軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第179話 炎

「助けて……!! ローガン様!!」

アメリアが叫ぶのと、轟音とともに部屋の扉が勢いよく蹴破られたのは同時だった。

「アメリア!!」

ローガンが叫びながら、部屋の中に駆け込んできた。

額に汗を浮かべるローガンの後ろには何人かの衛兵も続く。

「ローガン、様……」

アメリアはローガン姿を見て、表情に安堵を広げて声を漏らした。

「…………っ!!」

部屋の惨状を見るなり、ローガンはセドリックを睨みつけた。

衛兵がすぐに動き出そうとするが、ローガンは一旦手で静止する。

「ローガン、公爵……」

恐れ、慄く声をセドリックが漏らす。

ローガンの登場に流石に冷静を取り戻したのか、セドリックはアメリアの首から手を離した。

「けほっ……けほっ……」

「アメリア!!」

ローガン、アメリアの元に駆け寄る。

そしてすぐにナイフで縄を解いた。

「大丈夫か、アメリア?」

「な……んとか……」

首を押さえて咳き込むアメリアの背中を、ローガンは優しく摩る・

その間に、セドリックは二人から逃げるように後ずさっていた。

「ハグル伯爵」

名前を呼ばれて、セドリックはビクッと肩を震わせる。

「貴様……自分が何をしたのかわかっているのか?」

低く発せられた声には怒りが滲んでいた。

セドリックに向けられた目には殺意さえ含まれている。

「ロー、ローガン公爵、違うんです、これは何かの手違いで……」

「俺の婚約者をこんな目に遭わせておいて、無事で済むと思うな!!」

セドリックの言葉に耳を傾けることすら許せないとばかりにローガンは声を荒げる。

それからローガンは一歩一歩着実にセドリックへと近づいた。

「ひっ……」

八方塞がりの状況になって、セドリックは一気に劣勢に立たされている。

公爵貴族の婚約者を誘拐し、あまつさえ手にかけようとしていた。

今度は賠償金どころの話では済まない。

下手したら投獄の罰を受けたエリンよりも重い罰が待っているだろう。

ここ数ヶ月の度重なるストレス、そしてもう絶対に逃れられない重罰の気配にセドリックはいよいよ錯乱した。

「く、くるなあ!!」

セドリックは狂気に駆られたように、暖炉の火で熱した薪を掴み上げた。

そして先端が燃え下がる薪をぶんぶんと振りながらローガンに向かって突進する。

「お前らっ……お前らのせいでええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 」

ローガンはセドリックの攻撃を躱し、懐に潜り込む。

そして目にも止まらぬ速さで拳を振り抜いた。

「ぶふぇっ!?」

ローガンの拳はセドリックの頬を正確に捉えた。

瞬間、衝撃がセドリックの身体を弾き飛ばす。

空中に投げ出され、セドリックは豪快に壁にぶつかって白目を剥いた。

その拍子に薪が手から滑り落ち、カーテンへと転がり込んだ。

カーテンの生地が燃え上がり、瞬く間に火が広がっていく。

焦げた匂いが鼻をついて、アメリアは思わず顔を顰めた。

その光景を確認して、ローガンは衛兵に指示を出した。

「連行しろ。そして、屋敷全体に避難指示を」

「はっ……」

ローガンが言うと、衛兵たちがセドリックの身柄を拘束する。

そして残った衛兵は避難指示のために部屋を出ていった。

ローガンは素早くアメリアの元に駆け寄り、抱きかかえた。

「痛むか?」

「大丈夫、です……」

「少しだけ我慢してくれ」

「は、はい……」

緊張と不安の入り混じった表情でアメリアはうなずく。

最後にアメリアはちらりとセドリックを見遣った後、ローガンの肩にすがりついた。

その間にも、炎はどんどんと部屋を包み込んでいく。

ローガンはアメリアをしっかりと抱き上げたまま、部屋を後にした。

◇◇◇

セドリックが引き起こした炎が、全てを赤く染めながら屋敷全体へと広がっていく。

炎は轟々と燃え盛り、濃い煙が空へと立ち昇り、重い空気が辺りを包み込んでいた。

ハグル伯爵家の屋敷は今この瞬間、長く続いた一族の歴史と共に音を立てて崩れ去ろうとしていた。

「奥様! 危険です! ここを離れてください!」

衛兵がアメリアの母リーチェを安全な距離まで誘導しようと必死に声を上げた。

「放して! ここは私の家よ! 私の大事な宝物が、全部あの中にあるのよ!」

リーチェ完全に取り乱していた。

彼女は燃え上がる屋敷の方へと体を突き出し、必死に戻ろうとしている。

「私のビルトンのドレスが! ディオラの宝石が……私の、私の宝物が……!!」

リーチェの叫びからは、失われゆく財産への執念が露わになっていた。

彼女の目には自らの所有物の喪失しか映らず、近くに傷を負った娘がいることなど気にも留めていないようだった。

一方、アメリアは燃え盛る屋敷から少し距離を置き、じっとその光景を見つめていた。

屋敷全体を覆うように広がる炎の赤い輝きが、彼女の瞳に映り込んでいる。

この屋敷は、彼女にとって孤独の象徴。

