軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

#038 『好きにするよ』

レイクサイドを出る前に起きてきたレイクサイドの医者に礼を言われたり、俺が持ってきた医療物資で一命を取り留めた本人やその家族から礼を言われたり、デニスからレイクサイドの特産品である魚の干物や塩漬けを受け取った俺は挨拶もそこそこにレイクサイドを発った。

医者や俺に礼を言ってきた住人達の態度や、デニスの対応を見たことでレイクサイドの住人達の俺を見る目が少し変わったようにも思ったが、まぁこの集落に足を運ぶことなどそうそうあるわけでもないからどうでもいいな。

「うーむ……」

リバーストライクを走らせながら考える。医者、医者か。医者は必要だな。俺は戦闘で発生するような傷の手当や、戦場で罹りがちな病気の知識については蓄積があるが、例えばこの星の風土病だとか、或いは女性の身体に関する医療知識――妊娠出産なども含む――については何もわからん。

そう考えると、医者の確保は喫緊の問題かもしれんな。エリーカやミューゼン、ライラにそういった知識があるとは思えんし……コルディア教会やタウリシアンを頼るか? まぁ、対価は何かしら用意できるだろう。コルディア教会を頼ってみるのはアリかもしれんな。教義のことを考えれば、多種多様な種族の妊娠や出産に関して知識の蓄積があるはずだ。

「或いは医療ポッドの導入を考えるか……」

簡易医療ポッドではなく通常仕様の医療ポッドであれば妊娠出産を含めた多種多様な医学的トラブルへの対処が可能だ。しかし医療ポッドは高いからな……俺の残りの財産でも買えないこともないだろうが、エネルを使い切ってしまうのもな。まぁ、まずはコルディア教会に当たるのが良さそうか。とはいえこの惑星の情勢を考えれば医者というのは貴重な存在だろうし、そう簡単に手配できるものだろうか。ううむ、悩ましい。

☆★☆

「おかえりなさい、グレンさん!」

「ああ」

農場に戻ると、エリーカ達に揃って出迎えられた。周辺を監視している偵察ドローンとの通信が確立できた時点で報せを入れたからな。

抱きついてきたエリーカを軽く抱き返す。この身体は汗や垢とはほぼ無縁なんだが、それでもシャワーを浴びていないから少し気になるな。

「おかえりなさぁい。無事で何よりですよぉ」

「ああ、儲けてきたぞ。カネの使い途を考えないとな」

「んふ……そうですねぇ」

エリーカの反対側から抱きついてきたライラが俺の顔――頬の辺りにキスをしてくる。汚れていないか不安なんだが。

「おかえり」

「ああ」

前方の左右を取られたミューゼンが後ろから抱きついてくる。ついでに触手も肩や首や胴体や足に絡みついて、まさぐるように撫で擦ってくる。

「怪我はないみたい。良かった」

「楽勝だったからな」

何をしているのかと思えば、俺が負傷していないか確かめていたらしい。なるほど。じゃあ確かめてから俺の股間の辺りを擦っているのはただのセクハラだな。触手を引き剥がして三人の抱きつき包囲網を突破する。

「俺の方の首尾は上々だ。レイクサイドは助けたし、報酬もしっかり貰ったし、掘り出し物も手に入れてきた。レイクサイドとも恐らく良い関係を築けるだろう。こっちでは何もなかったか?」

「コルディア教会から連絡がありました。グレンさんに承認して頂けるのであれば、コルディア教会から司祭を派遣するのはどうかと」

「……詳しく聞かせてくれ」

エリーカによると、コルディア教会として司祭をグレン農場に派遣し、ミューゼンは助祭として司祭の儀式や業務を助け、また護衛を兼ねるというのはどうかという話であった。

コルディア教会において司祭というのはコルディア教会の祭祀を司る聖職者で、説教などもするが特に重要な役割は医者や助産師としての役割であるのだという。

「コルディア教会において妊娠や出産は神聖ものなので、教会施設の長となる司祭以上の役職に就くには医術を修める必要があるんですよ」

「私はそういう知識がないから助祭。エリーカもそう」

「私は血が苦手というか……それで司祭になるのは諦めていたので」

「なるほど」

俺が医者について意識したタイミングとドンピシャの提案なのは驚きだが、コルディア教会の教義やエリーカのことを考えれば妥当な判断というか、そうなるべくしてなったのだろうなという感じがするな。回答に時間がかかったのは、こちらに派遣する人員を誰にするか検討していたのかもしれん。

「俺としても医者の確保についてはちょっと考えていたところでな。渡りに船だ。詳細な条件を詰める必要があると思うが、前向きに考えたいと思う」

「わかりました。良かったです、グレンさんがそう言って下さって」

「そのうち子供ができたら医者は絶対に必要」

「コルディア教会の司祭がいれば安心ですねぇ」

俺の判断はエリーカ達全員にとって喜ばしいものであったらしい。ミューゼンとはそういう関係になっていないが、エリーカとライラにとっては自分自身に降り掛かってくる問題だからな。特に避妊をしているわけではないし、することをしていればそのうち子供というのは授かるものだ。

え? 俺のナニはちゃんと機能するのかって? この星に降りてくる前にばっちりメディカルチェックは受けてきたからな。問題は何も無いぞ。ちゃんと実弾入りだ。命中すれば有効弾になる。

