軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第100話 アメリアの覚醒

(認めない認めない認めない! 絶対に認められるわけがない!)

その一心で、アメリアは廊下を駆けた。

普段運動なんてしないものだから足がもつれそうになる。

血が足りなくなって頭がぼーっとする。それでもアメリアは走った。

書庫に辿り着く頃には、アメリアの息は完全に上がっていた。

「はあ……はあ……」

肺が痛い、足がガクガクと震えている。

それらを振り払って、呼吸を無理やり整えてから書庫に足を踏み入れた。

へルンベルク家の広大な書庫の、植物の記載のある本や文献を手当たり次第に取って、机の上にドスンと積み重ねる。

ローガンが植物に関する蔵書を増やしてくれたのもあって、その数はかなりのものだった。

椅子に座る時間も惜しいと、アメリアは物凄いスピードで本を捲り始める。

「クリックスなら……ううん、多分これじゃ無理……ブリルトはどう……? ダメ、性質がかけ離れている……」

呟きながら、書庫に常備された紙にペンを走らせるアメリア。

ウィリアムは言っていた。

ザザユリに依存しない製法で薬を作れないか、研究者たちが日々様々な植物を掛け合わせて開発に当たっていると。

自然界に存在する植物は膨大で、組み合わせは天文学的な数のパターンが存在する。

しかし違う見方をすれば、ありとあらゆるパターンを試せば、いずれは正解に辿り着く。

ザザユリに代用できる植物も、実験に実験を重ねれば発見する事ができるだろう。

しかしそれは明日かもしれないし、来月かもしれないし、一年後かもしれない。

確率で考えたら、相当な年月をかけなければならない。

それまで、ライラの母親が持つ可能性は……限りなく低いだろう。

(だったら私が……見つけてみせる……!!)

アメリアの思考スピードが一気に加速する。

ワインレッドの美しい双眸に映る無数の植物の図鑑や文献を次々に開き、目を通し、メモを取り次へ次へと進んでく。

ページを捲る手が止まらない。頭の回転が止まらない。

メモを書き取るペンも止まらなかった。

アメリアの頭の中が数多の植物名と性質の記述で満たされていく。

それらをもとに数えきれないほどの仮説が生み出されていき、理論と実践の間で繋がりを見つけようとする。

一冊の本を読み終わると直ぐに次の本へと手を伸ばす。

机上に散らばるたくさんの紙があっという間に黒くなっていく。

それぞれの紙には植物の特性や成分、それに対する効果や副作用といったことが詳細に書き記され、それぞれが繋がり合って一つの大きなパズルを作り出すように配置されていった。

ゼロだった情報が目を見張る速さで形を帯びていき、絡み合い、そして新たな概念を生み出す。

数多の研究者が取り組んでいる問題を、自分一人で解決できるのか。

普通に考えれば到底不可能な所業だ。

だが、そんなの関係なかった。

(なんとしてでも……ザザユリに代わる植物を見つけてみせる!)

それしか考えられなかった。

頭の奥でチリチリと痛みが生じる。

視界がチカチカしてきて、目に映る文字列が断続的にぼやけてしまう。

自分でもかつてないほど頭脳を酷使していることを自覚して、思わず休憩を入れそうになるも。

──ごめんなさい、ママ……本当に、ごめんなさい……。

脳裏に浮かぶライラの泣き顔。聞こえてくるライラの涙に濡れた声。

それらを思い起こし、再び自分に喝を入れた。

(ライラは、10年前の私……)

無力感に打ちひしがれ、ただただ泣き叫び母を看取ることしか出来なかった、無力な自分と同じだ。

ここで諦めたら一生後悔する。そんな確信があった。

(もう二度と、あんな思いは……!!)

