軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜の蝶、ヴァレンティナ

クリスは領地の地図をなぞりながらアルマにきっちりと土地の気候を説明してみせた。ところどころ入るトンプソンのフォローが絶妙で、クリスはトンプソンと応酬できることに驚いている様子だった。

このままなし崩しで打ち解けてくれると良い。

鍛錬の時間だと連れて行かれたクリスと別れ、護衛のマークと神殿へ向かう準備をする。

通路を進んでいると、向かいから城の従者に連れられた背の高い女性が現れた。

堅牢な城砦の内装に似つかわしくない流行のドレス。踵の高い靴。アルマより少し年上だろう。雰囲気のある美女だ。露出は少ないが、なんとなく、夜のお仕事の人だな、と思う。その割には色っぽすぎない上流階級の匂いがする。

美女もアルマたちに気付いて近づいてきた。

「マーク。ジグルドの奥様が来たそうね。お呼びがかからないから、来ちゃった」

扇子で口元を隠しながらにっこりと笑む。

案内していた従者とマークが、視線だけで何かを遣り取りした。

「あー……ヴァレンティナ。今日は閣下が不在なんで……その、紹介はまた後日。な? 閣下もまだアルマ様にあんたのことを話してないみたいだし……驚かせてしまうだろ」

無駄な足掻きと分かっているような諦めた口調でマークが弁明する。

美女は切れ長の目を細めて子どもを諭すように言う。

「貴方の意見は聞いていないの。あのゴーツの可愛子ちゃんには黙っててあげてるじゃない。主人の恋人をあんまり日陰者にするものじゃなくてよ?」

「マリールイーズは、ほら、まだヴァレンティナの仕事を理解するには早いから……」

主人の恋人。

面白そうにアルマに会わせろと言っているところを見ると、本当の恋人ではなさそうだ。

ヴァレンティナと呼ばれたこの女性は、おそらくジグルドの夜遊びの相手だ。なるほどジグルドのことを「妻に一途なピュア青年」と信じているマリールイーズには刺激が強すぎるかもしれない。

困ったような笑顔のマークにヴァレンティナが躙り寄る。

「それとも、噂通りの、会わせられないような女だったのかしら?」

「わたしです」

アルマの声に、ヴァレンティナはアルマに視線を落とした。

「何か言った?」

「わたしが閣下と結婚したアルマです」

「あなたが?」

「はい」

「王都の中央神殿から来た、祈祷師?」

「はい」

ヴァレンティナの視線が鋭くなる。

「そう……ではあなたが、夜な夜なベッドで男の生き血を啜るという、『千人斬りのアルマ』……!」

「ほんとすいませんでした」

えらいことになっている。

千人斬りのアルマを、ジグルドはよく嫁にしたな……。

ヴァレンティナは扇子を口元に当てて、アルマを上から下まで眺める。

「……一目で男を虜にできるようには見えないわね?」

「すみません。できません」

「悪魔と取引して、魅了魔法を使えるのよね?」

「すみません。使えません」

「とある情報筋から、閨を共にすることで男の魂を奪うと聞いたのだけど?」

どこのへっぽこ筋だ。

「ご期待に添えずすみません」

「………魅了魔法、教えてもらおうと思ってたのに」

ヴァレンティナはつまらなそうに落胆の溜息をついた。

アルマは笑いを噛み殺しているマークを上目遣いに見て呆れた声で言う。

「ウィンターハーンの方々は、よくそんな噂の女を迎えましたね」

「閣下が、神殿からの正式な連絡以外はただの噂だと言ってましたので―――正直、お相手を変更すると更に時間がかかると言われて仕方なくの部分もありました」

アルマの姿を上から下まで見て、ヴァレンティナがふと笑った。

「私が選んであげたドレスは気に入らなかった?」

「ヴァレンティナさんが選んでくださったんですか。可愛いかったです。すみません、売ってしまいました」

「ジグルドが、女の子の喜びそうなものをって言うから、色々見繕ってあげたのに」

「そうなんです。次々に買い手がつくので凄いと思いました」

そう言うと、ヴァレンティナは花のような微笑みを深くした。

「………お師匠様は、お元気?」

ざわりと背中から鳥肌がたつ。

「―――師匠になにかしたの?」

「ヴァレンティナ!」

アルマとヴァレンティナの壁になるようにマークが割り込む。

「アルマ様はウィンターハーンの祈祷のために気の進まない縁談を受けてくださった。ずっと中央神殿にいらっしゃって、他領と関わりのないことは確認済みだ。それ以上はいいとの閣下のお言葉を忘れたのか」