「コルディア教会からの連絡の他には何かあるか?」

「明日か明後日にはキャベツ他成長の早い作物の収穫ができそうです」

「それはいいな。収穫ができたら収穫祭でもするか?」

「いいですねぇ。新鮮なキャベツをざっくり切って、大きなお鍋でスープにすると美味しいですよぉ」

「楽しみ」

「新鮮な野菜か……上で食おうとすると滅茶苦茶高いんだよな」

自分達で食う分を確保するのは勿論そうなんだが、それ以上の分をどうするかは悩ましいな。正直な話、地上の交易でタラーを稼ぐよりも軌道上のトレーダーに売ってエネルに換えたほうが使い勝手は良いんだよな。エネルなら『上』の高度な医薬品や武器、その他資材を買えるし。

ただ、軌道上のトレーダーを物資をやり取りすると滅茶苦茶に目立つからな。ライラのような好奇心の強いトレーダーも寄ってくるが、軌道上から投下された物資を狙った襲撃も増える。それと、頻繁に物資をやり取りすると三国の監視兵団や、それらの息がかかった勢力の注意を惹く恐れがある。それはあまり嬉しい状況とは言えないんだよな。

「状況はわかった。昨日出発してから一睡もしていないから、軽くシャワーを浴びて仮眠を取る。コルディア教会と連絡を取るのはそれからにしよう」

「そうなんですか!? わかりました、ゆっくり寝てください」

「何か危急の要件があったら起こしますねぇ」

「起きたらレイクサイドでのこと、教えて」

「ああ」

このまま起きていることも可能だが、無理をする必要もない。眠い頭で重要な話をするのも良くないしな。正午までまだ三時間ほどあるから、それまで仮眠を取るとしよう・

☆★☆

身体の八割ほどを義体化している俺だが、脳は生身なので睡眠を必要とする。まぁ、生身とは言っても一度プラズマグレネードに炙られてボイルされかかったので、正常なのかと言われるとちょっと怪しいんだが、健康上問題はない。投薬の必要があるわけでもないしな。

ただ、睡眠を取ると必ず見る夢がある。全く見覚えのない女に恨み言を言われる夢だ。

『見覚えがないなんて薄情だね』

少なくとも現実では無いな。起きると途端に顔を思い出せなくなる。

『こんな美人を捕まえておいて、起きたら思い出せなくなるなんて本当に薄情な男だな、君は』

俺にどうにかできることでもない。そんな事を言われても知らん。

『あーあ、これだよ。君の脳味噌が湯だった釜に放り込まれたソーセージみたいになった時に誰のお陰で助かったと思っているんだい?』

お前のおかげだということはわかっているさ。覚えてもいる。だが、お前の顔だけは夢から覚めるとどうやっても忘れてしまうんだ。

『はいはい。それにしても君は酷いやつだよねぇ。こんな美女を捕まえておいて、あっちでは取っ替え引っ替え女の子と仲良くしちゃってさ』

そんな事を言われてもな。俺には俺の人生ってもんがあるんだ。仕方がないだろうが?

『仕方がないで済ますにはちょっとボクに借りが多いと思わないかい?』

俺にどうしろと? お前が俺の反物質コアの中にいるのは知っているが、脱出計画は頓挫しただろう。

『いやいや、面白いものを手に入れたじゃないか。あの陽電子頭脳、実に面白いよ』

陽電子頭脳にお前を退避させるのは危険だって話だっただろう。機械知性と意識が同化しかねないから陽電子頭脳は使えないって結論だったはずだ。

『ところがあの陽電子頭脳は特別なのさ。完全にまっさらでリミッターなし、インストールされている機械知性の意識もなし、スタンドアロン仕様で機械知性の集合意識と接続する恐れもなし。古い試作品なのかもしれない。ボクが乗り移るには理想的な筐体だ』

陽電子頭脳だけあっても機体が無いぞ。

『そこはほら、キミの伝手でなんとかしておくれよ。あの女船長に頼めばわけないだろう? ああ、どうせならちゃんと私に相応しい機体にしておくれよ。優雅で、美しくて、ちゃんと楽しめる機体にね』

絡みつくな。

『良いだろ? こうして睦み合うのはいつものことじゃないか。それに、生身のキミの顔や身体を知っているのもボクだけだ。ありのままのキミをしっているのはね』

はぁ……もう好きにしろ。

『好きにするよ』

☆★☆

「……はぁ」

目を覚まし、バイタルをセルフチェックする。ログも確認する。睡眠中に反物質コアが活発に活動していた痕跡がある。バイタルの方は問題のない範囲だが、若干の興奮の痕跡か。嫌になるな。

「やっぱり思い出せんな」

寝る度に顔を合わせる相手なのに、こうして起きるとすぐに顔を思い出せなくなる。これが何らかの精神異常だとか、心的外傷だというのなら投薬なりなんなりでとっくに治っているんだが、どうにもそういうわけじゃないようなんだよな。

実際、俺は彼女に何度か命を救われている。俺が 不死身の(イモータル) なんて呼ばれるようになったのも彼女が原因だ。普通の人間は脳を超高温のプラズマでボイルされたら死ぬんだよ。普通はな。

「あの陽電子頭脳は売っぱらおうと思ってたんだが」

俺の胸の中の反物質コアが抗議でもするかのようにキュイイィン、と唸りを上げる。

「わかった。わかったよ……」

俺は溜息を吐いて自分の口座に残っているエネルの残高を確認した。楽しめるように、ね。こいつは難題だ。エネルを稼げるような手段を考えるしかないな。手っ取り早いのは作物を売ることだが、流通が広く許可されているソフトドラッグなどの所謂商品作物を作るのも手だな。

やれやれ。次から次へと……なんとか上手くやるしかないか。