作品タイトル不明
レガシアへの道
ウーリクの作業机に広げられた地図に、指示された通りに霊流の道筋を描き、幾つかの質問に答える。ベンジャミンとラースが呼ばれ、ラースがご機嫌伺いしていたクリスがくっついてきた。
「アルマ! どうしたの、髪の毛おしゃれだね。すごく可愛い! 誰かに会いに行くの?」
「えっ、可愛い? 嬉しい! 可愛いわたしを見てほしいのなんてクリスだけよ。大好き♡」
駆け寄ってくるクリスをぎゅっと抱きしめる。
それを横目にジグルドとラースが相談している。
「内密の話か。クリスは出した方がいいか?」
「いや。大丈夫だろう。徐々に聞かせてみた方が良い。
―――クリス。今から内密の話をする。黙って聞いていろ。知りたいことは後でウーリク先生に聞け。外では知らないふりを通せ」
そう言い放ってから、男四人が地図を囲んで話し込み始めた。アルマとクリスはソファに大人しく座る。
アルデンティアとレガシアにおける道の法規制と軍事情報、大森林の地質地盤情報、開通する場合の想定費用、物流の変化、収益予測、関係者の利害情報、アルデンティア中央からの横槍予想などが凄い勢いで応酬されている。
そ、そうか、道を作るって、ここからか……
迂回しなくてすめば便利だろうし、道があると人が通るから農業が不作でもお金が稼げるのでは、という安易な発想しかなかった。
「―――非現実的とも、言い切れないか」
「開通先はレガシアのフロストフォール領ですね。あんまり伝手がありません」
「そこはラースが何とかしろ」
「また俺に投げっぱなしかよ。いいけど」
「開通しても中央街道からミスティグまでの道をもう少し何とかしないと交易には耐えませんな」
「実現すればレガシアへの唯一の直通路になります。急にミスティグまでの道を整備し始めれば中央貴族が気づいて黙ってないでしょう」
「陛下の許可が出るまで伏せておきたい。何か別の口実をつけて拡張しよう」
「口実ですか……ミスティグからわざわざ運び出すようなもの、若しくはミスティグに運び込む必要のあるもの……」
「ミスティグは蒼玉以外に何もないだろ」
「蒼玉を運搬するだけでは、拡張の理由には」
「氷は?」
アルマの一言に男たちの視線が集まる。
「高台に行く途中の風穴の中は氷だらけだったでしょ? 王都では夏に氷が凄い値段で売ってるわ。あれ、売れないの?」
「奥様。ミスティグの風穴は確かに国内でも大規模なものではありますが、風穴の氷は王都に運ぶまでに殆どが溶けてしまい、商売にはなりません」
「そうなの……」
がっかりするアルマをラースが遮る。
「いや。溶けないように運べれば良いんだろう。学院の研究者にそんなような実験してた奴がいた。もっと近場で売っても良いし。
それでもたいした利益にはならないが―――そうだな、商売ではなく社交に使おう。夏にでっかい氷を王宮に献上する」
「よし。ウーリク先生、企画担当者を選んで一旦その方向で組んでみてくれ。一週後、集まった情報で再検討しよう。今はこれ以上の検討は無駄だ」
「かしこまりました」
あれよあれよと話が纏まってしまった。
「あの、待って。わたしの予算は二千万シディルでしょ? お金足りるの?」
ドレスも買わねばならないのだ。ドレスっていくらくらいかかるのだろう。
慌てたアルマを、四人が見つめる。
ラースが不愉快な顔で、人差し指でアルマの額をつついた。
「おい山猿。あまり身の程を弁えないようなら城から叩き出すぞ」
「よせ、ラース」
「兄さんが甘やかすから猿がつけあがるんだ」
「ラース、失礼な呼び方をするな。アルマが権利を主張するのは当然のことだ」
権利? 権利とは。
ウーリクが慌ててアルマと三人の間に入った。
「アルマ様。こういった事業は、公共性の高いものです。ご理解ください」
何を??
