軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第191話 お祝いのビュッフェ

へルンベルク家の食堂は、いつもはアメリアとローガンが食事をする場所だ。

しかし、今宵は様相が違った。

アメリアとローガンとはは他に、屋敷中の使用人が集まっていた。

ローガンがグラスを掲げた瞬間、食堂のざわめきが自然と一段落ちる。

「アメリアの、カイド大学での活躍を願って」

低く落ち着いた声。

「乾杯」

「「「かんぱーい!」」」

グラスが触れ合う音が、きらきらと広間に散る。

アメリアもそっとグラスを持ち上げた。 中身は甘い果実を絞ったジュース。

一口含むと、柑橘の甘い香りが広がった。

乾杯が終わると、空気がふわりとほどけた。

そのタイミングを待っていたように、使用人たちが動き始める。

銀の盆がいくつも運び込まれ、長卓の上が色づいていった。

「凄い……シェフの皆さん、いつにも増して気合が入っていますね……!!」

長卓に並べられた大皿の数々を見て、アメリアの声が弾む。

香ばしい肉の香りが漂ってきて、アメリアのお腹がきゅう……と音を立てた。

「今日はアメリアの大学行きのお祝いだからな。アメリアが喜んでいた、ビュッフェ形式の夕食をオーダーした」

とローガンはグラスに口をつけながら言う。

今日はいつもと違ってビュッフェ形式の夕食となっている。

それは、先日の実演会の前夜パーティで催された食事の形式だった。

アメリアがビュッフェ形式をえらく気に入ったのを見たローガンの計らいによって、使用人たちも交えてちょっとしたパーティが開かれていた。

「私のために、こんな素敵な場を設けてくださってありがとうございます」

「礼には及ばない。さあ、冷めないうちに」

ローガンに促されるまま、アメリアは取り分け用のお皿を取った。

そしてビュッフェ台の前で一度だけ深呼吸をする。

「どれから食べようかしら……」

思わずアメリアは慄いてしまう。

並ぶ料理の数が、想像以上に多い。

香りも、色も、温度も、それぞれがはっきり主張していて、どれから手を伸ばすべきか迷ってしまう。

最初に目に留まったのは、小さな白い器に盛られたスープだった。

淡い琥珀色。

表面には、薄く張った膜のようなものがあり、刻んだ香草がほんの少し浮かんでいる。

「まずはスープから……」

温かい器をそっと皿の端に乗せる。

次にその隣に並ぶ冷菜が目に入った。

薄く花弁のように重ねられた根菜と葉物野菜。

蕪、黄人参、若いほうれん草……。

真ん中には、柑橘と白ワインビネガーを合わせた透明なソースが、朝露みたいにかかっている。

「……これも美味しそう」

小さく呟きながら、量を控えめに取り分けていると、隣からローガンが不思議そうに言った。

「今日は山盛りじゃないんだな」

「私も、我慢というものを覚えました」

先日のビュッフェでは、たくさん取りすぎて後半はお腹が苦しかった。

(食べきれないのはシェフのみなさんに失礼だし……)

