作品タイトル不明
皇王亡命編12
ロコート軍と対峙する帝国軍……その指揮を執るゲーナディエッフェは、接近するロコート軍と戦うために軍を三つに分けた。
一つは騎馬兵を中心とする部隊。これはアトゥールル族やエタエク伯軍だけでなく、ラミテッド侯軍からも騎兵を抽出した部隊だ。
もう一つは軽歩兵を中心とする部隊。こちらは丘陵地帯でも高い機動力を発揮するゴティロワ族と、比較的軽装備の者や若くて体力がある歩兵を、皇帝直轄軍とラミテッド侯軍からそれぞれ選び再編した部隊だ。
そして最後に、それ以外の機動力の低い重歩兵の主体とする本隊。そして今、この場には本隊しかいない。
俺は今、馬上でゲーナディエッフェと並び、戦闘計画などの説明を受けていた。ちなみに、ティモナを含むそれ以外の人間はみな配置に戻っている。
「なるほどな」
本隊が展開しているこの地域は、地形的に東……つまり本隊から見て左側に木々の生い茂る丘陵地帯があり、西となる右側には平野が広がっている。
そして左右それぞれに別働隊を動かし、既に迂回して近づく敵の背後へと回り込むよう指示を出したという。
「本隊をあえて手薄にし、そこを狙って飛びついてくる敵を別働隊と挟撃する……か」
「『槌と金床』っていう基本伝術だ。分かるか」
鉄床(かなとこ) 戦術……軍を分け、一方が敵を引きつけているうちに、もう一方が背後や側面に回りこみ、敵を挟撃、あるいは包囲する戦術。地球でも有名な戦術で、引きつける方が鍛冶屋の金床、回り込む方が槌に似ているからそう呼ばれた。この辺のネーミングセンスはこの世界でも一緒らしい。
「敵が金床に食いつかないと意味がない戦術だ。普通は各個撃破の好機でもあるから、数の減った本隊に敵は食いつくだろう……だが卿は既に、随分と暴れまわっている。当然警戒されると思うが?」
俺の言葉に、ゲーナディエッフェは二本指を立てる。
「餌が二つ。一つは行軍形態の縦隊列と思わせるように、少しずつ東側へと本隊全体を動かしている。ここにいると分かりにくいだろうがな」
基本的に軍隊は、移動するときは縦長に、戦うときは横長になるのが基本だ。
だから行軍中の部隊は横からの奇襲に弱い……つまり、行軍中の部隊に見えれば敵はチャンスだと錯覚すると。
「この本隊は縦隊で前進しているのではなく、横隊で横移動していると」
「そうだ。ついでに言うとな、ここまで戦ってきた経験からしてロコート軍は総じて偵察が甘い」
言われてみれば、少し本隊の陣形は横に伸びている気がする。なるほど、厚みを減らして横に伸ばす、攻撃的な陣形だな。
「もう一つは皇帝直轄軍……正確には陛下の所在を表す旗の存在。陛下が直々に出陣するという噂はすぐに回るからな。陛下がいなくとも、皇帝旗さえあれば敵は食いつくと思った」
あぁ、いつものやつか。敵は戦場で「皇帝を討つ」という欲に逆らえない。ただ今回の場合問題は、本当に俺を囮にするつもりは無かったってことか。
「だから余が到着して『困った』と言ったのか」
「そうだ」
まぁ、俺を囮にする前提だと、帝国組は反対するだろうな。
「いないからこそ、これ幸いに囮にしようとしたのだが……どうする、今からでも近衛の位置を少し下げるか?」
「もう敵がすぐそこに迫ってきているのに?」
馬上からだと良く見えるが、ロコート軍はまっすぐこちらに向かって進んできている。
「そう簡単にできるものなのか」
「まぁ、難しいな。多少の混乱も生まれる。だが陛下の安全には変えられんだろう」
だろうね。あとは俺だけ下がるってこともできるけど、それもまたナンセンスだ。
「それより、鉄床戦術は連携が重要……失敗すると各個撃破されるがそこのところは大丈夫なのか?」
