軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セーレン第三王子

無事に国王夫妻への挨拶を終えて、ジグルドにエスコートされながら王宮の回廊を歩く。

アルマは紹介された時に挨拶するだけだと決めていたので恙無く終わった。緊張で速くなる鼓動を宥めながら精一杯行儀良く座っていた。

ジグルドは国王と何か難しい話をしていた。ほんのりと理解した範囲では、ゴーツ王国の動きが不穏なので国境に辺境軍を入れて欲しいという要請をジグルドが曖昧に躱していた。ウィンターハーンの守る国境はそこではなく、十年前の要請に応えて出征した際の対価を王宮は有耶無耶にしたままだったそうだ。

「先に十年前の清算しろって言わないの?」

「十年前お祖父様は中央神殿に口利きをしてくれる約束で出征した。王宮はおそらく中央神殿に打診したが、結果が伴わなかっただけだ。今回も最終的には出すことになると思う。だがまだ回答する時期ではない」

喧嘩を売るのでなければ、できなかったと言わせてはいけないらしい。

「私も中央神殿に、祈祷師が欲しいとずっと言い続けている。何の対価も提示できない私の方が余程厚顔だ」

確かに中央神殿にしてみれば、稀代の祈祷師を潰したウィンターハーンがしゃあしゃあと次の祈祷師が欲しいと言ってくるのは業腹かもしれない。ドレイン教では金銭で罪を贖うことは浅ましいという感覚がある。あの一件以来拒絶されてきたウィンターハーンに贖罪の機会はなかっただろう。

中央神殿の祈祷師の中にはきちんとした貴族の養女もいる。中央神殿にとっては、高位貴族であるジグルドの妻を選ぶにあたって、彼女達やその養家を説得できなかったことは多少なりとも格好のつかないことだった。そのうえ差し出したアルマは神殿内で浮気騒ぎを起こした。その悪妻を、中央神殿から迎えた妻としてきちんと遇していることが伝われば、ウィンターハーンの株は上がるかもしれない。

よし。午後の中央神殿での挨拶では、精一杯幸せな妻を装おう。間違ってもジグルドに他に恋人がいることはバレないようにしなければ。

「ウィンターハーン卿」

階段の踊り場からすらりと背の高い青年がジグルドを呼んだ。

和かな笑みで降りてくる青年に、ジグルドは足を止めて向き直り、胸に右手を添える。

「セーレン殿下。ご無沙汰しております」

「そうだね。教えてくれれば宴席を用意したのに。君もラースもなかなか王都に寄り付かないから、ご婦人方が残念がっているよ」

青年は親しげにジグルドの肩を叩く。

セーレン殿下……これが噂のハーレム王子か。なるほど、チャラい感じがする。ジグルドやラースとは違うタイプのイケメンだ。そういや、さっき見た王妃様も美人だったもんな。

慇懃ではあるが笑顔も見せないジグルドに、セーレン王子は苦笑いで肩を竦めた。

「ハヴスリス子爵の息子を処刑したんだってね。彼は割としつこい男だから気をつけなよ。貴族に手を出していたならともかく、売っていたのは平民だったんだろう? 他の貴族たちの中にもやり過ぎだと言う者もいる」

「私の領内で私の領民に手を出すからです」

「そりゃあ、領民は君の財産だけどね。ドラ息子のやんちゃくらい、多めに見ても良かっただろう」

無表情で黙るジグルドに、セーレン王子は困った友人を見るように、やれやれと手を振る。

「そういえば、今日は随分大人しそうな女を連れてるじゃないか。いつもの美女には振られたのか? それくらいの女でいいなら、僕が何人か見繕ってあげたのに」

「ご紹介が遅れました。妻のアルマです」

「アルマ・ウィンターハーンです。お目にかかれて光栄です」

精一杯丁寧にお辞儀をするアルマに、セーレン王子はきょとんとした顔をした。

「え………あの、噂の、身持ちの悪い女……?」

ジグルドの眉間に皺が寄る。

それをどう解釈したのか、セーレン王子は品定めするような視線でアルマを見た。

「……この程度で君を得られるなら、祈祷師とは良い職業だな。それとも、男を誑かす手管だけは優れているのか?」

「殿下。妻への侮辱は私への侮辱ととりますが宜しいか」

間髪入れずにジグルドが王子の嫌味を叩き落とした。

ひゃあ! 出た! スパダリ! ありがとうございます!

いや〜、役得だわ〜、セーレン王子のビックリ顔に胸がすくわぁ。

「私は妻に不満はありません。

殿下が誰から何を聞いたのか知りませんが、私にとってアルマは特別な可愛い女です」

……………!?