そう思いながら少し離れた場所に並ぶ温菜へ。

黒い石皿の上には、一口大に切り分けられた肉料理が整然と並んでいる。

仔羊のロースト。

表面は香ばしく焼かれ、仕上げに軽く塩と胡椒だけが振られているのが分かる。

アメリアは一つだけ取って、皿の中央に置いた。

結果、皿の上には三種類。

どれも主張は違うのに、色合いが不思議と喧嘩していない。

見栄え良く選べたことにちょっとした嬉しさを感じつつ、席へ戻って腰を下ろす。

最初にスープにスプーンを入れた。

表面の膜が、ぱち、と小さく割れる。

途端に立ち上る、温かい香り。

一口、音を立てないように啜ってみる。

「美味しい……」

反射的に声に出してから、はっとして口元を押さえる。

味はやさしい。

喉を撫でるように滑らかで、体の奥がゆるむ。

それなのに、飲み込んだあとから、じわじわと旨味が追いかけてきて、舌の奥でふくらんでいく。

澄んでいるのに、薄くない。

温かいのに、重くない。

あっという間にスープを平らげてしまった。

次にフォークを伸ばし、冷菜をそっと口に運ぶ。

舌に触れた瞬間、ソースが弾けた。

ひやりとした酸味。

その直後、油の丸みと野菜本来の甘さが広がる。

蕪は柔らかく、えぐみがない。

人参は噛むほどに甘く、葉物の苦味が全体を引き締めている。

「これも、美味しい……」

思わず肩の力が抜けた。

最後に、肉へ。

ナイフを入れると、ほとんど抵抗なく刃が沈む。

口に運んだ瞬間に外側がぱり、と軽く鳴って内側がふわっとほどけた。

熱い肉汁が広がり、思わず息が漏れる。

「ああ、美味しい……」

語彙力がなくなるほど美味しいとは、まさにこのことだろう。

あっという間にアメリアは一皿目を平らげてしまった。

舌に残る余韻を流しながら、アメリアは再びビュッフェ台へ向かう。

その時だった。

勢いよく足音が近づき、視界の端に明るい影が飛び込む。

「アメリア様っ」

ライラだった。

いつもの快活な笑顔を浮かべ、目をキラキラさせながらアメリアに話しかけた。

「カイド大学の研究員なんて凄いです! アメリア様! 天才すぎます!」

「て、天才だなんて……」

アメリアは慌てて手を振った。 褒められると、今でもどこかで身構えてしまう。

「いいえ! アメリア様は紛うことなき天才です! 私の母の紅死病を治してくれた時のアメリア様の姿……今でも忘れられません!」

ライラが身振り手振りを大きくして、言葉を溢れさせる。

「ふふ、ありがとう。その後、お母様はお元気で?」

「はい! 毎日お店に立っています! これもひとえにアメリア様のおかげです!」

「そう、良かった」

ホッとするアメリアの一方で、ライラの興奮は冷めやまない。

「アメリア様、今何か欲しい花はないですか? アメリア様のお望みとあらばどんな花でも世界中探出して見せます!」

「ちょ、ちょ、ライラ! 顔が近い!」

「こら、ライラ」

「あうっ」

どこからともなく現れたシルフィが、ライラの頭をぺしっと叩いた。

「あまりはしゃいで、アメリア様を困らせては駄目よ」

「はあい」

渋々と、ライラは頭をさすりながら去って行った。

シルフィはアメリアに向き直って言った。

「アメリア様の植物好きっぷりも、ここまで行くとは感慨深いですね」

「えへへ……それほどでも」

「初めて屋敷にいらした時、トランクからたくさんの植物や薬が出てきた時は驚きましたが……。まさか、あの出来事が今日に繋がるとは」

「あったわね……そんなこと……」

アメリアは思わず額に手を当てる。

へルンベルク家の屋敷に初めて来た際、シルフィとちょっとした押し問答になって、トランクの中に入っていた乾燥薬草の束、薬が入った瓶、植物に関する本などを思い切り床にぶち撒けてしまった。

「あの時はとてもユニークな方が来たと思いましたが、今ではアメリア様のことを尊敬しています。大学でも、その才能を遺憾なく発揮してください」

「シルフィ……」

じん、とアメリアの胸に温もりが灯る。

振り返ってみると、シルフィはアメリアの専属の侍女として一緒に過ごす時間が長かった。

ずっとそばでアメリアの活躍を見てきたシルフィだからこその、広い世界に羽ばたいて活躍して欲しいという、本心であった。

「ありがとう、頑張るわ」

「応援しています。……ただ」

「ただ?」

「アメリア様は抜けていることも多いので、変な薬を作って大学を大爆破……みたいなことはしないでくださいね?」

「流石にしないわよそんなこと!」

アメリアの突っ込みが食堂に響いた。