軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第111話 膝枕

コリンヌが帰宅した後。

夕食までまだ時間があったので、アメリアはローガンの執務室を訪ねた。

ローガンもちょうど仕事を終えたところだった。

「大丈夫か?」

「抜け殻の気持ちです」

ふかふわのソファの上。

ローガンの隣で、アメリアは口から魂が漏れ出そうになっていた。

「普段使わない頭と身体を使ったせいか、なんだかぼーっとします」

「大丈夫か?」

ずいっとローガンがアメリアの顔を覗き込む。

アメリアの視界に、憂慮を浮かべたローガンの顔立ちが広がった。

「体調は悪くないか? 明日からもやっていけそうか? 辛いなら、一日くらい休んでも……」

「いえいえ! 大丈夫です!」

ぶんぶんとアメリアは頭を下げる。

「確かに疲れはありますが、へっちゃらです。一日ぐっすり寝たら、回復しますよ」

両手をぎゅっと握って元気さをアピールしながらアメリアは思い起こす。

(餓死一歩手前で食べ物を探し回ったり、冬の寒い日に暖を取るための薪を割ったり……あの時に比べたらどうってことないわ……)

我ながらよく生きていたなと苦笑が漏れた。

「そうか……ならいい」

「ご心配いただきありがとうございます。コリンヌ先生は厳しいですが、指摘はとても的確で、上達を実感しています」

「腕は確かなお方だからな」

しばし沈黙の後。

不意に、アメリアの肩が抱き寄せられた。

ぽす、とアメリアはローガンに頭を預けた。

「お疲れ様」

穏やかな声が、子守唄のようにアメリアへとかけられる。

大きな掌が、アメリアの髪を優しく撫でる。

「……はい」

もっとローガンの存在を感じていたい。

その思いで、アメリアはローガンのぐっと身を寄せた。

温もりを纏った指が髪を梳くたびに、瞼が重くなる心地良さが到来する。

「よく頑張ったな」

「はい……」

じんわりと、瞼の奥が熱くなった。

自分の頑張りを褒めてくれる人がいる。

労ってくれる人がいる。

それだけで、胸がいっぱいになる思いだった。

夕食の時間まで、アメリアはローガンの温もりを感じていた。

◇◇◇

ローガンとの夕食を終えた後。

アメリアは自室に戻り、歩き方とカーテシーの練習に取り組んだ。

(コリンヌ先生に言われた通り、私に足りないのは自然な動作)

実際の社交界に足を運んでないのもあって、動きの一つ一つに余裕が感じられない。

それを払拭するには、反復練習しかなかった。

(ローガン様の隣に立っても恥ずかしくないように……)

その一心で、アメリアは練習に励んだ。

どれくらいの時間、没頭していただろうか。

夜も深まり、普段ならそろそろ就寝している時間になって、部屋にノックの音が響いた。

「今大丈夫か?」

「は、はい、どうぞっ」

入室してきたのはローガンだった。

仕事着ではなく、寝巻きに着替えている。

「いかがなさいましたか?」

「様子を見にきた。アメリアのことだから、夜も練習に励んでいると思ってな」

額に汗を滲ませたアメリアを見て、ローガンは言う。

「流石、お見通しですね」

自分のことをよくわかってくれている事が嬉しくて、アメリアは思わず笑みを溢す。

「少し休憩にしないか? クッキーを持ってきた」

「クッキー!」

思わずぴょんっとアメリアは跳ねた。

「聞くまでもなかったようだな」

ふ……と小さく笑って、ローガンはベッドのそばのテーブルにクッキーの盛られた皿を置く。

水も用意してから、二人一緒にベッドに腰掛けた。

サクッと小気味良い音を立てて、アメリアはクッキーを齧る。

「んー! 美味しいですっ……ちょうど、甘いものが欲しいと思っていたんですよ」

「それは良いタイミングだったな」

落ちそうな頬を抑えて至福の表情を浮かべるアメリアを、ローガンは微笑ましげに眺めている。

「ローガン様も、どうぞ」

「ああ」

アメリアに差し出されて、ローガンもクッキーを一つ口に放り込んだ。

「うむ。バターの風味が濃くて美味いな」

「ですよねっ」

こうしてしばらくの間、二人はさくさくとクッキーを味わった。

クッキーを平らげた後。

不意に、ローガンが口を開いた。

「アメリア」

「はい」

「もっと遠慮せず、甘えてもいいんだぞ」

「ふぇっ……」

躊躇いがちにかけられた言葉は、アメリアの胸を激しく打った。

思わず、ローガンの横顔を見上げてしまう。

「今更言葉にするまでもないが、当初の契約結婚という体はもう無くなった。俺たちは……愛し合っている。だから、したいことをするのが良いと、思う」

羞恥を滲ませ、ぎこちなく並べられた言葉の一つ一つがアメリアの感情を揺さぶる。

愛し合っている。

誦じてみると、なんて甘美な響きだろうか。

一生無縁だと思っていた温かい概念に未だ現実感が湧かない。

(でも、これは現実……)

今身を寄せている、ローガンという男を自分は愛している。

それは確かな事実として存在していた、しかし。

「……わからないんです」

「む?」

ぎゅ……と、ローガンの袖を指で摘んで、迷子になった幼子のようにアメリアは言う。

「甘えてもいい……と言われても、どのようにすれば良いのか……」

実家では甘えることは一瞬たりとも許されず、ただ虐げられる日々だった。

唯一心を許していた母はもう随分と前に居なくなってしまった。

一人の時間が長かったから、アメリアは他人への甘え方をすっかり忘れてしまっていた。

そんなアメリアの心情を、ローガンは感じ取ったのかはわからない。

「ふむ、なるほど……」

考える素振りを見せてから、ローガンは動いた。

「こういうのはどうだ?」

「ひゃっ……」

何の前触れもなく、視界が横向きになった。

ローガンの腕が、アメリアの身体をゆっくりと倒したのだ。

小さな頭が、ローガンの膝の上に来るような体勢になる。

いわゆる、膝枕だった。

「どうだ?」

上からローガンの声が降ってくる。

顔は反対の方向を向いているため、ローガンの表情は見えない。

(どう……と言われましても……)

突然のことで心が追いついていない。

心臓がドキドキとうるさい。

鼓動がローガンの膝に伝わっていないか心配になった。

そっ……と、大きな手がアメリアの髪に触れる。

そのままゆっくりと、宝物を扱うかのように撫でられる。

とろんと、瞼が重くなった。

「……気持ち良い、れす……」

飼い主の膝の上で撫でられ、喉を鳴らす子猫のようにアメリアは言う。

「何よりだ」

ローガンは満足げな声だった。

「……ありがとうございます、ローガン様」

「どうってことない」

自分よりもずっと大きな膝の上で頭を預け、撫でられる。

優しくて、ゆったりとしていて、とても心地よい時間だった。

しばらくの間、アメリアはローガンに膝枕を堪能するのだった。