作品タイトル不明
918 Side ソフィーリア 下
「聖女様、一緒に行こう! あんたのお友達が、頑張ってくれてるんだろう? 助けるよ!」
「はい……はい!」
この都市も、まだまだ捨てたものではなかったらしい。集まってきた人々と一緒に、私たちは走り出す。
横にいるウルシの温かさだけじゃない。背中に感じる、大勢の息遣いが頼もしかった。
もう、心細さも、絶望感もない。
戦う力がないはずの人々が、センディアのため、そしてフランたちのために、こんなにたくさん立ち上がってくれた。
そう思うと、さっきとは違った涙が出そうになる。
振り返ると、みんな覚悟を決めた表情をしていた。きっと、自分が死ぬかもしれないと分かっているのだ。それでも、戦おうとしている。
彼らにだけ、無茶はさせない。私も覚悟を決めよう。全てを出し尽くす。持てる力を全て使って、どんなことでもしてみせる。
そう決意した直後だった。腰に下げていた魔弦ラウダが、震えた。まるで、命を宿したかのように、ドクンドクンと震える。
ラウダを思わず手に取って――。
「あ――」
思い出した。
なんで忘れていたんだろう。辛い、辛い、あの日の記憶。いえ、だからこそ、忘れていた? それとも、この子が忘れさせてくれていた?
でも、思い出した。養父を殺した、私の力。そして、私の手の内にある魔弦・ラウダの本当の力と姿を。
「ウルシ、走りましょう」
「オン?」
「大丈夫。皆を置いてはいかないわ」
ラウダの本当の力を思い出したおかげだろうか? 軽く弾いた弦から放たれた音は、かつてないほどに澄んでいた。この音になら、今まで以上に強い力を乗せられる。
自然と、指が曲を演奏した。その魔曲によって、私の後ろにいた人々が力を得たのが分かる。
「せ、聖女様? これは……?」
「走りましょう! 今の皆さんなら、走れますよ!」
私はウルシの背に飛び乗った。すると、ウルシが私の意思をくみ取り、力強く駆け出す。当然、その足の速さに、普通の人間はついてこれないだろう。
だが、今の皆は、私によって強化されていた。ウルシにつられるように駆け出したその足は、彼らの想像をはるかに超えた速さを生み出す。
ウルシの背中から後ろを振り返ると、皆がしっかりと付いてきているのが見えた。
その時、私は前から駆けてくる抗魔たちの姿を発見する。やはり、フランたちでも完全には防げなかったのだろう。まだ数は多くないだろうが、確実に抗魔が侵入してきている。
でも、大丈夫だ。
「グルルル! オン!」
ウルシの魔術が抗魔たちを砕く。でも、ウルシだけじゃない。
「なんか、ゆっくり見えるね!」
「弱っちそうだ!」
「えーい!」
アンナさんたちが、その手に持つ槍やフライパンで、抗魔を殴りつけた。すると、たった一撃で抗魔が倒されてしまう。いくら下級抗魔でも、普通ならこうはいかない。
「せ、聖女様のお力ですか?」
「皆さんの勇気のおかげですよ! そのお手伝いをしてるだけですから!」
「さ、さすが聖女様! 凄いわぁ!」
「これなら戦えるよ!」
彼らも最初は驚いていたが、すぐに真剣な表情に変わる。
力を得たことで、自分たちが戦場に向かっているのだと改めて理解したんだろう。しかし、逃げる人は一人もいない。何て頼もしい仲間たちなのだろうか。
彼らの覚悟と、想いが、私の内へと伝わり、響いている。
「ウルシ、少し驚くことが起きるかもしれないけど、足を止めないでね?」
「オン? オンオン!」
「うふふ。ありがとう」
力強く吠えるウルシの首筋を撫で、私はその言葉を口にした。
「ラウダ、また力を貸して」
ハープに指を添えると、それに応えるように大きな振動が鳴る。
今の私なら、この子の力を正しく使うことができる。あの時とは違う。だから、大丈夫だ。大きく息を吸い、そして叫ぶ。
「聖なる詩を奏で歌え、オラトリオ! 神剣開放っ!」
私の『神剣開放』の言葉により、ラウダが強い光を放った。まるで粘土か何かのように、手の中で光りながらグニャリと姿を変えるラウダ。
「オ、オン!?」
「そうよ。これが魔弦・ラウダの本当の姿。聖譚剣・オラトリオ。神剣の一振り」
初めてこの力を開放したのは、養父を殺したあの日。怒りと呪いの想いによって、私はラウダの力を使ってしまった。そして、それがオラトリオの音色を聞いた、最初で最後の瞬間だった。
怒りと罪悪感。恐怖と悔恨。様々な負の感情が私の心を蝕み、辛い記憶を私から奪ったのだ。
