは……」

ああ、それか。私がただの『動物の言葉が話せるだけの女の子』だと思い、女神の名を勝手に利用している、って思っているのなら、そう心配するのも当然か。……何せ、セレスだからなぁ。

「大丈夫。セレスはそれくらいじゃ怒らないし、私がやることには文句は言わないから。

だって……」

「だって?」

「私、セレスとはお友達だからね!」

うん、他にも少し不安そうな使用人が何人かいたから、その人達を安心させるために、これくらいは言ってもいいだろう。元々、私のことは他言無用、とマリアルさんから使用人全員に強く命じて貰ってるからね。

そして、呆然としている使用人達と、元々察していたのか、動揺の素振りも見せず頭を下げたマリアルさんと執事さんを後に、レイフェル子爵家を後にした。

先程のイベントでは私が空気になっていたのを不満そうにしていたけれど、私が崇められるのを見て機嫌を直し、にこにこしているフランセットと共に。