右翼の騎馬隊の方はまぁ、ペテル・パールとエタエク伯(合流するため、単騎で走り去っていった)だから上手くやりそうだが。しかし左翼の方は、ゴティロワ兵も多く割いたとはいえ、指揮を執っているのはラミテッド侯であるファビオだ。彼はまだ若いし、ゲーナディエッフェとの連携も未知数だ。
「それも、多少のミスは構わないと思っていたんだがな」
こっちも、俺が間に合ってしまって予定が狂ったと。
「だがなんとかなるだろう。それに、上手くいけばラミテッド侯の功になる。陛下としても嬉しかろう」
「……卿はそういう気づかいをする人間だとは思わなかったが」
まぁ、もう作戦も決まって陣容も決まり、動き出してしまっている。今から俺が何か言っても、悪い方にしか進まないだろう。
「そろそろ戻るが……どうする、陛下が指揮を執るか」
「今更? 冗談を言え……全ての指揮を任せる」
ここまで組み立てたんだから、最後まで指揮を執ってくれなきゃ、こっちが逆に困る。
「とはいえ、体裁もある。適当に伝令を行き来させてくれ。後で口裏合わせて、全ての命令を余が許可したことにする」
特にゴティロワ族はねぇ、嫌われ者だからそういうところまで気を付けないと。
「……適当にって、報告は?」
「聞く余裕はないだろう。こっちは最前線だぞ」
近衛と俺は、ロコート軍に対する餌として最前線で待ち構える。そういう布陣になっている。
「別に陛下も近衛に合流する必要はねぇだろう」
「いや。そもそも今回、皇帝軍は余が不在だったことに気が付いているだろう。士気を上げるためにも、余の所在は派手にアピールした方が良い」
それに、このシチュエーションは 都(・) 合(・) が(・) い(・) い(・) 。問題は……。
俺はゲーナディエッフェのことをまじまじと見つめる。
「こいつは思った以上に責任重大だなぁ」
問題はこのゲーナディエッフェが失敗でもしようものなら、俺の失態になるってとこだよなぁ。
まぁ、裏切られる心配はまずない。ゴティロワ族にとって、俺は珍しく差別しない皇帝だ。利害も一致している。
問題なのは実力の方。ゲーナディエッフェが優秀な指揮官であることは分かっているが、果たしてこの作戦が上手くいくのか、そして勝てるのかどうかだ。
これがゴティロワ族だけの軍隊ならゲーナディエッフェが勝ちそうだが、今回は混成部隊。ゲーナディエッフェに扱えるのか……。
いや、信じるべきだな。というか、俺はそもそも野戦の指揮なんか得意じゃない。ゲーナディエッフェが指揮して負けるなら、俺が指揮しても負けるだろう。
その上で、俺の存在が邪魔にならないようにもしておくか。
「それと、余を守ろうとはしなくていい」
「……おい、本気か?」
最初の作戦の段階で、俺はいないものとして扱われていた。その時点では、敗北条件に「皇帝の戦死」なんてものはなかったはずだ。
この状態で、俺を守ろうとすればノイズになる。最初の計画通りにする方が良い……それにここから先は、これまでの戦場とは違うからな。
「それに……卿は後方から指揮をとる君主より、前線で兵と共にある君主の方が好ましいかと思ったんだが?」
俺がそう言うと、ゲーナディエッフェは驚いた表情をして、それから声を上げて笑った。
「ガッーハッハーッ! そうだな、それはそうだ!」
まぁ、ゲーナディエッフェ自身が最前線で指揮を執るタイプだし。
「おい! イルミーノを呼べ!!」
ひとしきり笑った後、ゲーナディエッフェが近くにいたゴティロワ族の近習にそう叫んだ。
それからしばらくすると、一人の少女がやってきた。
「儂の孫だ、使えるから連れていけ」