ジグルドがごちゃごちゃと資料やメモが積み上げられた机の一番下から、アルマが霊流を書き込んだ最初の地図を引き抜いて突きつけてくる。
「これの情報料は言い値で買おう。調査結果次第では廃案となる段階だし、そもそもあなたひとりで実現は不可能だ。見込みがあれば計画は領で行う。あなたの私道にすることは認められない」
それから誤解を解くのに十分かかった。
領主一家が自分のお金で道を作ったら自分の道になるんですってよ。それで、通る度にいくら払えとか、お前は通さんとか、好きにできるんですってよ。
知らんし、要らん。
安心した風のラースが髪を掻きあげながら大森林の土壌資料を睨む。
「一から道を作るならあいつの話を聞きたいところだが……」
「誰だ?」
「レンセ・ショルドベール、ショルドベール伯爵の四男だ。土木の第一人者だな。学院で一年一緒だったが、変人で……何故か嫌われていたので話したことはない。今は国内で転々としてるんじゃなかったかな」
「伯爵に連絡をとるか」
「いや、出来ればレンセを個人的に引っ張りたい。伯爵に首を突っ込まれたら面倒だ」
ラースは色んな専門家に詳しい。
ラースはこの美貌を活かして社交界で女性の伝手を作りまくることもできたはずだった。それを諦めて王都の学院に入り込んだのは、有望な人材の引き抜きと専門家たちの伝手のためだったらしい。学院は貴族に取り立てられたい野心家か学究に目の眩んだ変人しかおらず、ラースも二十歳で卒業するまで社交界では美貌の変人と呼ばれていた。
「ショルドベール領に派遣されてる神官に知り合いがいるから、聞いてみましょうか? ちょっと貸しがあるのでそれくらいは頼めると思う」
アルマの提案に一同がぽかんとする。
ラースが隣に座って、くしゃくしゃとアルマの頭を撫でた。
「お前、意外に便利な駒だったんだな……」
駒て言うな。
こちとらお義姉様だぞ。
そしてせっかくの編み込みをくしゃくしゃにするんじゃない。
むうっと頬を膨らませたアルマの手を、クリスが心配そうに握った。
「……あの、アルマ。なんだかアルマが出してくれるばっかりみたい。大丈夫? その人への貸しは、アルマの財産じゃないの? ウィンターハーンのために使ってしまって良いの?」
「あらクリス! その年で伝手を財産と言えるなんて、やっぱり天才ね! 将来が楽しみすぎるわ。
いいことクリス。こういう伝手は、途切れないように繋いでおくのが大事なの。でもウィンターハーンからじゃ難しいわ。だから、繋がってるうちに使い切っちゃえばいいの」
膝に抱き上げるとクリスは真剣な顔でアルマを見つめた。
「どうしたの?」
「………ううん。アルマは、王都のものを全部捨てて、ウィンターハーンに来てくれたんだなって。大事にしないとって、思う」
「クリスぅ!!」
ぎゅうぎゅうとクリスを抱きしめてアルマは感動のあまり咽び泣いた。
なんなのこの子ぉ〜!
スパダリが過ぎるんですけど! 好き!
「ありがとうクリス。嬉しい。大好き。
心配しないで。なくならないものもあるの。仲良しのお友達とかは、離れても会えなくても、ずっとお友達なの」
「会えなくても?」
「そうよ」
「……僕より、仲良し?」
「あらクリス、やきもち? かわいい!
わたしは、クリスもラウルもどっちも仲良しだから、順番とかつけられないわ」
クリスの頬にキスを落としていると、不満げなラースがアルマの口を塞いで引き剥がした。
「……おい猿女。ラウルとはラウル・ハーガーのことか」
「ラース様、ラウルをご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、それ、お前の浮気相手だろう。乱れた関係をクリスに見せるな」
しまった。そういやそんなような設定だった。
「結婚前のことですよ」
「貞操観念の低さを開き直るな」
「やめろラース。アルマが誰とどういう関係だろうが、祈祷さえしていれば構わない」
自分は娼館通いしてるくせに!
なんで男ってこうかな!
「アルマ。ていそうかんねんってなに?」
「魅力のない男の人が、モテないのを女の人のせいにするときの悪口ですよ」
「おい猿女! 俺のクリスに嘘を教えるな!」
その後の調査で大きな問題点が見つからず、レガシアへの公道は本格的に準備調査が始まることになった。アルマも近々、小隊を伴ってもう一度ミスティグへ行く。ラースは家族と過ごす時間が少な過ぎるとぶつぶつ言いながら王都へ発った。
アルマの功績を讃えて『アルマ街道』にしようかというジグルドを、アルマと側近たちで全力で止めた。