軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7日目、母と娘の策略

高く低く交錯する音が奏でられる。

音楽の波を泳ぐように、軽やかにルーナは人波を巧みに縫って進む。

蝶道をたどる蝶々のように。

ひらひらとドレスの裾を翻して。

誰かを探すみたいに、あるいは誰かに見つけてもらうためのように広い会場を一人で歩く。

ルーナは、夫のシルヴィア伯爵とともに王宮の夜会に出席していた。

夫のシルヴィア伯爵はルーナを目で追っているが、決して側には来ない。ルーナも夫のいる場所を視線だけで確認するだけであった。

「 ス(・) テ(・) ラ(・) 」

母親のラヴァン伯爵夫人に呼ばれて、ルーナは足をとめた。

「はい。お母様」

ルーナがラヴァン伯爵夫人に近づく。

「釣れたようね?」

短い問いかけに、ルーナはにっこりと微笑んだ。

「餌は私ですもの。ちゃんと釣れましたわ」

広間を歩いていたルーナを追いかけて、人々の隙間から足音荒くセラステス侯爵が姿をあらわした。

「ラヴァン伯爵夫人。今、ステラと呼ばれましたね!? まさかステラなのか!」

昏い目のセラステス侯爵がラヴァン伯爵夫人とルーナに詰め寄った。一日また一日と日を追うごとに立場が悪化してゆくストレスに、セラステス侯爵の精神的重圧は爆発寸前であった。

そんな時にステラがいるはずのない王宮夜会の会場にいて、目の前を横切ったのである。心理的に圧迫されて判断力が低下していた侯爵が思わず誤解してしまったのは致し方がないことであった。

「ステラ! 何故ここにいる? 屋敷を抜け出したのか!?」

目の前のルーナをステラと誤認して、セラステス侯爵が声を荒げる。

ルーナは返事をしない。大声にいかにも驚いた表情をつくって、怯えているように震えていた。

苛立ったセラステス侯爵はルーナの腕を乱暴に掴んだ。

「帰るぞ! 来るんだ、ステラ!」

「いや……! 離して……!」

弱々しくルーナが抵抗をする。ラヴァン伯爵夫人も手向かう。

「離しなさい! 娘を離すのです!」

視線が集まる。一斉に人々の目が集中した。なにしろ現在もっとも悪い方に注目されているセラステス侯爵である。人々が食いつくのは当然であった。

「帰るんだ!」

「きゃあ」

セラステス侯爵に手を引っ張られたルーナが膝をつく。さも無理矢理に手を引かれたためにバランスを崩して転んだように見せかけて、ルーナはわざと膝の力を抜いたのである。

「 ル(・) ー(・) ナ(・) !(・) 」

シルヴィア伯爵がルーナに駆け寄った。

「ルーナ?」

セラステス侯爵が繰り返す。

「ルーナ、だと……?」

ぎくしゃくとセラステス侯爵が床にうずくまるルーナを見た。信じられない、と目を見開く。

「だんな様っ!」

ルーナがシルヴィア伯爵に手を伸ばした。

「ルーナ、かわいそうに! ああ! 怪我をしている!」

シルヴィア伯爵の爪を切りそろえた指先がルーナに触れる。優しく慈しむように。やわらかくルーナを抱きしめた。

「ス、ステラじゃないのか!? ステラだと思ったんだ! ラヴァン伯爵夫人だって彼女をステラと呼んでいたっ!」

殴られたかのように身を震わせて、セラステス侯爵が弁明をする。端正な顔が強張っていた。

ラヴァン伯爵夫人が首を少し傾けた。結い上げた髪を飾る宝石がきらきらと揺れる。

「ステラとルーナは双子で同じ顔ですもの。親だとて時々呼び間違うこともありますわ」

ジャンジャンジャン!

「寄ってらっしゃい、観てらっしゃい!」

今日も元気な弁士の声が響く。

「やっちまったよ! やっちゃったよ! 侯爵が人違いをして他家の奥方様に怪我をさせてしまったんだよ!」

ジャガジャン!

「さぁ、大変だ〜。こりゃ、大変だ〜。レリーヌだったら夫婦のこととして家の問題で終わるけど〜、他家の奥方では大問題だ〜。崖っぷち侯爵の『とある侯爵家の白い結婚』7日目だよ〜」

「ち、違う! 間違えてしまったんだ!」

王宮の近衛兵に両腕を押さえられているデルグトス役の俳優がわめく。

「つ、妻のレリーヌだと思ったんだ。怪我をさせるつもりなんてなかった!」

「黙れ!」

近衛兵が命令する。

周りの人々もさざめく。

「あたくし見てましたわ。侯爵はとても手荒な扱いでしたわ」

「ええ、恐ろしゅうございました」

「妻だとしても、あのような粗暴な振る舞いは許されませんわ」

「しかも本人と確認もせずに手を掴んで……!」

人々のざわめきが止まらない。

デルグトスが身をそらして抗う。

「違う! 無実だ! 間違っただけだ!」

「これだけ目撃者がいるのに無実だと? 笑止。今夜は貴族牢に入ってもらうぞ」

容赦なく近衛兵がデルグトスを会場から連れ出した。

「ざまぁみろ!」

観客たちが手を叩き、足を踏み鳴らす。

「やったー! これでレリーヌちゃんは離婚できるよな!?」

「だって侯爵が捕まったんだから!」

「いやいや。貴族って金で解決することが多いじゃん」

「えー!? ダメなのか?」

「難しいんじゃないかなぁ? 貴族だもん、法的にも抜け道はあるだろうし」

人気の寸劇なので下町の観客だけではなく、それなりの階級の者や知識人もチラホラとまじるようになっていた。

「きっと貴族牢もすぐに出るよ。高位貴族は特にさ。罪が罪にならない階級だもん」

「そんなぁ! まだレリーヌちゃんは離婚できないのか?」

ジャンジャンジャン!

「皆の衆〜! 続きが気になるよね〜? 明日は『とある侯爵家の白い結婚』の8日目だよ〜。観に来ておくれよね〜」