作品タイトル不明
7.月が綺麗ですね
その頃──私、ミリア・ローレンシアは、社交に励んでいた。
つまらない話ばかりで、うんざりだ。
(どうして高貴な人間っていうのは悪口が好きなのかしらね)
ひとの噂話とか心底どうでもいい。
(早く姉様来ないかしら)
……それにしても。
「はー。全く。……ちゃっかりしてるんだから」
「ミリア様?何かおっしゃいましたか?」
「ううん、何でもないわ。早く始まらないかしら、と思って」
いけない、いけない。
これから涼蛍祭が始まるのだから気を引き締めないと。
顔見知りの令嬢に話しかけられて、私は愛想良く対応した。慣れたものだ。
さりげなく会場に視線を配る。
どうやら姉様とアシェルはまだ着いてないみたい。
今宵の会場は、大自然溢れる王家の庭園だ。
王家の庭とか言ってるけど、これ絶対森よ。
今にも野生動物が飛び出してきそうである。
涼蛍祭は、愛するひとと参加するものらしい。
社交界に出入りする人間なら誰もが知ってるジンクス。
何でも、愛するひとと参加すれば、その仲は永遠……とか何とか。
そういった噂があるらしい。
まあ、私には関係の無い話だ。
興味もない。
そんなことよりも、姉様とこの光景を見て回りたい。
(だというのに~~~~!!
あの男……アシェルめ!!)
私が男だったら姉様のエスコートは私がしてたのに!!
(……全く、本当に諦めが悪いんだから)
我が弟ながら、その執念……もとい、根気は評価しなくもない。
姉様を悲しませたら殴るけど。
顔見知りの令嬢が離れたタイミングで、私はふたたびため息を吐いた。
空を仰ぐ。
私と同じ髪色の空には、煌々とした星が広がっていた。
「十年間もよくやるわ、本当に!」
その一途なところは認めてやらなくもない。
(姉様を幸せにしてくれるなら、別にいいんだけどね。アシェルでも)
でも……それはそれで複雑だ。
姉様の一番は、やっぱり私でありたいもの。
ただ、ひとつ、確実なことがある。
それは私もアシェルも、姉様が大好きだということ。
姉様は私たちに穏やかな幸せを。
あたたかな家庭を与えてくれた。
だからこそ、幸せになって欲しいのだ。
私たち双子は、姉様の幸せだけを祈っている。
ただ、それだけなのだから。
☆
会場に辿り着いた私は、ミリアと合流した後、彼女をアシェルに預けてふたりを探した。
そして、すぐに目当ての姿を見つけた。
ネイサンとメルンシアだ。
ふたりは、人目をしのぶようにして逢瀬を交わしている。
暗い森に蛍が飛び交う幻想的な風景も相まって、まるで絵画のようだった。
「体調は悪くないか?この前、息が苦しいって言ってただろう。心配なんだ」
「ありがとう……。もう、大丈夫よ」
「本当に?きみはいつも、無理をするから」
「無理をしなければ……あなたに会えないもの」
細い糸のような声は、メルンシアのものだ。
それは、まるで糸の切れた凧のように頼りない。
メルンシアは細い声で言った。
「あの……あのね……今日、フローラは来ている?」
ドクン、と心臓が音を立てる。
ネイサンが落ち着いて声で返した。
「来ているはずだよ。弟君にエスコートを任せているはずだ」
「そう……。そう、なの。そうなのね……」
途端、沈んだ声を出すメルンシア。
恋人のそんな様子に、ネイサンが気付かないはずがない。彼はすかさず尋ねた。
「フローラと何かあった?」
優しい声。
私の時とは、全く違う。
……去年も、私は同じ光景を見た。
去年の涼蛍祭も、メルンシアは参加した。
メルンシアが参加すると知ると、ネイサンからは恒例のメッセージカードが届いた。
そして当日、私は見てしまった。
森の奥で、蛍に導かれるようにして足を進めた先。仄かなあかりの中、口付けを交わす婚約者と、その恋人の姿を。
「…………」
じくじくと痛む胸に、私はまつ毛を伏せた。
終わらせよう。もう、全て。
恋人の時間を邪魔する無粋さは理解した上で、私は足を進めようとした。その時だった。
「フローラはっ……あなたが好きなのよ……!」
思いがけない言葉に、出るタイミングを失った。ネイサンから驚いた気配を感じる。
「いや、そんなはずは」
「あの日もっ……フローラに呼び出されたわ。あの暑い夏の日……!私が、体調が悪いって知ってて……!」
「フローラが?」
「彼女はっ……涼蛍祭を欠席しろって私に言った……!あなたといたいからって。だって、この涼蛍祭は、愛するひとと──」
もう、耐えられなかった。
耐える必要もなかった。
メルンシアは、嘘を吐いている。
恐らくは、ネイサンの気を引くために。
私は、大きく足を踏み出して音を立てて歩いていく。
足音に気がついたふたりが弾かれたように私を見るので──私は、にっこりと笑みを浮かべて、ふたりに挨拶をした。
「こんばんは。ネイサン、メルンシア。月が綺麗ですわね。……特に今宵は、一段と」
私の言葉に、ネイサンがサッとメルンシアを守るように前に出る。
メルンシアは、深く俯いていてその顔は見えない。
「フローラ……」
「ふふ。ずいぶん面白い話をなさっておいでね。ぜひ、私も混ぜてくださいな」
口元には笑みを浮かべて。
だけど目は、笑っていない自覚があった。