軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100 ベリスカス 7

「なっ……」

驚いて、顔を引き攣らせている中年男性。

そりゃそうだろう、買い物にきたら、突然女性剣士に抜き身の剣を突き付けられたのだから……。

これから脅迫的な言葉や強制に移る予定だったかも知れないけれど、今はまだその段階ではなかったし、こんな小さな店が、まさか護衛を雇っているとは思ってもいなかったに違いない。だからこそ、高圧的な態度で攻めるというのに、単身でやってきたのだろう。

そして、フランセットの剣に全く反応できなかったということは、戦闘力は大したこと……、って、フランセットと較べたら、大抵の者は『大したことがない』になっちゃうか。

ともかくこれで、落ち着いて紳士的に、いやいや、淑女的に、情報収集ができそうだ。

* *

「では、そのドリヴェル男爵家とやらのお子さんが、危ないと……」

「こ、こら、滅多なことを言うでない!」

慌てて私の言葉を否定する、男爵家の騎士だというおじさん。

いや、騎士といっても、みんながみんな、若くてカッコいい者達ばかりじゃない。若い時に活躍して、その後現場を退いて管理職に、となれば、腹も出るし、頭も禿げるだろう。時の流れというものは、残酷なのだ……。

「いや、でも、今そう言いましたよね? それに、そもそも、王太子でもない限り、死にそうにでもならなきゃそんな薬使わないんでしょ?」

うん、そのあたりのことは、ロランドからしっかり聞いておいた。アレだ、こんなこともあろうかと、というやつ。

「う……。そ、それはそうだが、軽々しく不穏当なことを口にして、それが誰かの耳にでも入ったらどうする! 御加減が優れない、というのと、危ない、というのでは、大違いであろうが!」

あ、言われてみれば、確かに……。

特に、貴族の跡取り息子が危ないなどという噂が広がれば、お家騒動とか、大事になる可能性もありそうだ。こりゃ、私が悪かった。

「……すみません」

ここは、素直に謝るしかない。

で、謝れば、さっきの失言はチャラだ。再び、私からの攻勢。

「それで、ここで稀少な薬の素材を売っているという話は、誰から、どのように聞かれたのですか?」

まぁ、話の出所は、あのじいさんしか考えられないけれど、予想と確定の違いは大きい。それに、どこまで話したかも確認しておかなければならない。

「予想はついていることと思うが、薬師のオーレデイム師からだ。

ある商家の子供が長命丹を飲んだと聞いた男爵様が、その商家の者を脅は……説得して頼み込み、入手先を教えて戴いた。そして、最高の状態の稀少素材数種類を金貨80枚で手に入れたというオーレデイム師に、その素材の入手費用を含め、金貨100枚を支払って調薬して戴いたという情報を得たのだ。

そして次に、オーレデイム師に本人と弟子の安全と長寿を祈って差し上げたところ、最初はあれだけ渋っていたのに、なぜか快く入手先を教えて戴けてな……。

ちなみに、オーレデイム師から『店に行くのなら、ちゃんと私が教えたがらなかったということを伝えてくれ』と言われたので、そのままお伝えしている次第である」

……もう、突っ込みどころ満載である。

まず、薬師のじじい!

吹っ掛け過ぎにも、程があるだろ!!

あの薬の価格は、例の3つの素材の入手費用がその大半を占めるということは、ロランドから聞いている。他の素材は、常識的な価格で、比較的簡単に手に入るらしい。

ということは、だ。小銀貨6枚で入手したものを、金貨80枚かかったと吹いてくれたわけだ。

くそじじいめ……。

いや、でも、それで良かったのか?

じじいがいくらで薬を売ろうが、私には何の関係もないし、下手に『小銀貨6枚で入手した』などと言われるよりは、よっぽど良かったのでは……。

その価格ならば、この時期、あの品質でもそうおかしくはないだろうし、かなりの高額だから、もし出元の情報が漏れても、転売屋が群がることもないだろう。じじい、グッジョブ、か?

ならば、私がわざわざ『アレは小銀貨6枚で売った』などと言う必要は……、って、それが狙いか、じじいぃィ!

