軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

748 ナイトハルトの理由

「ギルマス! やだ! ボロ雑巾じゃない!」

シビュラの横に降り立ったナイトハルトに抱えられたディアスを見て、エルザが悲鳴を上げる。

エルザが言う通り、全身に傷を負ったディアスは、ボロ雑巾と言われても仕方ないほどにダメージを受けていた。

「ナイトハルト様。あなたがやったのかしらん?」

「ええ。普通の追っ手ならともかく、ディアス殿たちは強すぎました。奥の手を使わねば、私が負けていたでしょう。ですが、応急処置はしたので、死ぬことはありませんよ」

本当にナイトハルトがディアスをあんな状態まで追い詰めたのか? ナイトハルト自身に目立つダメージはないが……。

そもそも、ナイトハルトはシビュラと手を組んでいるのか? だが、エリアンテたちの仲間だったのなら、レイドス王国に恨みがあるはずなんだが……。

「あなたも、レイドス王国の人間だったということ?」

「違いますよ?」

「あら? じゃあ、傭兵として雇われたの?」

「雇われていることは確かですが、傭兵としてではないですね。すでに団は辞めましたから」

エルザの問いかけに対し、ナイトハルトは首を横に振る。

「ふむ。あなたが彼女たちに手を貸す理由が分からないわね?」

「とある事情がありまして、レイドス王国に行きたいのですよ」

他の冒険者や観客たちは、固唾を呑んで見つめていた。有名人であるエルザと、ナイトハルトの会話に割って入るだけの度胸はないのだろう。

それに、今の状態はディアスを人質に取られているようなものだ。迂闊な真似をすればディアスが窮地に陥るかもしれない。

冒険者も貴族も、その責任は負いたくないようだった。

「それも、ただ行くだけではなく、向こうである程度自由に動き回りたいのです。まあ、シビュラ殿たちは通行手形のようなものでしょうか?」

「レイドス王国に行って、何をしようというの? まさか観光目的でもないでしょうに」

「あなたには仲間がいますか? 寝食を共にした、かけがえのない、家族のような仲間たちです」

エルザの問いかけに、ナイトハルトがそんな問いを返した。エルザはやや困惑しながらも、ナイトハルトの問いに答える。ナイトハルトの真剣さが伝わったのだろう。

「いるわ。冒険者としてはソロだけど、ウルムットの冒険者たちは、皆家族のように思っている」

「私にも、かつてはそういう仲間たちがいました。いえ、今もいますが、もっとたくさんいたのですよ。しかし、私の率いる傭兵団はレイドス王国との戦いで大敗し、瓦解しました」

ナイトハルトの声に哀しさが混じる。

「当時、撤退するクランゼル王国軍の殿として、追撃してくる赤剣騎士団――つまり、シビュラ殿たちと戦い、多くの同胞は戦場に散り、残った我々も這う這うの体でクランゼル王国まで逃れました。得たものは僅かなお金と名誉。失ったものは家族たち……」

「だったら、どうしてシビュラに手を貸しているの! 仇なのでしょう! それとも、あなたたちを殿に使ったクランゼル王国を恨んでいるの?」

それが一番有り得そうだな。国を守るために戦ったシビュラよりも、彼らを使い潰したクランゼル王国への怒りが勝っているとしたら?

誰もがそう思ったのだろうが、ナイトハルトは再び首を横に振った。

「恨みなどありません。それも契約の内ですし、誰かが殿を務めねばなりませんでした。あのときはあれが最善の判断だったでしょう。怒っているとすれば、それは仲間を守り切れなかった自分自身にであって、クランゼル王国には思うところはありませんよ」

「それじゃあ、余計に分からないわ。なぜ、今さらレイドス王国に行きたいのかしら? まさか、仲間の墓参りのため?」

「それもありますね。あの戦場は、レイドス王国の領土内ですから。ですがそれだけではありません。あの時死んだと思っていた仲間たちがね、未だにレイドス王国で生きていると分かったのです」

