作品タイトル不明
903 Side セリアドット 上
聖女様は黒雷姫と行ったか。
「セリアドット! 今すぐあの娘たちを追いなさい!」
やれやれ、この喧しい女のせいで、聖女様や黒雷姫と関係が微妙になってしもうた。
あの心根に気性。
上手くゆけば、手を貸してもらえたかもしれんというのに。まあ、ある程度の確証も得た。そろそろ頃合いということかのう。
「セリアドット! 聞いてるのですか!」
「はぁぁ。聞いておりますよ、医長殿」
「ならばさっさと返事をなさい! このグズ! そもそも、なぜあの娘たちを逃したのです! 早く後を追って、捕えなさい! 特に黒猫族の娘は絶対に身柄を確保するのです!」
「……少々黙りなされ」
「は――?」
儂が軽く撫でただけで、医長フィルリアは意識を失った。やはり、身体的な能力は高くないらしい。
「よいしょ」
儂はフィルリアを肩に担ぎ、周囲にいた兵士どもに命令を下す。本来は儂には指揮権などないが、混乱しているせいか、多くの兵士たちは素直に従った。
「医長殿は少々お疲れのご様子だ。怪我の様子も見ねばならん。儂が部屋に連れていく。お主らは、ここにいる患者たちを解散させい」
「は、は!」
ただ、混乱しすぎて動けないものもいる。
「そ、その、我らはどうしたら……」
「聖女様はどこに……」
医長と聖女、どちらの言葉を信じればいいのか、分からぬのだろう。2つある頭が、それぞれ違うことを言うておるようなものだからな。衛兵たちが頭を抱えている。
「儂が医長殿から話を聞こう。あの時の医長殿は正気ではなかった故な。お主らも、今は自分の仕事をすることだけ考えよ」
「……分かりました」
ここで兵士どもが暴走すれば、治療院自体の活動にどう影響が出るか分からぬからのう。フィルリアに扇動された市民たちも抑えねばならぬし、兵どもには働いてもらわねばならん。
フィルリアが目を覚ます前に兵士たちと引き離すため、儂はフィルリアを担いで私室へと移動した。
フィルリアをベッドに寝かせ、結界を張って外部と遮断する。これで、声が外の者に聞かれる恐れはないだろう。
「さてと……」
組織の情報を得るためにこれまではお上品にやってきたが、それも終わりだ。少々荒っぽい方法を使ってでも、こやつから情報を引き出さねばならん。
儂は未だに眠ったままのフィルリアの体に触れ、活を入れた。細い体がビクリと震え、ゆっくりと目が開く。
「セリアドット……?」
「気分はどうかのう?」
「私は……ああ! そうよ! 小娘どもよ! セリアドット、あなた――」
「少々黙るのじゃ」
「何を笑っているのですか!」
「いやー、うるさいうるさい」
「セリアドット!」
「まあまあ、少し落ち着きなされよ。見苦しいですぞ?」
儂の言葉を聞いたフィルリアは、さらに顔を真っ赤にしてベッドから立ち上がろうとした。こっちを睨み、上位者気取りだ。
「ふぅ。いい加減、貴様に付き合ってやるのも疲れた。そろそろ、お遊びは止めとしよう」
儂は、ベッドから降りたフィルリアに近づくと、その腹に拳をめり込ませる。
「うげぇぇ!」
「おおっと、汚いのう」
フィルリアは胃液を吐き出しながら、体をくの字に折って崩れ落ちた。
「な、なにを……。自分が何を、してるか、分かってるのっ!」
恐怖よりも怒りの色の濃い瞳で儂を見上げながら、フィルリアは回復魔術を発動させている。癒しの術の腕前だけは、素晴らしいのう。
「こんなことをして……! ただでは済まさないわよ!」
「やはり喧しいのう。まあ、いいわい。それよりも、お主には聞きたいことがいくつもあるのじゃよ」
「う、うるさい! 誰か来なさい! 裏切り者よ!」
「聞こえぬよ。結界を張っておるからな」
心を折るためにあえて好きにさせると、フィルリアは胸元のペンダントを握り締めた。そして、そこに向かって怒鳴りつける。
「セリアドットが乱心したわ! すぐに助けにきなさい!」
「無駄だ。儂が作ったものぞ? 無力化することなど朝飯前よ」
「くっ……」
緊急通話用の音響結界石に頼ったが、この部屋に張った結界の方が上位の術。そこを通して使用することはできん。
「な、なぜ裏切って……。契約を必ず守る冒険者だと……」
「別に、そんなことはないのだがのう。まあ、契約を破った相手が、既にこの世にいないでな。知られていないだけよ」
金にがめつく、どんな契約でも順守する。その風評を守っているのは、その方が闇の組織に近づきやすいからだ。破った方が利になるというのであれば、いくらでも破ろう。
「も、目的はなんなの! 金? それともどこかに雇われたの?」
「どちらも違うのう。ときに医長殿、ローレライという種族を知っているかね?」
「ローレライ? あの、幻の?」
「ほうほう。知っておるか」
ローレライというのは、ある理由で滅んだ、今では幻と言われる種族だ。
その特徴は、成人しても他種族からは幼く見える外見に、魚の下半身。そして、エルフにそっくりな耳と金髪に、長い寿命である。
人化スキルを使ってしまえば、多くの者が幼い外見のエルフと勘違いするだろう。鑑定さえされなければ、エルフと偽って社会に溶け込めるほどなのだ。
そこまで説明すると、フィルリアにも儂の種族が分かったらしい。目を見開いて驚いておる。
「じゃあ、あなたは……」
「そう。ローレライの生き残りじゃよ。闇奴隷たちに滅ぼされた、哀れな種族の数少ない、な」