軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あなたに告げる言葉

「え、結婚できなかったの?」

久しぶりの高級スイーツを頬張りながら驚くアルマに、ジグルドは憮然とする。

「………そんなことも知らないのか。私に興味がなさすぎないか……」

「噂が流れてこないなぁとは思ってたわ」

「受けてくれる祈祷師がいなくて相手の選定に時間がかかっている間に戦争が始まった。初めは私の従軍と引き換えに祈祷師の派遣を受けていた。お祖母様とラースが動いてくれて、私の軍功の報奨に、そのまま継続して祈祷師を派遣してもらえることになった。

私は先週、アルデンティアに一年ぶりに帰ってきたところだ」

「えぇ? オリビア様とかは? 断られちゃった?」

「断られた」

「そうなの!? おかしいな、オリビア様、超面食いなのに」

「ウィンターハーンは妻の扱いが酷いと噂になっていたようで」

「わたし? 別に酷い扱いされてないわ」

「半年も夫婦関係を持たず祈祷だけさせたり、使用人の格好で働かせたり、古着のドレスを与えたり、社交場に妻を差し置いて馴染みの娼婦を連れていったり」

「ごめん!!」

なんということだ。アルマのせいではないか。

「………祈祷できなくなった途端に新しい女に乗りかえようとしたり」

「―――それは、仕方のないことだわ……」

「結局、私も熱心に説得する気になれなくて……

計画外の祈祷師の派遣について、神殿への根回しに動き回ってくれたのはラウル・ハーガーだ。あの男にはもう、一生頭があがらない」

「え、ラウルと仲良くなったの? 意外……」

「……仲良く……は、ない」

今回攻め落としたゴーツ王国では、祈祷の能力者を生贄にする風習があった。ウィンターハーン辺境軍は祭殿に繋がれていた女性たちを出来る限り保護した。彼女たちは現在中央神殿に託され、祈祷の訓練を受けている。何人もの祈祷師候補を確保してきたことも、中央神殿が計画外の祈祷師を快く派遣してくれた理由のひとつだった。

今回の戦争にあたり隣国からも支援を受けていたアルデンティア王国。ゴーツ王国敗北は時間の問題だった。それをジグルドは、少しでも早く決着を付けようとやや強引な戦略を実行し、投石器からの焼夷弾に被弾してしまった。

身体は回復したが、顔と上半身の左側に大きく火傷の痕が残った。

「以前は社交場に出る度に追い回してきた女たちが寄ってこなくなった」

「あはっ。無くしてみたら、惜しくなった?」

「……そうだな。好きな女が、顔は好みだと言っていたのに、勝算がなくなってしまった……」

「好きな女」

ジグルドの発した単語がアルマの耳を滑り、理解が遅れる。

「祈祷師も確保できた。鉱山も再開した。レガシアへの公道ももうすぐ完成する。今なら、自分の望む相手と婚姻しても許されるのではないかと思える。新しい指輪が完成したから、王都へは求婚にきた」

「求婚」

好きな女。

そうか。祈祷師が確保できたなら、そういうこともアリか。

義務じゃなくて、ちゃんと、ジグルド自身が好きな、女に、求婚を。

あっ、……

あっ、へぇ、そう、ふーん……?

よかっ……よかったね? ……うん! よかった!

「だ、大丈夫よ。傷のあるジグルドもかっこいいよ! お相手が誰だか知らないけど、きっとうまくいくわ!」

立ち上がり、鼓舞するように拳を作って励ますと、ジグルドは悲しそうに眉を下げた。

「気休めは要らない。覚悟はできてるし、一度や二度で諦めるつもりもない。………とりあえず今回は、伝わればいい……………」

自分に言い聞かせるようなジグルドの声がだんだん尻窄みになる。

「気休めじゃないわよ、なんていうか、ほら、魔王みが増して貫禄がでたわ!」

「それは褒め言葉なのか?」

「褒めてるわ。それに、これからは領も落ち着くだろうし、ジグルドはこう見えて優しいもの。わたしと一緒に女心の勉強もしたじゃない! 見た目が怖いくらい大した問題じゃないわ。応援する。頑張って!」

「……応援……」

「もしわたしにできることあったら協力するからね!」

「………協力………」

ジグルドがどんどんしょんぼりしていく。

なんで。つらいのをおして、頑張って励ましているのに。

アルマのせいか。アルマのせいで祈祷師たちに断られすぎて自信がなくなってしまったのか。皆から崇められていた美貌を失くして不安なのか。

確かにあの顔に傷がついたことは国家の損失だと思うけれど、ジグルドはそれを差し引いたって十分魅力的だ。その顔だって、彫刻のような完成された美しさではなくなったけど、確かに初対面だったら気の弱い女の子は泣くかもしれないけど、これはこれでかっこいいではないか! 初対面の女の子は泣くかもしれないけど!

アルマは努めて明るく笑ってみせる。

「きっと大丈夫よ。うまくいったら、お祝いするわね!」

とうとうジグルドはテーブルに肘をついた両手で顔を覆って俯いてしまった。

なんで。

「あの、えっと、」

なんで。なんで。元気出して。

「―――大丈夫よ! 傷があったって、わたしは好きなままだもの!」

勢いで口走って、アルマははっと両手で口を塞ぐ。

顔をあげたジグルドが目を見開いてこちらを見ている。

やらかした。

何を言っているんだ。

こんな、行き遅れた、美人でもない平民の女が、今や国の守護神と呼ばれる辺境伯閣下に。

身の程を知らなすぎる己の発言に、羞恥で顔が熱くなる。せっかくまた、友達になろうと言っていたところだったのに、全部台無しにしてしまった。

胸の奥に痛みが広がる。

知られたくなかった。

大事なこの気持ちを、可哀想だとか申し訳ないだとか、そんな風に思われたくなかった。

………だけど。

涙の滲む目で、アルマはジグルドを見る。

「………好き」

この気持ちが、せめて、ほんの少しでも、ジグルドの自信に繋がらないだろうか。

「………好きなの。ずっと好きだった。ジグルドは素敵よ、きっと大丈夫……」

あふれてくる涙を袖で拭う。

恥ずかしい。

つらい。

自分が滑稽で、消えてしまいたい。

クリスとお泊まりしたかったけど、今日はもう帰らせてもらおう。

帰って、大奮発のはちみつたっぷりのパンケーキを食べながら、ひとりで泣こう。

嗚咽を抑えようと苦慮していると、がたんと乱暴な音がした。

立ち上がったジグルドの足元に椅子がひっくり返っている。

何かを言いかけたジグルドが、つんのめるようにテーブルを回ってアルマの肩を掴む。そのまま身体を抱きすくめる。

驚きのあまり涙が止まる。

懐かしい、甘いサンダルウッドの香り。

一年前にあんなに優しく触れてきた手が、乱暴にアルマを締め付ける。胸を圧迫される苦しさにじたばたと抵抗するが、力強い腕はびくともしない。

―――そしてアルマは、ジグルドが涙声で告げた言葉に、都合の良い夢を見ているのかと自分の頬をつねることになったのだった。