軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第106話 帰ってきた平和と、不穏な影

ライラの一件から、1週間ほど経ったある日。

「ふうっ、今日も大量大量!」

昼下がりの裏庭で、アメリアは雑草採集に励んでいる。

お馴染みのバスケットには雑草たちがこんもりと盛られていて、今日の成果が一目で見てとれた。

「アメリア様、そろそろ休憩いたしましょう」

雑草最終の間、近くで控えていたシルフィがやって来て言う。

「そうね。ちょうどそろそろ喉が乾いて来たし、休みを入れようかしら」

「かしこまりました。では、紅茶を用意して参りますね」

「ありがとう、シルフィ」

ぺこりと一礼して、シルフィが紅茶を取りに行く。

「さて、と……」

シルフィが戻ってくる僅かな時間も無駄にしてはならない。

再び、アメリアは雑草採取に戻ろうとした時。

「アメリア様〜!」

「ライラ!」

ひょっこりと、ライラが姿を表してアメリアの方に駆けてきた。

表情は明るく、今すぐアメリアに抱きつかんばかりの勢いだ。

「もう仕事に復帰したの?」

「はい! 昨日からまた、働かせていただいてます! 昨日はシルフィのお説教で大変でしたよ〜」

「お説教?」

アメリアが聞き返すと、ライラは苦笑を浮かべながら言う。

「はい。一介の侍女である私が、アメリア様とウィリアム様の授業に割って入った件、流石にお咎めなしとはいかないので……シルフィのありがたいお説教を一日中聞いていました」

頬を掻きながら言うライラだったが、その表情に曇りはなく、むしろ清々しそうだった。

「な、なるほど。お説教だけで済んで良かったわね」

アメリアの言葉に、こくこくこく! っとライラは頷く。

通常なら休職、下手したら退職になってもおかしくない行為がお説教で済んだあたり、何かしらの温情があったのだろう。

それはさておき、ずっと気になっていたことをアメリアは尋ねる。

「お母様は、元気?」

「はい! お陰様で! あれからすぐに体調も良くなって、今日もお店に立っています」

言った後、ライラは勢いよく頭を下げた。

「改めてアメリア様、先日はありがとうございました! これ、本当に大したものではなく申し訳ないのですが……」

そう言ってライラは、綺麗にラッピングされた紙袋をアメリアに差し出す。

「これは……」

「私と母で作ったクッキーです! お口に合うかわかりませんが……」

「そ、そんなっ、気を遣わなくてもいいのに……」

人から感謝をされることに未だ慣れていないアメリアは尻込みしてしまう。

「何を仰るのですかアメリア様!」

ライラが声を張った。

「アメリア様は、私の母の命を救ってくれた大恩人です! ただ感謝の言葉を贈るだけでは、私たち家族の気が済みません! むしろ、これくらいしかお贈りするものがないのが歯痒いくらいです……なのでどうか、受け取ってください」

ライラの熱の籠った声を聞いて断れるわけがなかった。

ここで、ライラの気持ちを拒否するわけにはいかない。

半ば押し切られるような形で、アメリアは紙袋を受け取る。

「それじゃあ……ありがたくいただくわね。甘いものは大好きだから、とっても嬉しいわ」

実家にいた頃は甘いものなどほとんど食べさせて貰えなかった。

なので、へルンベルク家ではティータイムのお供で当然のように出るクッキーやケーキに、アメリアはすっかり虜になってしまっていた。

アメリアの言葉に、ライラがぱあっと表情を明るくする。

「良かったです! また、作ったら持ってきますね。それと……」

ライラはもう一つ、アメリアへの贈り物を用意していた。

「これも、受け取ってください!」

「わあ……」

それは、深いオレンジやピンク、赤といった鮮やかな色合いの花だった。

殺風景な部屋もこの花を飾るだけで一気に明るくなるような存在感を放っている。

「カーベラね。とても、綺麗だわ」

「うちでも人気のお花なんですよ。今年も綺麗に咲いてくれて、よかったです」

そう言ってから。ライラは尋ねる。

「アメリア様、カーベラの花言葉は?」

「えっと、感謝……?」

間髪入れずに答えたアメリアに、ライラはニッと笑って。

「アメリア様、本当に、ありがとうございました!!」

輝く太陽に負けないライラの笑顔を見て、アメリアは思う。

(私の知識が、誰かの助けになった……)