「!」

「保護されている者もいれば、奴隷に墜ちている者もいるそうです。私は彼らを救い出したいのですよ。だからこそ、絶対にレイドス王国に行かねばなりません」

ナイトハルトであれば、レイドス王国内に侵入することはできるだろう。しかし、仲間を探し、救い出したうえに国外へ脱出するとなると、単身では不可能に近かった。

絶対に協力者が必要である。ナイトハルトがシビュラを通行手形と言ったのも、それ故であろう。

「ということで、シビュラ殿をここで捕縛されるわけにはいかないのです」

「つまり、私たちとやるということね?」

「いいのですか? こちらには人質がおりますが?」

「あらん? 子供は解放してくれたのに、ギルマスは人質に使うの?」

エルザの問いに答えたのは、ナイトハルトではなくシビュラだった。

「戦士だったら遠慮はしないよ。私が気にくわないのは、戦う力のない子供を利用したことだからね」

「そこは一つ、敬老精神を発揮してはくれないかしら? ほら、もうお爺ちゃんだし、最近は耄碌しかけてたし? だいたい、悪戯ばかりして、中身も子供みたいなものじゃない?」

エルザがそう告げた直後だった。

「誰が耄碌してるって?」

「きゃ! もう! こんな時まで驚かせないで! 本当にガキなんだから!」

「え? いつの間に……。これはしてやられましたか!」

「はは! 戦闘力では劣るかもしれないけど、騙し合い化かし合いで負けっぱなしじゃいられないからね!」

エルザの背後に突如現れたディアスがそう告げた瞬間、ナイトハルトの小脇に抱えられていたディアスが空中に溶けるように消滅する。

いつのまにか幻像と入れ替わっていたらしい。あのナイトハルトにさえ気づかれずに脱出するとは……。やはり恐ろしい男だ。ただ、その全身は傷だらけで、ナイトハルトに負けたことは間違いないようだった。

「情報を引き出すため、わざと負けたのかしらん?」

「いや? 本気でやりあってボロ負けさ。虫っていうのは幻影が効きづらいし、思考も読みづらいし、本当にやりづらいねぇ。でも、それだけじゃないよ? ナイトハルト。君、武闘大会は手を抜いていたね?」

どうやら、本気でやりあってディアスは敗北したらしい。ということは、ナイトハルトの戦闘力はとんでもないぞ?

ディアスの言葉に一番反応したのはナイトハルトではなかった。ヒルトが悔しげな表情で、ナイトハルトを睨みつける。

「勝ちを譲ったわね! ナイトハルト! ずっと違和感があったの! やっぱり本気じゃなかったのね!」

「いえいえ。手抜きだなんてとんでもない。奥の手は、私としてもそうそう使えるものではありませんから。あの時としては、限界まで出し切りましたよ?」

「それを本気じゃなかったって言うのよ!」

ヒルトは、ナイトハルトに辛勝だった。しかし、ナイトハルトが本気でなかったとしたら? 彼女のプライドが傷付けられたらしい。憤怒の表情で睨んでいる。

「いいわ……。なら今度こそ本気を出してみせなさい。どうせ私を倒さなければ、ここから逃げることなんてできないわよ?」

「はぁ……。できれば穏便に脱出したかったのですが……。ディアス殿に逃げられてしまった私の失態ですね」

ナイトハルトとヒルトの闘気が高まっていく。このまま殺し合いが始まりそうだ。シビュラとエルザも同様である。

(師匠。どうしよう?)

『下手に横やりを入れたら、ヒルトに恨まれそうだしなぁ』

狙うとしたらシビュラたちか?

だが、死闘が始まる前に、またもやその戦いに水が差されていた。

「落ち着け。馬鹿孫」

「お、お爺様」

デミトリスが一跳びで舞台の中央へと降り立ったのだ。殺気や闘気の類は感じさせないが、強者としての威圧感はハンパない。その存在だけで、舞台に渦巻いていた熱が雲散霧消させられていた。

「儂が相手をしようか」