軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第122話 ウィリアムのレポート作り

アメリアが明日のお茶会に覚悟を決めていた頃。

カイド大学のウィリアムの研究室は今日も遅くまで明かりが灯っていた。

校舎の隅に位置するその部屋は、日夜研究に没頭するウィリアムの宿と化している。

壁一面に展示された様々な乾燥植物。

木製の棚には書類や薬草、粉末状の薬剤などがきちんと整理されている。

植物学者であるウィリアムの情熱が存分に詰まった空間だった。

そんな部屋の奥にある大きな作業テーブルで、ウィリアムは独り言を口にしながらペンを走らせている。

白衣はところどころに土汚れが付いており、長時間の研究による疲れが感じられた。

「よし、安全性の確認もこれで終わった……後は……」

ウィリアムは現在、アメリアが開発した紅死病の特効薬に関する情報を集中的に纏めている。

学会に提出するためのレポート作成も、いよいよ最終段階に差し掛かっていた。

新薬の開発は、単に創造するだけでは完結しない。

開発された薬は、その安全性や副作用の有無に関して厳しい確認を受けなければならず、その全てのデータが学会で精査される。

そして、最終的に学会の認可を得て初めて一般に流通が許可される。

アメリアの作ったこの特効薬も、その例外ではなかった。

ウィリアムは、紅死病で苦しむ人々が今この瞬間にもたくさんいることを痛感していた。

そのため、一刻も早く学会の認可を得ることが最優先事項となっていた。

レポートの細部にまで気を配り、寝る時間さえ惜しんで作業に没頭していた。

机の上には詳細なデータと分析結果が積み重なり、壁の時計の針は深夜を指していたが、ウィリアムの集中は途切れることがなかった。

──ちりりん、ちりりん。

殺伐とした部屋に似合わぬベルの音が突如として響き渡る。

「突然の高音は耳に悪いんですが」

「集中しているお前は、ノックでも斧でも反応しないだろう。だから今日は趣向を変えて呼び鈴を鳴らしてみた!」

「僕を給仕か何かと勘違いしていませんか?」

ため息を隠そうともせず、ウィリアムは椅子ごと声の主に身体を向ける。

ウィリアムより一回りほど年上の男性が、呼び鈴を手に立っていた。

悪戯が成功した子供のような笑顔を見せる男性──ウィリアムの同僚リード。

線の細いウィリアムとは違い良い体格をしており、盛り上がった筋肉のラインが白衣からも伺える。

短く青みがかかった髪に、濃い無精髭。

静かでどちらかというと暗いウィリアムとは対照的に、明るい太陽のような雰囲気を持っていた。

リードはウィリアムの作業テーブルに近づき、軽く身を乗り出しながら尋ねる。

「レポートは順調か?」

「もうそろそろ終わりますよ」

深いため息をつきながらウィリアムは答えた。

「いよいよだな」

感慨深げに呟いた後、リードが椅子に腰掛ける。

それから少し羨ましそうに付け加えた。

「それにしても、スーランを使うとはな。俺にも、もう少し常識に捉われない視点があれば……」

その声には敬意と悔しさの両方が滲んでいた。

リードも、紅死病の特効薬に関する研究に一年ほど取り組んでいた。

ラスハル自治区でしか取れない、高価な植物「サザユリ」に代替する植物を探していたが、一向に成果が上がらなかった。

そんな中、ひょんなことからウィリアムが担当した家庭教師の教え子が、サザユリに変わる植物を一瞬にして導き出す。

仮にも大学の研究員として働き、自身の知力に対して自信を持っていたリードからすると、苦い気持ちもあることは確かだった。

リードの言葉に対して、ウィリアムは声を小さくして言う。

「これに関してはアメリア様が凄すぎた、としか……あれはもはや天賦の才です。僕が取り組んだところで、あと数年は答えに辿り着けなかったと思いますよ」

「本当に凄いな、アメリア嬢は! まだ17歳だろ?」

「リード、声が大きいです」

語りに熱が籠るリードに、ウィリアムは僅かに動揺したように注意を促す。

「おっと、悪い悪い」

悪びれなさそうに、リードは頭をかいた。

今度はこっそりと、口に戸を立て囁くようにリードは尋ねる。

「それで、アメリア嬢の名前は表に出すのか?」

「その件に関しては、へルンベルク家の当主様も交えて話してきました」

「それで?」

「アメリア様に充分な後ろ盾が出来るまで、名前は非公開で、という方向に話が纏まりました」

「まあ、それが賢明だろうよ」

リードは深く頷いた。

ウィリアムは念を押すように、リードに言葉をかける。

「わかっていると思いますが……」

「ああ、もちろん」

ウィリアムの言葉を遮り、リードはいつものサッパリとした笑顔を浮かべる。

「この事は他言無用、だろ?」

「くれぐれも、お願いしますね」

「わかってるって。こう見えて、俺の口はダイヤモンドより硬い」

「叩けば割れてしまいますが」

「文句はへき開面に言ってくれ」

ダイヤモンドは八面体のなかで、「へき開面」と呼ばれる場所に力が加わるといとも簡単に割れてしまう。

「とりあえず、まずは学会だな」

「ええ」

ウィリアムがこくりと頷く。

学会で新薬の認可を降ろしてもらうためには、何人もの教授による厳正な審査が必要だ。

レポートの内容が不十分だったり、そもそも薬の有効性が認められなかったり、効果に対して副作用が大きいと判断されると、認められない。

人の命に関わることのため、当然といえば当然のことであった。

「頑張れよ」

ぽんとウィリアムの肩に手を置いて、リードはしみじみとした様子で言った。

「ウィリアムをずっとそばで見てきた俺だからこそ、断言出来る。ウィリアムのレポートならきっと、認可が降りるさ。大丈夫、自信を持て」

「いえ、その点は心配していません」

真顔で首を振るウィリアムに、リードはずっこけそうになった。

「せっかくカッコよく決めたのによお」

ぼやくリードに、ウィリアムは尊敬の笑みを漏らして言った。

「アメリア様の作った薬は、突っ込む所がまるでないので」