強い信念がアメリアの思考に推進力を与え、とんでもない思考スピードを実現する。

頭を抱え、時には天井を見上げ、時には深呼吸をして。

アメリアは読んで、考え、書いて、考え考え考え続けた。

そんなアメリアを、書庫の入り口で二つの影が静かに見守っている。

「アメリア様は、一体……?」

今まで見たことのない姿の主人を見て、ライラが言葉を落とす。

「あれは……私たち研究者が、物事に没頭している時と非常に似ています」

目を細めて、ウィリアムが言う。

なんにせよ、今のアメリアに声は掛けられない。

その認識は一致しているようで、2人は固唾を飲んでただただアメリアを見守るしかなかった。

どれほど経っただろうか。

時間としては十分も経っていないタイミングで、不意にアメリアの動きが止まった。

それから書き込んで真っ黒になった一枚の紙を凝視し、額に深い皺を寄せ、忙しなく瞬きを繰り返す。

「そうか、これなら……」

そう呟いたかと思えば……ぽたり、ぽたりと、紙に赤い雫が落ちた。

「アメリア様……!? 血が……!!」

ライラが叫ぶ。

アメリアの鼻から、真紅の血が滴り落ちていた。

「うーん……」

急に目を回したようにアメリアがふらつく。

力を失ったアメリアの身体が床に吸い寄せられた──瞬間、大きな影がアメリアを抱き止めた。

本来、ここにいるはずのない人物。

「大丈夫か、アメリア?」

「ローガン、様……?」

虚空をぼんやりと見つめていた目の焦点が徐々に合ってくる。

鼻血ぶーをして倒れそうになったところをローガンに抱き止められた、という事実を認識して、アメリアの頬がみるみるうちに赤くなった。

「あっ……ご、ごめんなさいっ、私ったら……!!」

「大丈夫だ、とりあえず落ち着け」

ぐしぐしと慌てて鼻を拭うアメリアに、ライラがこっそりとタオルを渡す。

ローガンはアメリアを椅子に座らせて、一旦、落ち着くための時間を作った。

出血は一時的なものらしく、しばらく鼻を押さえていたらぴたりと止まる。

その間、ウィリアムはアメリアがペンを走らせた紙を見下ろし目を見張っていた。

「落ち着いたか?」

「はい、なんとか……」

妙に頭が痛く、身体も重い気がするが、思考は冷静さを取り戻していた。

「と、とりあえず事情を説明しないとですよね」

「大丈夫だ。シルフィから、全て話は聞いている」

いつの間にかローガンのそばに控えていたシルフィが、アメリアに軽く頭を下げる。

アメリアはハッとした。

つまり、ウィリアムの授業をすっぽかして書庫で暴走していたことをローガンは知っている。

「ご、ごめんなさい、つい、我を忘れてしまって……」

「大丈夫だ。それよりも、何か分かったか?」

ローガンは、アメリアの行動の意図を察しているようだった。

「は、はい! そのことなんですが……」

ちらりと、アメリアはウィリアムの方を見る。

ウィリアムはどこか緊張した面持ちをしていた。

アメリアは机から一枚の紙を取って、ウィリムに見せながら尋ねた。

「スーランなら、ザザユリの代用が効きますよね?」

「スーラン……」

ハッと、ウィリアムが何かに気づいたように目を見開く。

「植物としての特性がほぼ同じで、成分も似ているスーランであれば、ザザユリと代替出来ると思います。スーランなら、その辺に生えているくらい安価な植物なので、紅死病の新薬の量産も可能だと思います。詳細はこの紙に書いたので、確認していただけると……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいねっ……」

普段の彼の落ち着いた物腰から一転。

アメリアから紙を受け取ったウィリアムは、慌てた様子でポケットからメモ帳とペンを取り出した。

アメリアが書き込んだ紙にじっと目を通しつつ、自分のメモ帳に物凄いスピードでなにやら書き込み始めた。

ぶつぶつとしきりに何かを呟き、ペン先を忙しなく走らせているウィリアム。

専門的な知識を用いて何かを思考しているのは一目瞭然。

その姿は、先ほどのアメリアと重なる部分が大きかった。

不意に、ウィリアムのペンが止まる。

「なるほど、これなら……」

ウィリアムの言葉に、書庫内が緊張に包まれる。

特にライラは、祈るような顔でウィリアムの次の語を待っていた。

「確かに、スーランであれば代用可能だと思います。スーランはザザユリと同様の成分を持つだけでなく、生育速度もはるかに早く繁殖力も高いですから、量産という点でもザザユリより優れています」

「よかっ……たあ……」

アメリアの身体からストンと力が抜けた。自分が導き出した有用性が認められて嬉しい。

しかし何よりも、自分の知識がきっかけでライラのお母さんの命を救えるかもしれない。

そう思うと、胸がいっぱいになる思いだった。

「よくやったな、アメリア……」

ぽん、とローガンがアメリアの頭に手を乗せる。

アメリアが導き出した答えの凄さを、ローガンは理解しているようだった。

「そ、それほどでもないですよ……」

謙遜するものの、ローガンに褒められるのはやっぱり嬉しい。

思わず口がにやけてしまうのを止められないアメリアであった。

「いや、本当に驚きました……スーランは一般的に繁殖力が強く、成長スピードも速いため、通常は害草として扱われていました。我々研究者はこの特性を視野に入れず、特異な成分を含む植物を対象に研究していたのです。そのため、スーランという選択肢は完全に見落としていました……」

微かに震える声でウィリアムが続ける。

「正直、言葉を失っています。私たち研究者が頭を悩ませていた課題を、この短時間で……」

ちらりと、机の上に積み重なった本を見て言うウィリアム。

その瞳も、声色も、アメリアに対する驚愕で溢れていた。

「ご、ごめんなさい! 難しいことはわからないのですが……アメリア様の言うスーランを使えば、母を救う薬が作れる、ということですか……?」

ライラが恐る恐る尋ねると、ウィリアムは力強く頷く。

「はい。理論上では、これで紅死病の特効薬が作れるはずです。少なくとも大学に帰って、試してみる価値は大いにありそうです」

ウィリアムが言うと、ライラは口を両手で押さえた。

打つ手なしという状況の中、一縷の光のように現れた希望にライラは言葉も無くしているようで……。

「それだと、間に合わないかもしれません!」

アメリアの声が書庫に響き渡る。

その顔は切羽詰まっていて、何者かに追われているような焦りが浮かんでいた。

「試している間に、ライラのお母さんが亡くなってしまうかもしれません……!! スーラン、タコピー、そしてイルリアン……全て屋敷内で入手できる植物です。今すぐに、作るべきだと思います!」

「お気持ちはわかりますが……」

アメリアの言葉に、ウィリアムは言いづらそうに口を開く。

「調合するための道具は全て大学にあるので、今すぐ作るというのは……」

「大丈夫です」

力強く、アメリアは言った。

「私が、調合します」