作品タイトル不明
799 ナディア
「汚い家で済まないけど……。その椅子を使っておくれ」
「ん。わかった」
女性の言う通り、家の中は綺麗とは言い難かった。あまり掃除とかもしていないのだろう。
ただ、家具などがほとんどないせいで、散らかっているという印象ではない。
古めかしい机に、手作りと思われる背もたれのない椅子。それにベッドだけという、寒々しい部屋であった。
生活感がないわけではない。ただ、その生活はかなり荒んでいそうだ。
ずっとここで暮らしているのか?
女性はフランに椅子を勧めると、自分はベッドに腰かける。
「お茶の一杯でも出してやりたいところなんだけど、そんな上等なものはなくてね」
「じゃあ、これ飲む」
「次元収納とは! フラン、本当に何があったんだい!」
フランが2人分のお茶を取り出すと、驚いたように立ち上がる女性。彼女にとって、フランは守るべき子供のままなのだろう。
お茶を飲んで落ち着いたのか、女性が改めて口を開く。
「うるさくしてごめんよ。それで、あの日からどうやって生き延びたのか……。聞かせてくれるかい?」
「ん」
フランは女性に、自分の身に起こったことを語り出した。
大量の抗魔に村が襲われ、両親が殺されたこと。その後、村に侵入していた青猫族に捕まり闇奴隷にされたこと。そして、そのまま数年が過ぎたこと。
フランはこの大陸のどこかで強制労働させられた後、船に押し込まれてジルバード大陸へと運ばれたようだった。
そこで、俺に出会ったというわけだ。
フランはダーズへ行くまで海を見たことがないと言っていたが、船への乗り降りは夜だったうえ、乗船中は船倉に押し込められていたせいだろう。
「ジルバード大陸から、よくぞここまで戻って……。さっき言っていた、フランを助けてくれた人が一緒なのかい?」
「ん。恩人で、仲間。紹介する」
ようやく俺の出番か!
『あー、俺の名前は師匠。フランの相棒だ』
「! ど、どこから……!」
「師匠は、この剣」
『お初にお目にかかる。インテリジェンス・ウェポンの師匠だ』
「インテリジェンス・ウェポンだって……?」
女性は思わずといった様子で、ベッドから立ち上がった。そして、勝手に動いて鞘から抜け出し、宙に浮く俺を見つめている。
これぞ、驚愕した人間の顔の見本という感じの表情だ。いい反応をしてくれるね。
『やっぱ珍しいか?』
「そ、そりゃあ当然じゃないか!」
トリスメギストスがインテリジェンス・ウェポンを所持しているはずなんだが、この大陸にいれば頻繁に見かけるというわけではないらしい。
「ふぅ……。済まん。取り乱した」
『こちらこそ驚かせてすまん』
「あたしは黒猫族のナディア。ただの墓守さ。おばちゃんと呼んでくれて構わないよ?」
『……よろしく頼むよ。ナディアさん』
「くふ。人間臭い剣だ。だが、そういうところは大事さね」
おばちゃん呼びしなくて正解だったらしい。ナディアはニヤリと笑っている。
「師匠がフランを?」
「ん。師匠が、私を助けてくれた」
フランが俺と出会った時のことを説明する。まあ、俺も動けずにいたんだから、お互い様なんだけどね。
「それで、師匠と一緒に冒険して、強くなった」
『今のフランは、メッチャ強いぜ?』
「それは、分かるけど……」
「仲間は師匠だけじゃない。ウルシ」
「オン!」
「うぉ! 気配を感じさせなかっただと……? こ、こいつはフランの従魔かい?」
「仲間のウルシ」
「オン!」
小型犬サイズのウルシがフランの影から現れ、あざとい感じで可愛く吠える。ナディアに全力で媚を売るつもりであるようだ。
「フランはとんでもなく強くなっちまったうえに、これほどの従魔まで……」
本質を見抜くことが可能なナディアには通じていないようだが。
「しかも、伝説のインテリジェンス・ウェポンとはな……。いったい、どんな冒険をすればこうなるんだい」
「すっごい冒険!」
『まあ、色々あったんだ』
「ん! 色々!」
俺はフランをフォローしつつ、これまでの冒険を簡単に語った。
ただ、思い返してみると、たった1年ちょっとの間に、随分と色々とあったもんだ。10分くらいでまとめるつもりだったのに、1時間経ってもまだ終わらない。
それに、フランの語りたいスイッチが入ってしまい、身振り手振りを交えて熱弁しまくったからね。
親しいうえに甘えることができるナディアを前にして、フランの子供っぽい部分が出たのだろう。
「そこで、私は言ってやった。お前たちの野望は全部お見通し!」
「おお! 凄いじゃないかフラン」
「ん!」
そんな台詞、言ってやったことあったっけ? まあ、ちょっとだけ大袈裟に語っているんだろう。
ナディアもいちいち大袈裟に驚くんだから、良い聞き手である。
それからさらに30分後。
「そして、私と師匠とウルシは、この大陸に来た」
「なるほど。トリスメギストスの剣の噂は聞いたことがある」
隠さなきゃいけない部分は隠しつつ、大冒険譚を語り終えたフランは満足げだ。冷めたお茶を飲み干し、一息ついている。
『トリスメギストスの持っているっていうインテリジェンス・ウェポンについて、何か知らないか?』
「さすがに詳しくは分からないよ。ただ、何千年も昔からずっと使い続けているって話だ。特別な魔剣なんだろうとは言われていたね」
やはり、詳しいことは分からないらしい。それでも、特別な剣を使っているということは確かであるようだった。
「ん。やっぱ会いにいく」
『だな』