軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 少しの理解

「……確かに、言われてみれば。お茶会の後、部屋に戻って横になることが多い。時には夜まで寝ていることもあるらしい」

「それって、だいたい週に何度くらいですか?」

「母上の体力を考慮して週に二、三度だが……最近は来客が増えていたから、もう少し多かったかもしれないな。なぜそんなことを聞く?」

その問いに、わたしは一瞬だけ迷った。でも、言わなければ前に進めない。

「わたし、思い当たることがあるんです。もしかしたら、マルグリット様はクッキーに反応して、具合が悪くなっているのかもしれません」

「クッキーだと? 毒の類いは見つかっていないが」

ローラント兄様がぎょっとした顔をする。それはそうだ、好んで食べている菓子が原因だと急に言われても信じられないだろう。

「アレルギー、というものです。食事に含まれる成分が体に合っていないと症状が出ます」

「しかし母上は昔から好きだったと」

「幼少期は問題がなくても、大人になってから発症するケースを指しますたとえば、繰り返し同じものを摂っていると、体が過敏になっていくこともあります」

わたしの説明に、ローラント兄様は信じられないといった目でこちらを見た。

「そんな話、聞いたことがない」

「この国では、まだ知られていない考え方かもしれません。でも……わたしもそうだったから。少しでも参考になればと思って……」

小さく息を吸い、震える指先をぎゅっと握る。

これはリリーベルではないわたしの記憶だけれど。

やっぱり、唐突すぎて信じてもらえないよね。

沈黙が落ちた。庭の風が木々を揺らし、さらりと髪を撫でていく。

ローラント兄様はしばらく黙っていたが、やがてふっと息を吐いて言った。

「……母上はクッキーやパウンドケーキ、ブリオッシュも好物だ。昼にはサンドイッチ、夜はスープとパンが多い。あまり重たいものを食べないようだ。なにかの参考になるか?」

