作品タイトル不明
909 聖騎士の誘惑
「りゃあああぁぁ!」
「グラァァァ!」
フランの雄叫びと、ウルシの咆哮が戦場に響き渡る。
力強い叫びだが、勇ましい声をあげて自分たちを鼓舞せねばならないほどに、フランたちは追いつめられていた。
ついに抗魔の中に、漆黒の強化タイプが混ざり始めたのである。いわゆる本隊が前に出てきたようだった。
剣士型と弓士型の連携に交じり襲ってくる、漆黒の牙獣型が厄介だ。気配を消しながら抗魔の間を駆け抜け、いつの間にか忍び寄ってきているのだ。
攻撃力も高く、噛まれれば肉が裂け、血が噴き出す。魔力を纏ったフランたちであってもそうなのだ。
この牙獣型が複数体都市に入り込めば、凄まじい被害が出るだろう。俺たちですら見失いかねない隠密性に、恐ろしいほどの身のこなし。超凄腕の暗殺者のようなものだった。
ウルシには牙獣型の始末を優先するように頼み、俺たちは派手に立ち回って抗魔を引き付ける。
2人とも常に敵からの攻撃で血を流し続けているが、それでも戦えているのはソフィのおかげだった。
彼女が延々と回復の曲を弾き続けてくれるおかげで、フランたちは消耗を抑えながら立ち回ることが可能なのだ。
最初はゆったりとした曲だったのだが、今はアップテンポの曲に変わっていた。イメージとしては、スローなワルツから、剣の舞になったくらいの変化?
こちらの曲の方が即効性があり、体力や魔力の回復効果が高いようだった。常に高レベルの、回復と生命、強化の魔術を使われているような状態だ。
これなら、長時間でも戦い続けられる。問題は精神的な疲労だが、ソフィの参戦でテンションが上がっているフランたちなら、まだまだ持つだろう。
ソフィの奏でる曲を背に、フランはひたすら剣を振るい続けた。
10分。30分。60分。
援軍もほぼないまま、それでもフランたちは戦い続ける。絶望的な状況でも、やる気はまだ持続中だ。
だが、破綻は突如訪れた。
ビリインンンン!
突如、力を与えていてくれた音楽が途絶え、素人がギターを思い切りかき鳴らしたかのような激しい音が響いたのだ。
慌ててソフィの状態を確認すると、聖女は右手を押さえてうずくまっていた。その手からはおびただしい量の血が流れ出している。
そこで気づく。これは、当然だった。
あれだけ激しい曲を長時間演奏し続けることは、凄まじい負担を演奏者にかけるはずである。しかも、ただの曲ではなく、高レベルの魔曲だ。
ソフィと、ソフィの指。双方に恐ろしいほどの負荷がかかっていたのだろう。
ソフィは即座に自身の腰から小瓶を取り出し、手にかけているのが見える。血は止まったようだが……。
ポロ、ロ……。
上手く演奏ができないらしい。途切れ途切れの曲だけが聞こえ、特殊な効果は発生しなかった。
傷は回復しても、疲労が抜けきらないのだろう。
「ソフィ! 無理しないで!」
フランがそう叫ぶが、ソフィは首を横に振ってハープをさらに奏でようとする。それを止めたのはフランではなく、新たに現れた人影であった。
「難儀しているようですなぁ。聖女様」
「あなたは……」
スキルで声を拾うと、ネチャッとした粘着質の声には聞き覚えがある。
壁の上に姿を見せたのは、聖国シラードの騎士たちであった。塔で騒ぎを起こし、フィルリアに追い払われた馬鹿どもである。
そんな聖騎士たちが、ソフィの後ろに立っていた。
その下卑た表情は、どう見ても救援にきたようには見えない。
「随分と無理を成されているようだ。助けてあげてもいいのですよ?」
「……何が目的ですか?」
ソフィも、こいつらが善意でそんな提案をしているとは思えないのだろう。警戒するように聞き返した。
「くくく。決まっているではないですか。あなたの身柄ですよ。この戦いが終わったら、我が国に来ていただく。それを確約していただけるのであれば、手を貸しましょう」
「私が、聖国にいけば……?」
「そうです。私の部隊に連絡をして防衛に加えてもいい。必要な物資も提供しましょう。いかがですか? あなたが我らの手を取るだけで、この都市が救われるのです!」
都市が危機に陥っているこのタイミングで、ソフィの身柄を要求してくるとは……。聖騎士なんて御大層な名前を名乗るなって感じの、外道っぷりだ。
だが、ソフィは黙ってしまう。明らかに約束なんて守るとは思えないこの聖騎士(屑)の言葉に、心が揺れてしまっているらしい。
そして、ソフィがフランを見た。彼女にとって、都市も大事なのだろう。だが、この場で戦うフランの身を案じてもくれているらしい。
このまま戦い続ければ、フランはいずれ抗魔の勢いに呑み込まれ、倒れる。自分が聖騎士の言葉に頷くだけで、フランが助かるとしたら?
そう考えてしまったようだった。
(師匠。ソフィ、どうした?)
『分かるのか?』
(動揺してるのはわかる)
『そうか……』
俺は戦いながら、簡単に事態を説明する。すると、フランが即座に声を張り上げた。
「ソフィ! 私だけでも、まだまだ戦えるから! だいじょぶ! だから、ソフィが犠牲になる必要、ない!」
その言葉が呼び水になったのだろう。周囲にいた僅かな冒険者たちも、声を張り上げ始める。
「黒雷姫の姐さんの言う通りだ! 聖女様が、そのクソ野郎に従う必要なんざねぇ!」
「聖女様から離れろ、豚野郎!」
「どこのどいつか知らねぇが、ふざけたこと抜かすな!」
「私たちの町なんだから、私たちで守って見せるわ!」
「そうだ! あんたが全部背負う必要ねえ!」
口々に叫びながら、ソフィと聖騎士の間に割って入る冒険者たち。聖騎士が憎々し気に彼らを睨む。
ソフィは驚いた表情で、冒険者たちを見ていた。そして、その肩の力が抜ける。
「……私は、あなたたちと一緒にはいきません」
「ふん。自分の身可愛さに、この都市を見捨てると?」
「違います。ただ、覚悟しただけです。絶対に、この都市を守ってみせるって。自分たちの力で! だから、お帰り下さい。あなたたちの言いなりにはなりません」
「ちっ。後悔しても遅いぞ!」
「うるせぇ! 消えろブタ!」
「そうだそうだ!」
結局、聖騎士たちは冒険者に追い払われるように、その場から逃げ去っていった。武力に訴えないか心配だったが、そこまではやらなかったらしい。
聖騎士の背中を見送ったソフィが、こちらに向き直る。そのまま自身の首に巻かれたチョーカーに手を伸ばすと、その留め具を外した。
「フランは、絶対に死なせない」