軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 隣国の王族①

準備に追われているうちに、あっという間にひと月が経ってしまった。

鏡の前に立つわたしに、ロザリナが丹念に仕上げの手を加えてくれている。淡い水色のドレスは、流れるようなシルエットで、胸元にあしらわれた銀糸の刺繍が月光のように光を宿している。

「殿下、こちらのティアラを……少し失礼いたしますね」

ロザリナは落ち着き払った声で、繊細なティアラを丁寧に髪へ固定する。淡紫がかった宝石が、夜空に瞬く星のように煌めいた。

「わぁ……」

鏡に映る自分に思わず息を呑む。

昨日、泉の夢で見たリリーベルは、もっと簡素な備え付けられたようなドレスを着せられていた。どこか寂しげだったことを思い出す。

(彼女も夜会には出席したみたいね)

泉の夢は、まだ続いている。

少し先のリリーベルを夢に見ては、なんとか先回りをしたくて努力しているのだけれど。

基本的に彼女は離宮にいて、この夜会は珍しい外出の機会だったようだ。

「とても素敵です、リリーベル殿下!」

ベルネが、にっこりと笑ってくれる。

「ありがとう。ふたりのおかげだわ」

本心からそう言うと、ロザリナもベルネも表情をほころばせた。

その温かさに、緊張がすこしほどける。

ベルネがすっと目を細め、じっとわたしの表情を探るように近づいてくる。

「殿下、少し緊張なさってます?」

「えっ、そんなこと……」

誤魔化そうとしたのに、声がわずかに裏返ってしまった。

ベルネはすかさず言葉を重ねる。

「すごく大きい夜会みたいですよね。それにエスコートもキース様じゃないみたいですし」

「あらベルネ、余計なことを言わないの」

「はっ、も、申し訳ありませんっ」

ロザリナがやわらかな笑顔のまま、しかし低く圧のある声でベルネをたしなめた。ベルネは肩をすくめ、小さく口をすぼめる。

「いいのよ。なんだかキース様、お忙しいみたいで。今日はローラント兄様がエスコートしてくださるそうなの」

例の婚約話のあとから、キース様が離宮に来ることがめっきり少なくなってしまった。授業の時間もなくなり、そうなってしまえば顔を合わせることなんてほとんどあるはずがない。

(なんだか絶妙に気まずいから、それでよかったような気もしなくもないけど……)

本当に、これまでの雰囲気ならばあっという間に婚約が成立してしまうものかと思っていた。

原作のリリーベルには、キース様は会いにきていたもの。

夢でしか見られないキース様は、表情がどこか冷え切っていて遠く感じた。

「ローラント殿下との入場も素敵ですね〜!」

ベルネは両手を胸の前で合わせ、うっとりとした表情を浮かべた。たびたび本を巻き上げられることで、すっかり顔見知りになったらしい。

(キース様は婚約のこと、どう思っているんだろう)

聞ける訳もないが、ずっと気掛かりではある。

ノックの音がして、ロザリナが対応に走る。

「リリー、準備は整ったと聞いたが」

扉口には麗しい赤髪のローラント兄様が立っていた。騎士の礼装に身を包み、整えられた髪には夜会用の飾りが光を宿している。

「はい、大丈夫です」

ゆっくりとこちらに来た兄様が差し伸べた手に、自分の手を重ねる。

その掌は剣を握る人のものらしく、頼もしい温度があった。

「今日は俺がしっかり支える。だから安心しろ。一人で隣国王に対応するなよ? まあ、その辺はルークやキースも考えていると思うが……」

「キース様ですか?」

思わず問い返すと、兄様は僅かに目をそらして、喉の奥を鳴らした。

「あっ、いや……なんでもない。とにかく今夜は、最初の顔見せさえ済めば問題ないからな! あとは様子を見て退出しよう。それが俺の仕事だ」

「……?」

妙にごまかすような言い方に、わたしは小さく首を傾げる。

ローラント兄様はこういうところだけ妙に不器用だ。

だけど、強引なほどに明るく笑っている。

「さあ行こう、リリー」

「はい。よろしくお願いします」

夜会の煌めきが待つ王宮へ。

わたしたちはゆっくりと歩き出した。

王宮の大広間へと続く白い大理石の回廊を、ローラント兄様と並んで進む。

胸の奥が、どくん、どくん、と落ち着きなく脈打っていた。

扉が静かに開く。

眩いほどの光が、いっせいに視界へ流れ込んできた。

シャンデリアの宝石は流星のように輝き、赤い絨毯は客人たちを迎えるために悠々と敷かれている。

煌びやかな衣装を身に纏った貴族たちが、すでにざわざわと期待に満ちた空気を醸していた。

「リリー。足元に気をつけるんだ」

「ありがとうございます、ローラント兄様」

わたしたちはそのまま王族の立ち位置へと案内された。少し高い壇上。そこに立つのは初めてだ。まだ他には誰もきておらず、ローラント兄様と立つ形になる。

(すごい……見下ろす形になるんだ)

緊張がぶり返してくる。

でも、ここで怖気づいていては今まで頑張ってきた意味がない。

教師をつけてくれたルーク兄様や、こうしてエスコートしてくれているローラント兄様に恥をかかせるわけにはいかないもの!

わたしは姿勢を保ちながら、悠然と微笑んで会場に視線を移した。

ちらりと視線を巡らせると、そわそわと辺りを見回している少女と目が合った。

(エーファ様だわ……!)

相変わらず、目の覚めるような美しさだ。

今日のエーファ様は、深いロイヤルブルーのドレスを身に纏い、艶めく黒髪を高く結い上げている。

宝石を散りばめた髪飾りが星のようにきらきら輝き、その姿は夜空に咲く一輪の花のようだ。

視線が合うと、エーファ様は少しだけ驚いたように目を瞬かせ――それから、とても小さな笑みを浮かべて、そっと会釈してくれた。

緊張で固まっていた心が、その笑みだけでふわっとほどける。

(大丈夫。ちゃんと、やるべきことをするの)

そう自分に言い聞かせるように、わたしはゆっくりと息を吸い込んだ。