わたしはぱっと顔を上げる。

ローラント兄様の瞳は真っ直ぐで、夕日と赤髪が混じり合う。

「え、ええと……小麦粉が原因であれば、そのままでは問題だと思います」

これだけ小麦が頻出しているなら、可能性は高い。

「アレルギーの症状は色々とありますが、咳、倦怠感、頭痛。それから蕁麻疹などです。重篤化すると死に至ることもあります」

「なんだって? 毒も入っていないのに?」

「人によっては毒よりもひどいものかもしれません」

現代においても、アレルギーの理解は随分進んでいた中でも、未だに好き嫌いをしているという意見があった。

合わない食事は身体には毒だ。わたしはお兄様をしっかりと見据える。

「お兄様。マグリット様の食事を少しだけ変えてみることは可能でしょうか?」

アレルギーのつらさはわたしもよく知っている。

海老は大好きだったけれど、途中から食べられなくなった。最初は気がつかなくて、だんだんと『もしかしたら海老かもしれない』となったときの悲しさ。

突飛な発言に、きっとお兄様は戸惑っている。

アレルギーの基本は除去だから、数日小麦粉を取り除いてみて、体調を崩さなければそれでいい。

「どうしたらいい?」

「まずは小麦粉由来のものを完全除去していただきたいです」

「そうか。気落ちしそうだな、あの人は」

ローラント兄様が苦笑する。マルグリット妃も好きな物を急に摂れなくなると口寂しいだろう。そういうものは案外やめられなかったりする。

「わたしが代替食を考えます。甘いお菓子も、小麦を使わないものにして……栄養バランスもばっちりにできるんですよ」

ぱっと目を輝かせて訴えたわたしに、ローラント兄様は呆気に取られたような顔をした。

それから、ぽつりと呟く。

「……なんだかお前、雰囲気が変わったな」

「そ、そうですか……?」

「前は、影のように静かにしていたのに。だが、昔から本が読むのが好きだったよな、リリーベルは。きっとそこで学んだのだろう?」

「は、はい。そうです」

そういうことにしておく。

そして、お兄様はちゃんとリリーベルのことも知ってくれていたのだと思って嬉しくなった。

「母上には俺から話してみよう」

お兄様が静かにそう言ってくれたとき、胸がじんわりとあたたかくなった。

「……ありがとうございます、お兄様!」

思わず頭を下げたわたしに、ローラント兄様はちょっとだけ照れくさそうに視線をそらす。そして、ぽつりと呟いた。

「しかし、代替食や栄養バランスか……リリーベルはずいぶん詳しいんだな」

「はい! ……というか、むしろ栄養の話なら、わたし、まだまだ話し足りません!」

そこからはもう止まらなかった。

「お兄様、筋肉をつけたいなら、たんぱく質の摂取が不可欠です」

「筋肉は鍛えてつけるものだろう?」

お兄様が苦笑する。でも、否定してはいない。むしろ少しだけ、興味を引かれているようだった。

「いえ、食事も大切です。お兄様、筋肉をつけたいなら、まずは獣肉と豆類をしっかり召し上がってください。卵、それから乳製品をしっかりとることも大切です」

「獣肉……? 森猪やモリウス鳥の肉か?」

この世界の生き物の名前のようだけれど、わたしにはピンと来ない。

(ええっと、でも猪の肉と鶏肉のようなものよね、きっと)

現代知識に置き換える。どちらも筋肉を作るためにはとてもいい食材だ。

「はいっ。猪の肉は脂肪が少なく、たんぱく質が豊富です。特に鶏肉は消化もよくて、鍛錬後の回復に最適です」

勢いよく語るわたしに、ローラント兄様は目を瞬かせている。

「他には?」

「あとは、干したレンズ豆や山の木の実を煮込んだスープもおすすめです。豆もたんぱく質が豊富ですし、木の実には貴重な油分とビタミンが詰まってるんです。疲労回復にもいいですよ」

「なるほど」

「それから、川魚を干して焼いたものもヘルシーでいいですね。魚の脂は獣の脂と違って、血の巡りを良くしてくれて、心臓や筋肉に優しいんです」

わたしはにこりと微笑んだ。

あとはここにプロテインのようなものがあれば、完ぺきな筋肉が育成できるはずだ。今度調べてみようっと。

「とにかく、食べるものって本当に大事なんです!」

わたしは熱弁の最後をびしっと締めくくった。

ローラント兄様は、しばらく何か言葉を探しているようだったが――やがて、ぷっと吹き出した。

「……っははははは!!」

お兄様が大笑いしている。

「な、なんですか?」

「いや、お前、食事の話になった途端、別人みたいな勢いだったからな!」

「だって、大事なことなんですもの……」

笑い転げる兄を前にして、わたしは言葉尻が小さくなってゆく。

あんなに兄との対面を心配していたのに、いざとなると怒濤のしゃべりを披露してしまった。

お兄様とマグリット妃の体調がよくなればと、熱くなりすぎた。

ローラント兄様はひとしきり笑ったあと、ぽふりとわたしの頭の上に手を置いた。大きな手だ。ぎこちなくも優しい、リリーベルの異母兄の手。

「……でも、わかった。お前がそこまで言うなら、色々と実践してみる」

ローラント兄様はニヤリと笑って、軽く肩をすくめた。

「それで母上の体調が良くなるなら、それに越したことはないからな」

「ほんとうですか?」

「おう。まずは小麦を抜いてみて、しばらく様子を見る。その間、母上が不足しそうな栄養についても考えないとな」

その言葉が、どれほど嬉しかったか。

わたしは思わず胸に手を当てて、こくんと頷いた。

「ありがとうございます、お兄様。わたし、頑張って考えます。マルグリット様のためにも、そして……お兄様の筋肉のためにも!」

「筋肉のためにも、か。ははっ、頼もしいな」

冗談まじりに笑う声が、なんだかくすぐったかった。

さっきまでの堅い空気が、ふっと和らいでいる。

(……もしかしたら、ローラント兄様は疎遠すぎてリリーベルのことをあまり知らなかったのかも?)

そう思えるくらい、自然に話せている気がする。

気がつけば、庭園の空は茜色に染まっていた。

陽が落ちかけた空に、雲がゆるやかに流れている。赤く、やさしく。まるで、誰かがそっと背中を撫でてくれているような、そんな光景だった。