軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1日目、白い結婚

イマヴァント王国の庶民の間で、寸劇という短時間で完結する演劇が流行っていた。

劇場とかではなく路上で、少人数の芸人が喜劇や悲劇などを熱演するのだ。

識字率の高い国ではなかったので時として、この寸劇が最新情報を提供的な役割を果たすこともあった。新聞等の便利な情報発信媒体はないのだ。常ではないが、社会の動きや特定の分野の動向などの伝達に寸劇が活躍することも時折あった。

その寸劇で最近、人気を博している演目があった。

題名を『とある侯爵家の白い結婚』といった。

内容は毎日変化する。というよりも毎日進む。

結婚式からの日々を一日単位で演じているからだ。

主人公レリーヌを演じているのは、演技はイマイチだが儚げな雰囲気は天下一品と評判の美人女優。脆くて、壊れやすくて、か細い役が得意(それ以外は立派な大根)な女優だったのでレリーヌ役は天職であった。

何故ならばレリーヌはひたすら虐げられる夫人だったからである。悲劇の見本のような。とにかく全方位から肉体的にも精神的にも虐待されるのだ。

レリーヌ役の女優は侯爵夫人を演じているが、本物の侯爵夫人の名前はステラと言った。

夜空の名を持つステラとルーナはラヴァン伯爵家の双子であった。

グリーンからブラウンへのグラデーションが美しいヘーゼルの同じ瞳の色、同じ金の髪の色、顔立ちもそっくりだった。

父親のラヴァン伯爵は貴族らしい貴族であったので大事なのは双子の弟である継嗣のルイディルだけであり、ステラとルーナは政略の道具にすぎなかった。ルイディルと、ステラとルーナの扱いは天と地ほどの格差があり、父親に甘やかされたルイディルはステラとルーナを見下す驕慢な性格だった。

一方、母親のラヴァン伯爵夫人は愛情深い人であった。故に父親が冷たくともステラとルーナは何不自由なく成長をすることができた。

ただ、ラヴァン伯爵夫人はステラとルーナのことは養育をしたが、ルイディルに関しては関知していなかった。ラヴァン伯爵がルイディルの教育を取り仕切っていたからである。これは知る人ぞ知る事実であるのだが、ルイディルは遠縁からの養子であった。後継者は男子に限ると拘ったラヴァン伯爵が我を貫いたのだ。

そしてステラとルーナは年頃になると父親によって、品評会に出荷される家畜のごとく一番の高値をつけた相手に嫁がされたのである。

ステラは、お飾り妻を欲したセラステス侯爵と。

ルーナは、後妻を望んだシルヴィア伯爵と。

17歳で婚姻を結んだのであった。

まずルーナが、前妻を病気で亡くしたシルヴィア伯爵と結婚した。誠実な人柄のシルヴィア伯爵は、年齢差のある若い妻となったルーナを過保護に大切にした。

半年後にステラが結婚したが、セラステス侯爵は永遠の愛を誓う愛人に夢中で、ステラを蔑ろにした。

そうして始まったのは。

1日目。

「ねぇ、これ買ってくれませんか?」

ある日、そこそこ人気のある街角寸劇の芸人集団フリードにくりくりとした丸い猫目に大きな黒縁眼鏡をかけた黒髪のメイドが売り込みにやってきた。

「とある貴族の家のお話なんですけど」

時々、主人に不満を抱く使用人が主家の暴露話を売ることがある。

普通ならば主家に対して忠誠心があるので外部に主家の話を漏らすことはないが、使用人レベルもピンキリというか、真面目な使用人ばかりではない。不真面目な使用人もそれなりの数がいたりするのだ。

で、秘密が漏洩したりもする。

売却する相手は、色々な寸劇の芸人や時期ネタを提供する弁士であったり、情報を欲しがる者であったり、色々なパターンがあるのだが、売った使用人はサッサと辞職して姿を消してしまうことが多く、不敬罪とか情報漏洩の賠償金とかの諸々で捕まる者は極々稀であった。

芸人の方も、特定の貴族を名指ししての劇や弁士の号外話となっておらず、名前も別名となっており、想像による創作であると主張するので貴族家の内情のタレ流しとなっても罪に問われることは、こちらも極々稀だった。それに寸劇は大人気なので演じている者も多数いる。その全部を取り締まることは困難であった。

くわえてイマヴァント王国は建国されてまだ30年の新国だったので、縦社会としての身分制度が他国に比べて緩い面もあり、総合的な理由から放置に近い扱いだったのである。

と、いうことで。

フリードの団長は黒髪のメイドから情報を買ったのであった。なかなかスキャンダルめいた内容であったのでヒットしそうな予感がしたのだ。

それに寸劇は短い。

「これ、結婚1日目の話なんです。買ってくれるなら毎日持ってきます、バレないうちは」

とメイドが言ったので、寸劇にぴったりだとフリードの団長は考えたのである。

情報網が未熟な世界なので、昨日の出来事が今日には人々の耳に届くようなことは滅多にない。

数日後でも、ほぼ最新情報の範疇である。

なので黒髪のメイドが流す情報は、リアルタイムに等しい部類であった。

ジャンジャンジャン。

「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい!」

楽器をかき鳴らして、フリード所属の弁士が口上を述べる。

「フリードの新作だよ〜! つい先日に結婚式を挙げた侯爵家の物語だ〜! あ 、もちろん創作だよ〜、皆の衆、わかっているよね〜? お題は『とある侯爵家の白い結婚』! 白い結婚をした夫人が虐げられる可哀想なお話だよ〜!」

たちまち興味をひかれた人々の人垣ができる。

小物くらいは使うが背景すらない路上の寸劇であるが、所属する者は美形揃いなのでフリードにはファンが多かった。

弁士兼音楽家が、しなやかな曲線を描く胴体を持つ弦楽器を妙なる音で爪弾く。柔らかな音階が響いた。

「若く美しい令嬢レリーヌは結婚した〜。これから夫と新しい人生を歩むのだと夢と希望を抱いて〜。しかし!」

ジャジャンッ!!

「夫には愛人がいた! 初夜の寝室でレリーヌを指差して夫が宣言したのは!」

「おまえを愛することはない!!」

夫デルグトス役の俳優が、妻レリーヌ役の女優を指差した。

「そんな……」

レリーヌが驚愕に目を見開く。

「どうしてですか? デルグトス様とは婚約をしている間もお会いできませんでした。今日の結婚式で初めてお会いして、なのに何故そのようなことをおっしゃるのですか?」

「俺には永遠の愛を誓った恋人がいる。おまえは侯爵家の体面を保つためのお飾りの妻だ。おまえの父親の伯爵も承知している」

デルグトスは傲然と胸を張って言った。

「おまえとは白い結婚だ! 屋敷に妻として置いてやるんだ、ありがたく思え!」

あまりのことに泣き伏すレリーヌ。

儚さにおいては右に出る者がいない女優なので、胸に迫る痛々しさであった。哀れでせつない。泣き声には静かに花が枯れゆくような無惨さが滲んでいた。

観客の女性たちはもらい泣きをしている。

こうして後に、人気を爆発させて一世を風靡する『とある侯爵家の白い結婚』が始まったのであった。