どっかで聞いた、その台詞!

ジグルド!

クリスのまねっこした!?

吹き出しそうになるのを我慢してアルマは慌てて下を向いた。

顔を赤くして俯くアルマにセーレン王子が慌てて取り繕うように笑う。

「そ、そうか。なるほど。それはすまなかった。この程度のことで恥じらう初心なところは可愛らしいな。中央神殿の乙女は皆そうなのか? 噂は当てにならないな。

足止めして悪かった。もう行くといい」

セーレン王子に一礼するジグルドに倣ってアルマも頭を下げる。王子の姿が曲がり角で見えなくなるまで見送った。楚々と足を進め、地上階でマークと合流する。

馬車の中でマークと三人になって、アルマは漸く爆笑を解禁された。

事情を聞いたマークが感嘆の声をあげる。

「うっわぁ、超見たかった。閣下、頑張りましたねぇ!」

「ジグルド、面白すぎるからクリスの真似とかやめて。殿下の前で吹き出すところだったじゃない」

「………あなたが、喜ぶと思った。私では、ときめきフェスティバルとやらは始まらないのか」

納得のいかない顔のジグルドが更に笑える。

「セーレン殿下とは、お友達なの?」

「そんな覚えはない」

………友人でもない王族にあんなギャグをかましたのか。流石辺境伯。夫のギャグセンスに嫉妬が止まらない。

「アルマ様、セーレン殿下は閣下とお友達のフリをしたがる方なんです。閣下に直接言い寄ってくる女性は少ないですが閣下の話を聞きたがる女性は多いので」

「釣り餌にされてるの?」

「そうです。ウィンターハーンは派閥には属さない方針なので、アルマ様も特定の男性貴族と仲良くなさるのは控えてください」

それはヴァレンティナにも言われた。女性なら多少は良いらしい。今のところ知り合う予定もないけど。

「セーレン殿下、役者さんみたいなイケメンでしたねぇ」

「………ああいうのがあなたの好みか」

「ジグルドの顔の方が好みよ」

「………そうか」

ふいとジグルドがアルマから視線を外す。

しまった、ジグルドは自分の顔嫌いなんだった。

「そういえば、ヤコブは?」

話題を変えたアルマの言葉に、マークが珍しく不快な顔を見せた。

「すみません。用事があると伝言を残して勝手に離れたようです。今日は一日閣下とご一緒なので、基本的には俺だけでも問題ないのですが」

マジか。

ウィンターハーンでは基本的に、外出時に貴人ひとりにつき護衛騎士がひとりつく。ひとりでは不十分と判断されれば兵士が加わり、護衛騎士が指揮する。護衛騎士は、兵士がいるからといって離れて良い立場ではない。

あ〜、まぁ、ヤコブ、ちょっとミーハーなとこあるからなぁ。まだ十八歳だ。王都に来れることなんか滅多にないから、行きたい場所とかあったのかもしれない。

「不快な思いをさせて、すまない」

ジグルドの言葉にアルマは慌てて顔の前で手を振った。

「えっ、別に、ジグルドは悪くないし、マークと兵士のみなさんがいてくれれば大丈夫じゃない?」

「アルマ様。騎士は主の手足となるべく剣を捧げています。手足のしたことは主の責任なんですよ。閣下はヤコブの誓いを受ける時に甘い判断をした。結果アルマ様を不快にさせたなら、それは閣下の責任です」

「そういうことだ。適任でないならば、騎士の立場は重荷でしかない。ヤコブにも悪いことをした」

ヤコブがジグルドの騎士になりたいと言った時に、周囲は尚早なのではと止め、ジグルドも一度はまだ早いと断ったそうだ。

ヤコブは正義感もあるし腕も立つし向上心がある。そんなヤコブの強い希望に、祖父である城代のヘルムートが必ず役に立つからと頭を下げにきた。ヘルムートは先代の片腕としてウィンターハーンを支えてきたひとり。ジグルドの剣の師でもある。

そんな流れで騎士団に入ったヤコブは、頑張ってはいたものの、ひとり年若なこともあり、先代辺境伯に剣を捧げた騎士たちとあまり馴染めなかった。

「やっぱり俺がアルマ様に付いた方が良いんですかねぇ。でも閣下のことも心配だしなぁ。俺以外に、閣下にツッコミ入れられる騎士なんてエリックくらいでしょう。エリックじゃ護衛にならない」

え、エリックも騎士なの?

似合わなッ。

「……私はお前をツッコミ要員として側に置いているわけではない……」

ジグルドの苦い声が面白くて、アルマはまた笑いが止まらなくなった。