軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラウルの手紙

翌日顔を合わせたクリスは痣が腫れて酷い顔のアルマに抱きつき、アルマを守るためにきっと強くなるから、と凛々しく宣言してアルマの腰を砕いた。

アルマが寝込んでいた間にトンプソンには思うところがあったようで、聴講するばかりだった講義形式が様変わりしていた。毎日アルマの素人質問を発端にクリスとトンプソンの討論になる。その内容次第で夜の学習内容が変わる。アルマの参加による進捗の遅れは、クリスが夜に巻き返しているらしい。

トンプソンは随分肩の力が抜け、授業中も早口ではなくなっていたし、クリスがトンプソンを見る目には敬意が見えた。

祈祷を再開してからは、午前中にクリスと授業を受け、昼から神殿に祈祷に行って、夕食後にイゾルデの侍女ローラからマナーなどを習うのがアルマの日課になった。ウィンターハーンでは本当に辺境伯以外の血統に拘りがなく、執事のイェンスも侍女のローラも平民だ。殆ど平民みたいなもの、というアルマの言い訳は全く通用しなかった。

アルマが祈祷を再開して暫く経った頃、王都から手紙が届いた。ラウルからだ。

後で部屋に届けると言う使用人から無理矢理引き取って、行儀が悪いと思いつつも部屋に戻るまで待てず、廊下で封を切る。

ずっと身体がつらそうだった師匠が、新しい薬が身体に合ったようで、病状が落ち着いていると綴られている。

「………よかった……」

王都からウィンターハーンまでの手紙はそこそこ高くつくのに、たった三行というのがラウルらしい。普段は声もかけてこないのに、こういうことは必ず教えてくれるラウルにはいつも感謝しかない。

ずっと師匠の体調が気にかかっていた。

本当は、アルマこそがつきっきりで看病をしたかった。

天気が良いので中庭に出る。ベンチに座ってもう一度手紙を広げる。

『師匠の病状は落ち着いている』

ラウルの几帳面な文字を指でなぞる。

安堵で涙が滲む。

最後に見舞いに行った時は、体調が悪いからと会わせてもらえなかった。

もう長くはない日々を、少しでも穏やかに過ごしてほしい。

―――本当は、最期の日まで側にいたかった。

「アルマ」

長い時間ぼんやりとベンチで座っていたアルマを誰かが呼んだ。

振り返ると身嗜みを整えたジグルドが、供の使用人たちから離れてこちらに歩いてくる。午前中は地区長との会合だと言っていた。戻ってきたということは、もう昼前だということだ。

「おかえりなさい」

首だけ振り返ってそう言ったアルマに使用人たちが驚いた顔をした。慌てて立ち上がり、頭を下げて言い直す。

「おかえりなさい」

「………ただいま。

今、いいか」

「あ、はい、どうぞ」

アルマがベンチの端に座り、ジグルドもその隣に腰掛ける。ふわりといつもの香油が香る。甘く優しいサンダルウッドの香り。距離が近い。城内でのラフな格好もかっこいいが、きっちりした衣装も目に眩しい。

ジグルドはアルマが握ったままの手紙に視線を留めた。

「そういえば、イェンスの分類前に手紙を奪うんじゃない」

「えっ?」

「無断で中身を検めるようなことはしない。それとも、検められては困る手紙か」

「え? これ? 貰ってきたの、ダメでした?」

「使用人は断らなかったか? 彼らは最終的にあなたには逆らえない。あとでイェンスに差出人を伝えておけ」

「はい。ごめんなさい……あの、早く読みたくて。見られて困るようなことは書いてません」

アルマはラウルからの手紙を差し出す。

受け取ったジグルドは手紙を一瞥した。

「短いな」

「わたしを安心させるためだけにくれた手紙なので」

ジグルドは手紙を丁寧に畳んでアルマに返した。

「………良い友人なんだな」

「はい。会えなくても、いつでも幸せを願ってます」

「そうか」

「あ、妻の役割として、ちゃんと閣下の幸せも願いますよ!」

「それは、どうも」

「返事をねー、書きたいんですけどねー。遠距離の手紙って高いじゃないですか。無駄な贅沢すると、鬼みたいな顔になるの」

へへ、と懐かしさ半分、残念さ半分で笑う。

アルマはありがとうを伝えたいが、ラウルにとってはそれはきっと内容のない手紙だ。それに、アルマはお金を殆ど持っていない。私的な手紙のためにジグルドに無心するようなことはしたくなかった。

「相手の場所は王都か?」

「はい」

「王都なら、月に何度か使いを出している。そのついでならば、そんなに贅沢にはならないんじゃないか」

王都内では平民でも日常的に手紙のやりとりをしている。小遣い稼ぎに伝令をしている人間が多くいて値段も安い。王都内の伝令に渡してもらえるなら、アルマの所持金で足りる。

「………いいんですか」

「手紙のひとつふたつなら構わない」

「閣下!」

「なんだ」

「感謝の握手をしていいですか!」

「はしたない行動は控えろとローラに教わらなかったか」

「はしたなくないです。感謝をお伝えしたいだけです。お嫌ですか」

「……別に、嫌ではない」

「ありがとうございます! 嬉しい!」

ジグルドの左手を両手で掴んでぶんぶんと振り回す。

「あ」

「なんだ」

「閣下の霊脈は、やっぱりクリスと似てますね」

人の霊脈は触れ合うとよく見える。

土地に縁の深い人間は、その土地の風合いに染まりやすいと聞いたことがある。本当にそうだった。ウィンターハーンに触れた今なら、ジグルドを知らなくても、手を握ればこの人がこの土地を統べる人間だと見抜けるだろう。

「ウィンターハーン領主、なんですねぇ」

「………そうだな?」

霊脈には合う合わないがある。ジグルドの霊脈はこの土地と同様にアルマにはとても心地良い。

つい両手の中にある形の良い手を撫でると、急にその手を引っ込められる。握ったままだったせいでジグルドの膝に倒れ込むところだった。

「急に引っ張らないでください」

「すまない。分かった。十分伝わった。放してくれ」

ジグルドが尚も手を引くので、アルマは素直に手を放した。

そこまで嫌がらなくても。

いや、行き遅れの女がイケメンの手を撫でたのだ。こちらがギルティだろう。行き遅れというか、妻ですけども。

ジグルドは渋い顔でアルマが放した手を反対側の手で拭いていた。

……そこまで嫌がらなくても。こないだは、わたしを抱くつもりじゃなかったんか。