私は、小さい時から他人の感情を鋭敏に感じる力があった。自分では不思議だと思っていなかったけど、人から見ると稀有な能力であったらしい。
養父は共感性が優れていると言っていた。皆で音を楽しむことができる、素晴らしい能力。そう思っていたけど、それだけではなかった。
養父から贈られたラウダを使い、養父を呪ったあの日。村の人たちの怨嗟の声と、養父の狂った笑い声が響いたあの日。
私は自分以外の人々の負の感情を受け止め、その真っ黒な想いに押し潰された。
そして、神剣の記憶と、感情の一部を封じてしまったのだ。いえ、オラトリオが、私を守るために封じてくれたのだろう。今なら分かる。
もし、記憶が残ったままだったら、大きすぎる力への恐怖と、罪悪感と後悔で私は壊れていたに違いない。あの時の私にとって、オラトリオは破滅の象徴であり、絶望そのものだった。
でも、オラトリオの音色は、絶望を鳴らすだけではないはずだ。この神剣の名を冠する楽器であれば、大勢の人を幸せにする希望の曲も奏でることができる。その確信があった。
その意に応えるように、オラトリオが自分の本当の使い方を私に教えてくれる。
手の内にある、一抱えほどにもなった銀色のハープをかき鳴らした。すると、私の周囲にいくつも楽器が浮かび上がる。
ドラムにオルガンにバイオリンにカスタネット。他にも、私が演奏できる楽器が、全て出現していた。
私を囲むような、半円状に並び、まるで全部で一つの楽器のように見える。
それら全てが、オラトリオだった。私がこう鳴って欲しい。そう願うだけで、楽器が完璧な音色を奏でる。
これならば、複雑な楽曲を一人で演奏することが可能だろう。魔曲使いにとっての究極の楽器。それが、聖譚剣・オラトリオだった。
「みんな! 私に力を貸してください!」
「ち、力を貸すって、どうすりゃあいいんですかい?」
オラトリオを見て戸惑っているアンナさんだったが、すぐに私の言葉に反応してくれた。皆も、ちゃんと私の声に耳を傾けてくれている。
彼らに、私は告げた。
「歌うのですよ!」
「え? いや、今ですか?」
やはり、戸惑った顔をしている。当然だろう。でも、それこそが、フランたちを救う力になるのだ。
「はい! 大丈夫です。皆さんも知っている歌ですから!」
「わ、分かりました! 聖女様の言うことですからね! 信じますよ!」
「ありがとうございます」
アンナさんの言葉で、全員が一応納得してくれたらしい。歌うために、背筋を伸ばす。
私が奏でるのは、この都市であれば誰もが歌ったことがある曲。子守歌のような曲だ。
「創譜の真理……構成、『冒険者の歌』」
この歌に込められた想いと力を形にするため、楽譜を描く。こんなに心が躍るのは、いつ以来だろう。
「では、行きますよ」
軽く息を吸い、私は希望を紡ぎ出す。
「命をかけてやってきた~♪ そこは危険な黄金の大陸~♪ 一攫千金! 夢見て冒険♪」
「あ、この歌……」
「これなら歌えるぞ?」
「でも、どうしてこの歌?」
私の歌い出しを聞いて、何の曲かすぐに理解したらしい。でも、違う意味で戸惑っているようだ。
確かに、戦場で歌うような曲ではないかもしれない。曲調は酒場に相応しいような陽気な物だし、歌詞も結構酷い。
でも、長年歌い継がれてきた、冒険と絆の歌だ。この曲しか、考えられない。
私は歌いながら振り返り、「さあ一緒に!」という想いを込めて皆を見つめる。すると、その想いが通じたのだろう。
アンナさんたちが一緒に歌い出してくれた。最初は少し。でも段々と歌う人が、音の数が、歌詞に乗せられる想いが、増えていく。
「俺たちゃ冒険者~♪ 黄金の冒険者~♪」
「どんな敵にも怯みはしない!」
「ドラゴン、デーモンどんとこい!」
「抗魔の群れもなんのその!」
「酒と仲間と金のため! 戦う冒険者~♪」
「負けるなー♪ 進めー♪ 意地見せろー♪」
「立ち上がれ! さあ、ここからが見せ場だ!」
「お前の全力見せてみろ!」
「俺たちが付いてるぞ!」
「俺たちゃ冒険者~♪」
「「「黄金の冒険者~♪」」」
人々の想いを私が束ね、オラトリオの音に乗せていく。
歌が力となって、広がっていくのが分かった。今なら、この都市全体にだって音を届けられるだろう。
私は、希う。
フランたちの無事を。抗魔との戦いの勝利を。オラトリオと人々の織り成す、この音楽に乗せて。
「オン!」
見えた! フランたちだ! まだ、戦っている!
私は叫んでいた。自分たちも居るんだということを教えるために。
「フラン! 援軍、連れてきたわよ!」