さっき俺が死にかけていたとき、声をかけてきた少女だ。どっかで見てことあると思っ……あ、思い出した。
「お前、余がゴティロワ兵に歓待してもらった時の」
そうだあの時、俺が酌をしてもらっていたゲーナディエッフェの孫だ。
俺は興味がなかったし、そもそもあの時とは格好も髪型も違うからすぐには気付かなかったけど。
ていうかこいつ、ゲーナディエッフェが俺の妻として送り込もうとしていた孫娘じゃねぇか。
「ゲーナディエッフェ、まだ諦めていなかったのか」
ここは戦場なんだしそういうのは止めてほしい……そう思っていたのだが、ゲーナディエッフェの言葉は意外なものだった。
「いいや。これは純粋に近習として連れてきた。こう見えてかなり戦える」
……マジかよ。というか、最近こんなのばっかりだな。
「護衛か?」
あるいは最前線で戦う俺に対する、ゲーナディエッフェからの人質だろうか。
「それもあるが……」
ゲーナディエッフェはそこで、周囲のゴティロワ兵を一瞥すると、さらに続けた。
「コイツはそこそこに強くて、背も他のに比べたら高く、顔も良いし……何より気さくでな」
背は……ゴティロワ族基準での話だろうな。帝国人的には平均かそれより低い。
「ここだけの話、連れてるだけで勝手に若造共がやる気になるんでなぁ」
なるほど、この娘はゴティロワ族的には憧れの存在だと。まぁ、ゴティロワ族長の孫娘ってだけでも人気だろう。そんで、なんでそのお姫さまをわざわざ俺のところに?
……いや、そういうことかよ。
「若いのにとっては皇帝よりお姫様か」
「ガハハ、話が早くて助かる」
若い兵士にとっては、よく分からん皇帝のために戦うより、お姫様のために戦う方がやる気が出ると。本当に正直な奴だ。
「イルミーノと言ったか」
「うん、よろしく」
挨拶かるっ。俺は気にしないけど、皇帝に対する挨拶としてはどうなの。
俺は無言でゲーナディエッフェに視線を向ける。
「おう、誰に似たのか礼儀や言葉遣いはこんなんでな。だから喋らせなかった。黙ってりゃマシだからな」
あーはいはい。確かにゴティロワ族の宴に参加したときは一言も喋ってなかった。ボロが出るから喋らせなかったって訳ね。
「まぁ、戦場だからそのままでいい」
ゴティロワ族嫌いの貴族は卒倒するかもだが、そんな奴はそもそも戦場に来ないし、近衛もそんなことで文句言う奴はとっくに放逐されている。
もういい加減、敵軍も近づいてきたな。
「そろそろ行くよ。孫娘も借りるな」
俺がピンチに陥っても、このイルミーノって娘がいればそれを助けるためにゴティロワ族は助けに来る……それってやっぱり人質だよな?
「本当に、儂の戦い方で良いんだな?」
随分と念入りな確認だ……というかゴティロワ族の、ではなくゲーナディエッフェの、なのか。
「くどい。余計なことやって負ける気はない」
「そうかい……あぁ、それと」
何か言い忘れていたようで、俺はゲーナディエッフェに呼び止められた。
「なんだ?」
「うちの孫娘には部隊を率いさせるな」
そのイルミーノはもう既に、馬に乗って近衛隊が布陣する最前線に向かって移動を始めている。
「なんだ、指揮官は未経験なのか」
まぁ、戦士と指揮官は別物だからな。
だがゲーナディエッフェの言葉は、俺の予想とはかけ離れたものだった。
「いや、あれは他人の命に興味がない」
……え、マジ? もしかしてサイコパス的な?
「部下が何人死のうが何とも思わないヤツだ。貴重な近衛を減らしたくはねぇだろ」
俺の知り合いの女性、癖のあるヤツばっかだな。男よりキャラ濃いんだよなぁ。
「……ちょっと待て、そんなのを嫁がせようとしてたのか?」
「ガッハッハ」
いや笑って誤魔化すなよ。