作品タイトル不明
907 センディア防衛戦
本調子ではないせいもあり、フランが少しずつ肩で息をするようになってきた。
カステルでの戦いと同じように襲ってくる抗魔の格が上がり、強くなっているのも原因の1つだろう。
『フラン! 頑張れ!』
「ん……!」
ここで背を向けるわけにはいかない。俺たちが下がって休憩してしまえば、その間に壁を突破されるだろう。
援護はほぼない。駆けつけた僅かな冒険者たちが、壁の上から遠距離攻撃を散発的に放っているだけだ。
正直言って、焼け石に水だろう。
ただ、フランの士気的な意味では、一緒に戦う仲間がいるという事実が大事だ。
そんな時、ウルシが動いていた。急に、その身を巨大化させたのだ。
『ウルシ! デカくなるのはまずい! 的になるぞ!』
「グルウウゥゥゥゥゥ!」
俺が叫んでも、ウルシは巨大化したままであった。
全長10メートルを超える巨大狼に、抗魔たちの攻撃が集中する。ウルシは全身に暗黒魔力を纏って防御力を高めているが、ダメージなしとはいかないはずだった。
それでも、ウルシはそのまま突進し、抗魔たちを前足と牙で叩き潰していく。
『フラン。今のうちに、下がろう。ポーション飲んで、飯で腹を満たせ』
「ウルシを助けないと!」
『ウルシがああやって戦ってるのは、フランを休ませるためだ! その意思を無駄にするな!』
「ウルシ……」
『生命魔術で体の消耗を少しでも癒す。壁の手前まで戻るぞ』
「わかった」
小さく頷いたフランの視線の先では、砲撃型の攻撃を食らい、血を流すウルシがいる。それでも、フランはもう助けに戻るとは言わなかった。
ウルシを信じているのだ。
「がんばれ、ウルシ」
フランが祈るように、呟く。その声に応えるべく、ウルシが大きく吠えた。
「ガアアアアアアアアア!」
「ギギィィイイィィィィ!」
「ガルッ!」
「ギシャァ!」
最大サイズとなったウルシが、抗魔と激しい戦いを繰り広げていく。
荒野一面を侵食し、敵対者に群がる抗魔。そして、その抗魔の大群に囲まれながらも、戦い続ける漆黒の巨狼。
まるで、蟻が巨大な獲物に群がっているかのようだ。互いの生存をかけた激しい攻防は、思わず見入ってしまうほどに凄絶で、力のある光景であった。
気を抜けばあっという間に飲み込まれてしまうであろう抗魔の波に対して、ウルシは一歩も引かずに抗い続ける。
ウルシの前足が振るわれれば10体の抗魔が薙ぎ払われ、牙が閃けば10体の抗魔が飲み込まれる。尾が揺らめいた後には吹き飛ばされた抗魔が折り重なり、後ろ足が突き出されれば抗魔たちが砕かれていた。
「ウルシかっこいい」
『だな』
何と頼もしいのだろう。だが、同時に焦りも感じる。
ウルシも無傷とはいかないからだ。次第にダメージが蓄積し始めたのが分かった。それでもウルシは戦意を衰えさせることはなく、ひたすら抗魔を葬り続けている。
全てはフランの為。フランに僅かでも休息を取らせるためだ。
その意気に応えるべく、俺はフランのマッサージを続けた。隠密を使って地面に寝そべるフランに、回復魔術と生命魔術を流しながら、念動でマッサージを施す。
同時に、おにぎりとジュースを差し出して、空腹を満たさせる。些細なことではあるが、この休憩のおかげでこの後の継戦時間が数段延びるだろう。
「グルウウウウゥゥゥゥッ!」
「ウルシ、すごい!」
『ああ!』
今までも十分凄かったが、ウルシがさらにギアを上げた。体に可視化するほどの濃密な魔力を纏い、抗魔の大群を体当たりでなぎ倒し始めたのだ。
一部の抗魔が、自分を迂回しようとする動きを見せたことを、感じ取ったのだろう。再び自分にその目を向けさせるために、消耗するのを覚悟で本気を出したのだ。
その甲斐あり、抗魔たちがウルシに激しい攻勢を仕掛ける。
(師匠、まだ?)
『もう少しだ。落ち着け』
(ん……)
フランの心配げな表情ももっともだろう。抗魔の攻撃がさらに集中し始めたことで、ウルシが流す血の量が増え、大地が赤く染まり始めたのが分かるのだ。
フランがウルシを見つめる中、俺は生命魔術に集中した。回復魔術ほどの即効性はないが、消耗治癒効果は非常に高い。
『ふぅ……。よし! いいぞ!』
「ん!」
俺の言葉を聞いた直後、フランは俺を掴み、超速で飛び出していた。
地面を這うように駆けながら、俺を構える。
「はぁぁ! ウルシから、離れるっ!」
『おらぁぁ!』
フランの剣技と俺の魔術が、ウルシの周囲の抗魔を消滅させる。ほんの一瞬だけ生まれた空白地帯。そこに、俺とフランは切り込んだ。
『ウルシ! 今度はお前が休む番だ! 傷を癒せ!』
「オン!」
『あとはこいつだ!』
「オンオン!」
俺が収納から放り投げたのは、猪の丸焼きだ。当然、ただの猪ではなく、全長5メートル近い魔猪である。
ウルシの食事用に確保してあったんだが、ここで役に立ったな。ウルシは空中でその丸焼きをキャッチすると、落下する勢いのまま自身の影へと沈んでいった。
『ウルシが影の中で休んでる間、俺たちが抗魔を引き付けるぞ』
「ん!」
急にウルシが消えたことで戸惑ってくれればいいんだが、抗魔たちが動揺することはなかった。即座にフランを敵と認識し、攻撃をしかけてくる。
すでに、カステルで苦戦させられた角の色が黒い騎士型や、全身が黒い剣士型、弓士型が戦線に投入されていた。
向こうも本気になったということだろう。
休憩で体が軽くなったのか、フランは舞うように跳び回り、抗魔たちを斬っていく。
そろそろ、フランとウルシが抗魔の群れに突入して30分は経過しただろう。時間的には、援軍が到着していてもおかしくはない。
だが、人間が駆けつけるような気配はなかった。壁の上で援護射撃をしている人間は倍ほどに増えたが、それだけだ。
もしかして、竜人王がまた何かしたか? 他でも騒ぎを起こした? 本当に、援軍が来ないのか?
俺の不安が増し始めたその時であった。
ポロロン。
戦場に、美しい弦の音色が響いていた。