ライラの母親を救うべく、紅死病の新薬を作っているときは無我夢中で実感が無かった。

しかしこうしてライラからの感謝の言葉を聞くと、確かな実感が湧いてくる。

心と身体が、震えるほどの嬉しさを感じていた。

そんな風にアメリアが喜びを噛み締めていると、スッと第三者の影がやってくる。

「ライラ」

「げっ、シルフィ」

紅茶をお盆に乗せて戻ってきたシルフィを見て、ライラがギクッと肩を震わせる。

「今のアメリア様の担当は、誰かしら?」

「シ、シルフィです……」

「今日も一日、お説教会を開きたいようね」

「十分反省した! 反省したから! ただ、アメリア様にどうしてもお礼が言いたくて……!!」

あたふたと弁明するライラに、シルフィは呆れたように息をつく。

「今回は、アメリア様への事後報告という名目で目を瞑るわ。ただ昨日も言ったけど、私たち使用人は規律を最も重んじなければならない立場なの。それを常々理解しておくこ……」

「やった! シルフィ、大好き!」

「ちょっと、抱き付かないで。紅茶が溢れるわ」

普段は敬語で表情を崩さないシルフィの砕けた様子に、アメリアは思わず「ふふっ」と口に手を当てて笑みを溢す。

「アメリア様も、笑っている場合じゃないですよ。今後は自分の感情に駆られて、突然部屋を出ていくような真似は慎んでくださいね」

「うっ……気をつけます……」

ちくりと刺されて、アメリアの背筋がピンと伸びた。

シルフィの言う通り、先日部屋を飛び出し書庫に駆け込んだのは、淑女としてはあるまじき振る舞いだ。

どんな時でも、冷静に、落ち着いて行動しなければならない。

どうも感情に振り回されやすいアメリアの、へルンベルク家に来てからの一番の課題であった。

「結果としては良い方向に転がりましたが、公爵家の夫人となる身として、そろそろ周りからの見え方にご留意くださいね。来週には、お茶会も控えていることですし……」

「お茶会……」

シルフィの言葉で、頭の中でバチバチッと何かが光った。

ここ最近、バタバタしていてすっかり抜け落ちていたイベント。

「あっ……!!」

アメリアは、思い出す。

エドモンド公爵家のお茶会が、来週に迫っていることに。

◇◇◇

ハグル家、とある一室。

エリンの自室はピンクと白を基調にした装飾が施され、これでもかと贅沢にあしらわれていた。

壁に刻まれた花々のモチーフ、天井には薔薇の花びらが降り注ぐようなシャンデリア、ベッドには数えきれないほどのぬいぐるみ。

すべてエリンの我儘の賜物であったが、クローゼットだけは二度と見たくないとばかりに固く閉ざされていた。

「こちら、エドモンド公爵家のお茶会の参加者リストになります……」

テーブルでアフタヌーンティーを楽しんでいたエリンに、使用人が声を震わせながら、一枚の紙を渡す。

声からは緊張と恐怖が滲み出ていて、手元は微かに震えていた。

エリンは礼も口にせず、ひったくるように紙を受け取った。

それから、名簿に記載された名前を品定めするように見つめる。

「へえ……結構な有力者が来るのね」

エリンの表情に打算の色が灯った。

中堅貴族の令嬢であるエリンにとって、お茶会という場は将来の結婚相手を見つけるための重要な場。

どのような身分の、誰が参加者として来るのかはしっかりと把握しておかなければならない。

さながら、エリンの目は狩りに勤む肉食獣のよう。

そんな中ふと、エリンの視線が止まった。

父と同じグリーンサファイヤの瞳が僅かに見開かれる。

「へえ、暴虐公爵も参加するんだあ」

エリンの口から漏れたのは、見下すような、馬鹿にするような声。

「久しぶりに会えるわね、お姉様」

ニヤリと、エリンの口元が歪む。再会を楽しむ笑顔ではない。

何か良からぬことを企む、悪意をたっぷりと含んだ笑みだった。

その笑顔は一瞬で消え去り、エリンの表情が変わる。

途端に、エリンの両眼から濃厚な憎悪が溢れ出した。

緑色に輝く双眸は深い怨恨を孕んでいる。

ぐしゃりと紙を握り潰して、エリンは言った。

「絶対に、許さないから……」