「では、もうここでは売っていない、ということは?」

「聞き及んでいる。しかし、非常に良好な状態のものを手に入れられたのだ、同じ伝手を頼って、再度入手して戴くことが可能なはずだ。

頼む、この通りだ。何卒、シャロト様のために、我らにお力添えを……」

驚いた。プライドの高そうな、貴族家に仕える恰幅のいい中年のおじさんが、私みたいな得体の知れない小娘に頭を下げるなんて……。

しかし、困った。

高飛車な態度で強制や命令、ゴリ押ししてきたら冷たくあしらうつもりだったのに、 下手(したて) に出られて、しかも主君の子供のために小娘に頭を下げるおじさんを無下にすることは、おじさま愛護家を自認する私には、できそうにない。

ぐぬぬぬぬ……。

苦しむ私を、呆れたような眼で見ているフランセット。

くそ、フランセットはおじさま愛護家じゃないのか!

まぁ、ロランドに憧れていたくらいだから、華やかな王子様とか若き騎士とかのタイプが好みなんだろうな。いぶし銀の良さが分からないとは、まだまだ未熟よのぅ……。

って、そんなことを考えている場合じゃない!

うぬぬ……。

でも、私の返事は、これしかないんだよなぁ……。

「あの伝手は、もうなくなりました。今回の件で取り扱いを止めることになった時に、権力者に伝手を辿られて迷惑がかからないようにと、取次先の連絡場所を変えて戴きました。なので、もう注文書を送っても、受取人不在で戻ってくるだけです。現地へ行っても、取次ぎの人を見つけることはできません。

また、今後私の名で連絡や接触があった場合は、それは私の名を騙った偽物だから、適当なことを言っておいて接触を絶つか、私を脅迫か拷問して情報を吐かせた悪党の一味として処分して戴けるとありがたい、と伝えてあります」

「なっ!」

私の、あまりの用意周到さに、驚きの声を漏らすおじさん。

そして、胡乱げな眼で私を見る、フランセット。

もう、とっくに慣れたんじゃなかったの、私のデマカセ 三昧(ざんまい) には……。

「で、では、薬の素材は……」

「薬師さんからお聞きになった通り、もう二度と入荷しません。また、入荷させる方法もありません。この店は、ありふれた簡単な薬や、包帯等の基本的な医療補助用品以外は、医療関係のものはお取り扱いしません。あくまでもここは一時凌ぎのための『便利な店』に過ぎませんので、本格的な品は、それらの専門店にお任せするのが、うちの方針ですから……」

当然だ。専門店より品揃えが豊富なコンビニがあってたまるか!

しかし、おじさんの落胆と焦燥の様子は酷かった。いっそのこと、激昂して怒鳴り散らしてくれれば、こっちも気が楽なのに。これじゃ、罪悪感が……。

でも、ここで『用意できますよ!』なんて言った日には、また前回の二の舞だ。それは、絶対に許容できない。いくらおじさんが、雨に打たれたチワワのような、縋るような眼で私を見つめていても……。ぐうぅっ!

「……カオルちゃん、何とかしてあげられないのですか?」

突然のフランセットの言葉に、思わぬ援軍を得たおじさんが、眼を輝かせた。

フラン、どうしてここで味方の背中を撃つかなぁ?

「…………」

考えても、時間の無駄だ。

頼み込めば、稀少素材を売って貰える。

そんな話が広まれば、一発アウトだ。

いくら口止めしても、また男爵家の者が病気になれば? 今度は、奥さんだとか娘さんだとかが。

また、係累の他の貴族は? その家族は? そして大切な臣下や、その家族の場合は?

寄親の上級貴族家に頼まれたら? 王族から命じられたら?

平民の小娘との約束を優先して秘密が守られる確率は、おそらくゼロだろう。

諦めて、お帰り戴く以外の選択肢はない。

「残念ですが、もう、私にできることは、何もありません」

そして、おじさんは、とぼとぼと帰っていった。

で、フランセット、その非難するような眼は何だよ!