「だあって、こんなお嬢さんに務まるのか、心配じゃない。マーク、貴方だって、本当は不安なのではなくて?」

ヴァレンティナがころころと笑う。

アルマはぐっと拳を握りしめた。

「………つまり、わたしの技量を確認したかっただけということ?」

「そうね。恋人のお嫁さんがどんな子か、気になるのは当たり前じゃない?」

「師匠に何かしたわけじゃない?」

「………何もしてないわよ。お師匠様思いの、良い子なのね」

落ち着け。

ウィンターハーンが師匠に何かして利があるとも思えない。きっと本当にアルマを調べただけだ。こんな大きな家に入るのだ。妻でなくても調べるのが普通だろう。

「………失礼しました。

わたしは確かに生まれついての能力はほどほどです。ですがそれを補うための努力はしてきましたし、今では並の祈祷師にはひけをとらないつもりです。技量不足というお言葉は納得しかねます。この土地との相性も悪くなさそうですし、」

「違うわ、ジグルドの妻として―――女としての技量の話よ」

「女としての技量」

そう言われてアルマは目をぱちくりさせ、目の前の女性を改めて見る。

マリールイーズのような可愛らしさではなく、妖艶な美しい顔。アップにしていても分かる艶やかな黒髪。歩行技術を試すかのような踵の高い靴。露出を抑えたドレスでも分かる、ぼいーんとなって、きゅきゅってなって、ばーんとなっている身体からは、なんだかいい香りがする。

これが、ジグルドが求める女のレベル。

「………く………っ。

女として、技量不足、との評価なら………!

甘んじて、受けざるを、得ない………!」

「あなた、変な子ね」

ヴァレンティナが小首を傾げる。

「……領主夫人として、ちゃんとジグルドを支えてくれる?」

「ちゃんとは無理じゃないですか?」

アルマは一介の祈祷師で、それが領主夫人になってしまったのは、失言を撤回できなかった神殿の馬鹿げた意地と、それを利用したジグルドのせいだ。

「了承して嫁いできた以上、わたしにできることは頑張るつもりですけど、閣下もわたしにそんな期待してないんじゃないですかね。

わたしにできることは、この酷い土地を少しでも整えることです」

「……うちの領、そんなに酷いの?」

「こちらに来る時に通った場所しか見てませんけど、大森林に向かってどんどん酷くなってます。大森林の近くはもう人は住めないんじゃないですか?」

「………あらぁ……。それは、悲しいわね。なんとかしてくれるの?」

「全力を尽くします」

「まぁ、頼もしい。………ふふ、気に入っちゃった。

アルマ。会えて良かったわ。ジグルドの女同士、仲良くやっていきましょうね?」

ヴァレンティナはアルマの頬にちゅっとキスをして、従者を連れて手を振って去っていった。

アルマを庇う位置に立っていたマークが、一歩引きながら、言いにくそうに切り出す。

「あー、あの、アルマ様。ヴァレンティナはですね、えー、閣下の、なんというか」

「あ、気にしませんのでお気遣いなく」

「そこは気にしてくださいよ……」

マークががっくりと肩を落とす。

気にしたらお互いに面倒しかないのでは?

「いや、もう、ちゃんとおもてなししないジグルドも悪い……俺から、寒い部屋で祈祷を頑張ってるアルマ様に毛皮のコートでも贈るように、」

「要らないわ」

「要らないですか」

「毛皮は好きじゃないの。他に着るものがなくて、寒くて死にそうだったらもらうけど」

「そうですか……ドレスもお嫌いなんですっけ」

そう言ってマークは少し考えるように視線を右上に彷徨わせてから、真剣な顔でアルマに耳打ちした。

「人間の男の生き血は閣下に要相談ですが、せめて家畜の生き血かトマトジュースをお持ちしましょうか?」

「…………そうね、じゃあ、トマトジュースを」

相談すれば男の生き血も出てくるのか。

怖。