かつて自由を奪われ、誰にも愛されずに過ごしてきた檻だった。

しかし一方で、今は亡き母と過ごした大切な場所でもある。

その屋敷が今、炎の海の中でゆっくりとその形を失っていく。

過去に閉じ込められた自分が、ようやく解放される――そのような気持ちが湧き上がる一方で、心に小さな虚しさも残っていた。

たくさんの辛い思い出を抱えた屋敷であっても、そこには確かに自分が生きてきた証があったから。

「いたっ……」

小さな痛みが現実へと引き戻した。

へルンベルク家の馬車のそばで、ローガンが手の傷を手当てをしてくれているのだ。

「すまない……染みるか?」

「平気です……ちょっと染みますが、大丈夫です」

「なるべくすぐに終わらせる」

こくりと、アメリアは頷いた。

ローガンは黙々とアメリアの傷の手当てをしている。

しかしその表情は痛ましげで、瞳には強い悲しみと怒りが浮かんでいた。

「そういえば、ローガン様はどうやって、私の居場所を?」

ふと気になってアメリアが尋ねると、ローガンは端的に応えた。

「ユキのお陰だよ」

「ユキが……? あっ……!!」

ローガンの言葉に、アメリアはピンと来た。

「もしかして、匂い辿って……?」

「ああ。ユキに凄まじい嗅覚があることを思い出してな。アメリアのドレスの匂いを元に、ここまで案内してくれたんだ」

ローガンの言葉に、アメリアは思い出す。

クリフ公爵の別荘から帰る際、アメリアが無くしたペンダントを匂いで探し出したユキの嗅覚を。

「ユキ、大手柄ですね」

「ああ、ペット用シェフのよりをかけた料理をユキには献上しないとな」

冗談めかした声で言うローガンに、アメリアの表情が和らぐ。

「でも、ユキで私の居場所がわかると導き出したのはローガン様ですよね?」

「迅速にアメリアの居場所を突き止める方法がそれしか浮かばなくてな……正直賭けではあったが、結果的には良かった」

ほっと安堵したように言うローガンに、アメリアは改めて感謝を口にする。

「ローガン様、助けに来てくださって、ありがとうございました」

アメリアの言葉に、ローガンは手当の手を止める。

それから自分を許せないとばかりに拳を震わせながら言った。

「すまない……もっと早く助けに来れたら、こんな事には……」

「いいえ、充分です」

頭をゆっくりと振ってから、アメリアはローガンの首にそっと腕を回す。

「来ていただけただけで……本当に、充分です……」

心の底から湧き出た言葉が空気を震わせる。

アメリアの抱擁に、ローガンも腕を返した。

そのまましばらく二人、互いの存在を確かめ合うようにしていると。

「……怖かった」

ぽつりと、アメリアが溢す。

「ローガン様と……もう一生会えないかもしれないと思って……それが本当に、怖かったです……」

「アメリア……」

ほんのり湿った声で紡がれた言葉に、ローガンはアメリアを抱き締める腕に力を込める。

ローガンの腕の中で、アメリアの心が震える。

ローガンのそばにいるということが、自分にとってどれだけの安心と喜びをもたらしているのか。

そして自分に、ローガンが唯一無二の存在であることを、攫われて命の危機に晒されたことで痛いほどに実感した。

だからこそ。

「私……嫌です……」

もう、言わずにはいられなかった。

「ローガン様に……危険な場所に行ってほしくありません……」

目の奥がじんわりと、熱を帯びる。

潤んだ目でローガンの目をまっすぐ見つめて。

ずっとずっと心の底に押し込んで蓋をしていた願いを、アメリアは口にした。

「ラスハルに行かないでください……私の、そばにいてください……」

アメリアの懇願に、ローガンは驚きはしなかった。

まるで自分も同じ気持ちだったとばかりに、ただ一度、頷いて言った。

「……ああ、わかった」

ローガンの言葉に、アメリアが目を丸める。

「どこへも行かない。これからもずっと、君と一緒にいる」

「本当、ですか……?」

「俺が約束を破るような男か?」

聞き返すアメリアに、冗談めかした声でローガンは言う。

しかしすぐに、目を伏せて言葉を口にする。

「……俺も……今回、君を失うかと思うと、死よりも恐ろしい思いをした……」

ローガンはアメリアを包むようにしながら、胸にあふれる言葉をそっと吐き出した。

「大切な人と、もう二度と会えないかもしれないという恐怖は……これほどまでに辛いものなのだな……」

ローガン自身、痛感した。

最愛の人を失うかもしれないという絶望を、恐怖を、悲しみを。

だからこそ、アメリアの懇願を否定する理由など、もうどこにもなかった。

「約束……ですよ。絶対に絶対に、行かないでくださいよ……?」

潤んだ声でぽろぽろと涙を零しながら言うアメリアに、ローガンは力強く頷いて言った。

「もちろんだ」

もう一度、ローガンはアメリアを固く抱き締める。

まるで、もう二度と離さないとばかりに。

燃え盛る実家を背景に二人は抱き締め合う。

ローガンの背中に回されたアメリアの指が、炎に照らされてきらりと光っていた。